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事例紹介 / 新築 ビル

木とエコガラスが美しい
新庁舎はNearly ZEB

愛媛県 松野町新庁舎/防災拠点施設

立地
愛媛県松野町
構造種別
木/RC混構造2階建
延床面積
2,760.12㎡
用途
自治体庁舎
竣工
2022年8月
利用した補助金
令和3年度レジリエンス強化型ZEB実証事業

町産木材100% 『森の国』が建てるZEB庁舎

愛媛県と高知県の境に位置する松野町。四国の雄大な山々に抱かれ、四万十川の支流・広見川が流れるまちは『森の国』をキャッチフレーズに掲げています。

県内でもっとも人口が少ないこの自治体が昨年、町役場を新築しました。
比較的温暖ながら寒暖差の大きい内陸性の気候風土に配慮し、豊かな森林資源を生かした木造+RC構造の美しいNearly ZEB庁舎です。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-川手前遠

三角屋根の庁舎の北は広見川。蛇行しながら町内を流れ、やがて四万十川に合流する

行政庁であると同時に、ここは防災拠点でもあります。
高い災害対策機能を有する施設の設置は、庁舎新築立案時からの大前提。南側に併設する建物は、災害時は独立して災害対策本部や避難所となるべく、多くの機能が盛り込まれました。

『森の国』にふさわしく町産材を100%使った木造を予定していた建物は、基本計画策定直前に起こった平成30年西日本豪雨による浸水被害で変更を余儀なくされました。
敷地を80cm嵩上げし、1階部分は水に強いRC造に変えて2階木造部分と組み合わせハイブリッド構造に。素早く柔軟な対応です。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-ファサード

正面の階段が敷地の嵩上げを物語る。右手前に張り出した防災拠点施設は1階はRC、2階は木と混構造をよく示している

建設中の行政機能維持にも怠りはありませんでした。
広見川右岸に位置する敷地はもともと町民センターが建っており、旧庁舎は今の駐車場である隣地にありました。工事期間中は旧庁舎を使い続け、完成後に満を持して引っ越したのです。

止めることができない役場の仕事・使命が前提の庁舎建設で、業務継続は外せない要素にほかなりません。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-平面図1階・2階

松野町新庁舎1階・2階平面図

防災・にぎわい・省エネまで 計画はもりだくさん

2017年の基本構想策定から2023年の落成まで、計画は着々と進められました。
笑顔で迎えてくれたのは戎 秀之さん。計画当初、松野町総務課内に設置された庁舎建設室室長就任を皮切りに、後述する建設検討委員会と町民、設計者をつなぐカナメであり、事業の牽引役として力を尽くした方です。

基本方針は以下の5つが設定されました。

  • ①町民の安心と安全を守る
  • ②町民に親しまれ利用しやすい
  • ③賑わい創出
  • ④環境に配慮
  • ⑤事務効率向上をめざす機能性
木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-人物

松野町教育委員会教育課課長の戎 秀之さん。庁舎建設室室長を経て、本事業の頭脳兼実働部隊である新庁舎建設等検討委員会ワーキンググループ会議のトップとして全体を束ねた。財務方面にも明るく、コスト管理面においても手腕が光る

これを受け、設計者からは、構造と防災・計画・意匠・ZEBそれぞれに多彩な提案がなされました。

①は、なにより防災拠点施設の充実が挙げられます。
1階はふだんは図書・学習コーナーとして開放し発災時は一時避難所に。可動の間仕切りが用意され、状況に応じたフレキシブルな空間構成を行う準備ができています。
2階には平時から防災安全課の執務室を配置して、発災時にはそのまま災害対策本部が置かれます。

庁舎を含めて自由度の高い交流スペースと外の『にぎわい広場』を隣接させ、いざというときは一体で利用できる配慮もしました。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-図書 間仕切り

防災拠点施設1階。平時は図書・学習コーナー、災害が起きれば一時避難所に。存在感ある可動間仕切りがいざというときの避難所空間をフレキシブルに構成する

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-対策室

防災拠点施設2階の防災安全課執務室。ほかに防災通信室や電算室、シャワー室など発災時の災害対策本部機能が集められた

建物全体のつくりも強固です。1階RCだけでなく木造の2階もCLTや大断面集成材など“強い木構造”を選択。耐震壁も多く入れて強度を増しています。

②と③は現代の庁舎建設にあっては必須といえる要素でしょう。さらに松野町では、小さなまちだからこそできる、高齢者から乳幼児まで町民ひとりひとりを視野に入れたこまやかな計画がなされました。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-集成材

