事例紹介 / 新築 ビル
エコガラスでオシャレなZEB!
洗練された社屋が人を呼ぶ
岡山県 ArTechX.ing 事務所棟
- 立地
- 岡山県倉敷市
- 構造種別
- 鉄骨造4階建
- 延床面積
- 1,360㎡
- 用途
- 事務所
- 竣工
- 2023年7月
- 利用した補助金
- 令和5年度レジリエンス強化型ZEB実証事業
倉敷経済を担う先端技術企業がZEBと防災に挑戦
今や社会に不可欠の存在となった半導体。株式会社ArTechX.ing(アーテックス.アイエヌジー)は、超純水製造をはじめとする半導体製造向け各種装置類を、設計・製作から現場での施工まで一貫して手がける技術会社です。
特殊用途の配管類の加工製作施工や、上下水・ポンプなど公共性の高い事業の工事を行う、地域に根ざした企業の顔も。
2023年に75周年を迎え、ZEB Ready の新社屋を完成させた“倉敷の優良ローカル企業”を訪ねました。
敷地は高梁川から取水し水島港に注ぐ水路が傍を走る、周辺よりも2~3m標高が高い微高地です。
周辺は太古の昔に海だった歴史があり、ほぼ全体がハザードマップ上の浸水想定区域です。そんな中でここは貴重な非浸水エリア。新しい建物をつくるにあたって倉敷市と協議を行い、ごく自然な流れで一時避難所の指定を受けることとなりました。
ZEB + 災害時避難所。新社屋建設はその前提に、現代の企業に必須となった環境面・地域防災面での社会貢献もあったのです。
通常業務を続けながら新社屋を建てる
「女子トイレの増設願いから具体的な計画が始まったんですよ」と話すのは同社総務課の土居健太さん。今回の事業のキーパーソンです。
社員からの要望に応えることが決まると「じゃあ社屋もやろう、工場もやろう、となりました」と、ZEB Ready認定を果たした社屋の計画を振り返ります。
計画は創立75周年を迎えて企業としてのミッションやヴァリューの新たな策定を始めた時期にも重なり、勢いづいていきます。
社員約10名からなるプロジェクトチームが結成され、ほぼ毎週、検討ミーティングが実施されました。事務所棟のミーティングには社長・常務・土居さんも全て出席したといいます。
めざすは社員ファーストでエコなビル。SDGsもBCPも
空間面と、ZEB Readyを標榜した環境面の計画についてもお聞きしました。
トップが打ち出した基本コンセプトは①全員入居②SDGsとBCP③天然素材利用 の3つです。
①ではとくに、以前の社屋で仕事場が分かれていた工事や設計などの技術部門を同一フロアに集めることに重きが置かれました。「3つの技術部門それぞれのトップが、机から離れることなくすぐに話ができるようにしたかったのです」
技術部門フロアは木の香りも感じます。
「机は県産のヒノキ材で、天板は天然成分でつくられたリノリウム仕上げです」と土居さん。
基本コンセプト③が実現されているのです。
同時に業務スペースの間仕切りをできる限りなくし、社員の自由な横断をうながして“風通しのよい執務空間”をめざしました。
机の配置も働きやすさ優先。設計以外の部署ではロの字型を基本とし、相互のコミュニケーションを支援しています。
コロナ禍以降に定着したリモート会議に対応するブース的な小部屋も、複数設置されました。
こうした“社員ファースト”の意図は、2階フロアに広がるフリースペースにも表れています。
「日常のランチで社員が自由に使えるのはもちろん、新社屋完成の祝賀会や懇親会もここでやりました。本格的なキッチンもありますし」と土居さんはにっこり。
カラフルで軽やかな家具がちりばめられ、カフェのようにリラックスできる雰囲気がつくられていました。
そして基本コンセプト②にも直結する省・創エネ計画も、一次エネルギー削減率68%とZEB Ready として十二分のレベルを達成しています。
北面と東面を主とするほとんどの開口部にエコガラスを採用、ウレタンやロックウールの断熱材による外皮断熱、高効率エアコン、太陽光発電パネル及び蓄電池を設置。
「Nearly ZEBも狙える数値でしたが、余裕を持ってZEB Readyとしました」
太陽光発電の出力は15kW、蓄電池容量は16.4kWhです。売電はせず全量を自家消費としたのは、精密機械製造企業としてのBCPはもちろん、災害時は避難所としてエネルギーの自立供給を確保する面もあります。
さらには“インテリジェント&エコビル化による建物への付加価値付与”としての面も考慮されました。SDGsの時代にあって、これもまた企業社屋にとってはある意味、必須事項ともいえるのではないでしょうか。
明るい、快適、カッコいい。エコガラスの窓が大活躍
新社屋の開口計画は明快です。
工場および隣接する倉敷市立体育館が建つ南と西は、あまり窓を切らずにユーティリティスペースを配置。開けている北面と東面に窓を集中させて執務空間としました。
エコガラスのはめこまれた窓は、その多くが床から天井まで伸び上がるいわゆるフルハイトタイプ。壁を減らし、柱以外をほぼガラス面としたことでさらに開放感が生まれ、隣接する運動公園や野球場の緑も手に取るようです。
「仕事をしながらふと目を上げると、窓から空が見える。大事なことですよね」社員ファーストの思想が、土居さんのこんな言葉にもうかがえるようでした。
一方、意匠面での役割もガラスには与えられているといいます。
「オシャレでカッコいいデザインにするのが重要だったのです」と土居さん。豊かな開口部がもたらす「見晴らし、明るさ、見た目のカッコよさが大切なんですよ(笑)」
ガラス窓と共にあちこちに取り入れられた曲線・曲面も同様で「先端技術の会社としての洗練性やインダストリアル感を大事にしました」
そこにあるのは“若い人へのリクルート”という明確な目的です。
従来の四角い建物ではなく、未来への可能性を感じさせる社屋で見る者にインパクトを与え、「こんな職場で働いてみたい」と思ってもらわなければ。
業態に関わらず、多くの企業にとって切実な問題であることはいうまでもないでしょう。魅力あるデザインが人を惹きつける力は、決して小さくないのです。
ガラスという透明な物質が高い断熱力を持って建材になるとき、環境性能とデザインが両立し相互に高められる瞬間がある。エコガラスの可能性を目の当たりにした気がしました。
仕事のしやすさはZEB設計より上位に
新社