松野町産のスギ材を大断面集成材に加工、構造材として使った。強く美しく庁舎を支える

2本のシンボル柱が立つ吹抜の待合ロビーでは、見えやすい位置に総合案内とその並びにカウンターを配置しています。
来庁者は中身を問わずここで要件を告げ、課を横断する手続きがあれば「可能な限り職員が入れ替わって、同じカウンターで対応します。ワンストップで手続きができるようにしました」と戎さん。

複数の窓口を回ることなく、落ち着いて必要な行政サービスが受けられる。なかなか見られない、けれど実はもっとも求められる“住民ファースト”の仕組みではないでしょうか。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-ロビー

入口正面には、直径約80cmの町産ヒノキ磨き丸太2本がシンボル柱として屹立する。奥に見えるのは総合案内

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-カウンター

ワンストップ行政サービスを実現するカウンター。立ったままでも座っても使えるよう高さは2種類用意し、仕切り板をつけてプライバシーを確保した。町民課や農林振興課など町民と関わりの深い部課を1階、教育委員会など比較的接触の少ない部課を2階に配置するといった棲み分けも

キッズコーナーや授乳室をはさんでロビーと隣り合うのは、誰でも使える“交流スペース”。南を向いたガラス大開口から豊かな光が差し込む、庁舎内でもっとも居心地のよい快適な空間です。

「高齢者や住民の方のグループが来たり、高校生にとっては勉強のスペース。夏休みは小中学生も来ています。すぐ前にバス停があるので待合にもなっていますね」
ワークショップやセミナーなどのイベント会場にも使われ、にぎわい創出の起爆点にも。「すべて想定内です」戎さんがにっこりしました。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-交流スペース

待合ロビーと交流スペースはキッズコーナーでゆるやかに仕切られている

エコガラス張り大開口でNearly ZEBを実現

庁舎にはNearly ZEBかつBELS五つ星の環境建築としての顔もあり、基本方針④にそれは示されています。

もはや常識となりつつある高効率空調・全熱交換器・LED照明の採用はもちろん、創エネ面では合計最大出力80kWの太陽光発電パネルと容量20kWhの蓄電池を装備しました。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-太陽光

エントランスのモニターでは、太陽光発電パネルによる発電状況や消費電力をリアルタイムで発信

建物4面に切られた開口は、ほぼすべての箇所がエコガラス採用です。

吹抜の交流スペースはもっとも高い部分で天井高が7.5mあり、その上部まで全面を窓が伸び上がります。
防災拠点施設も同様に南面を大開口とし、ふたつのガラスファサードは豊かな光を取り込みながら、明るく開かれた場としての建物の印象をもかたちづくりました。
日射抑制につけられた木製ルーバーと雨の多い土地柄にも配慮した深い軒も、窓辺に表情を与えています。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-エコガラス

エコガラスは日射遮蔽タイプを採用

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-南開口 ルーバー

交流スペースの南面はほぼ全面エコガラス張りとし、豊かに採光しつつ外部のにぎわい広場へと空間を拡張する。上部ルーバーは町産ヒノキ材

対照的に、朝日や西日が入る東面と西面には細長いスリットタイプの窓を並べました。採光は確保しつつ日射量をコントロールして空調負荷を軽くし、省エネにつなげています。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-仮眠室

防災拠点施設2階にある畳敷き仮眠室の窓は東向き。スリット型を採用し、強い日射が入りすぎないよう制御する

パッシブな環境手法は他にもあり、地中熱利用もそのひとつです。
建物の床下をクール/ヒートピットとし、一年を通じてあまり変わらない地中熱の特性を活用。夏涼しく冬暖かい床下空気で空調を支援し、負荷の低減を実現しました。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-床吹出

交流スペースや執務室など大きな空間では床吹き出し空調を採用した。床下ピット内の夏涼しく冬暖かい空気も活用されている

それでは実際の温熱環境、体感はどうでしょうか?
大開口であるほど、光を通しながら熱の出入りは遮るエコガラスはその断熱性能を試されることになります。

「Low-Eガラスがいい感じですよ」と戎さん。
「出勤時も、夏は暑くないし冬は寒くありません」

一年を通じて空調の稼働は朝8時から夕方19時までが基本、22時には全電源が落とされます。夏季と冬季、無空調で朝を迎える室内は、エコガラスの断熱性能がもっとも見えやすいタイミング。快適につくられた前日の室内空気を保ち、外気の影響を跳ね返す力が如実に現れるからです。

「温度ムラもありません。旧庁舎では、冬はみんな足元に電気ストーブを置いていましたが(笑)」外の冷気がエコガラスでシャットアウトされ、床吹き出し空調の採用も手伝って、快適な環境が保たれているのでしょう。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-開き窓

2階廊下の縦すべり出し窓から、交流スペースの深い軒庇がよく見えた

一次エネルギー削減率は堂々の81%(創エネ含む)と、庁舎において全国トップレベルの環境性能を実現しました。

一方、まぶしさに関する言葉もありました。
「南の窓では庇やルーバーでよく遮れています。けれど朝日や西日のまぶしさは、細長い窓でもきついですね」

光は取り込んで熱の出入りを遮るのが、エコガラス本来の役割であり得意技です。しかし水平に近い角度で入る日射のまぶしさもまた、長く語られてきた窓辺の課題。心に留めておきたいことでしょう。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-BEMS

総務課執務室内にあるBEMS。管理は戎さんの担当

町民関与の庁舎が“役所文化”を変える

事務効率向上と機能性をうたった基本方針⑤は、役所内部の改革をもたらしました。
来庁者が各部課を回るのでなく職員が机を離れてカウンターに出向く、今まであまりなかった“人が動く役場”が実現したのです。

カウンター業務だけではありません。執務室には『ユニバーサルレイアウト』が取り入れられました。机配置は固定し、組織や人員変更があれば人が動いて対応するシステムで「各人の道具は可動キャビネットで持ち歩きます」
オフィスでの仕事効率や快適性を最適にする空間を常に維持し、打ち合わせスペースも増やすことで「互いに連携もしやすくなりました」

革命的な空間利用はまだあります。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-執務室 北窓

天井にヒノキの内装材が走る、ユニバーサルレイアウトの総務課執務室。北側の窓からは職員のリフレッシュ向け外部テラスと広見川、田園がのぞめる

例えば議場。多くの自治体では“聖域的扱い”されることも多いですが、松野町では平土間や可動家具によって、町議会がない期間はイベント会場や会議室として開放。さまざまな人々が多目的に使える大空間としての機能を持たせました。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-議場

議場内部。町議7名という少人数議会もさることながら、平土間の採用や可動家具によって、一般的な議場が発するいかめしい雰囲気を消している。多目的利用を前提とするスタンスが感じられた

さらに1階交流スペースにいたっては365日、休日・夜間も開いています。役場としては驚き以外の何物でもないでしょう。
決め手は執務空間との境に設けられたセキュリティライン(シャッター)です。さらに警察官立寄所を交流スペース内に置くことで、防災拠点施設1階の図書・学習コーナーも含めちょっとした待ち合わせからグループ活動、勉強、バス待ちスペースまで、誰もが好きに使える場所にできました。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-エントランス 吹抜上

365日いつでも明るく快適、安全な交流スペースは誰にとっても居心地がよいはず。さまざまな属性の人々が気軽に集まり過ごす場からこそ、にぎわいは生まれるに違いない

公民館より自由度が高く、子どもから高齢者まで気軽に集まり過ごせる活動拠点としてのスペース提供。まちに開き、賑わいを創出しようとする新庁舎の意図が伝わってくるようでした。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-調理室

災害時の炊き出し想定のほか、料理教室や生活改善指導などでも使われる調理室。かつてここに町民センターがあった歴史をも映している

多様な人々の関与は計画当初から現在まで松野町庁舎に欠かせない要素です。
基本構想策定の段階から複数回の住民向け説明会やアンケート、パブリックコメント実施と、各段階で町民の意見を取り入れる機会をつくっては計画に反映してきました。

その象徴とも言えるのが、令和元年に開催された町民ワークショップのテーマ『みんなが集まれる庁舎をつくろう』。建物完成とともにそれは実体をとって現れ、現在に至っています。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-防災2階

新庁舎ができてよかったことのひとつは「防災拠点ができたこと」と戎さん。近年増加の一途をたどる災害への備えは行政にとって待ったなしだ。吹抜に面した2階廊下の太い柱を境に、奥は独立した防災拠点施設。非常時電源も確保され、災害時は対策本部となる

「交流スペースを使ってもらっている様子を見るのがうれしいです。夕方になればもっと人が増えますよ」と戎さんは眼を細めます。
人口約3700人の愛媛県一小さな『森の国』が成し遂げた快挙。華を添えるエコガラス窓に、青い空と白い雲が映っていました。

木とエコガラスが美しい 新庁舎はNearly ZEB-俯瞰

中世以降、伊予と土佐を結ぶ街道として栄えた歴史を持ち、商家や酒造など伝統的な建物も残る松野の街並みが新庁舎のデザインモチーフだ

取材日
2024年3月8日
取材・文
二階さちえ
撮影
小田切 淳
イラスト
中川展代

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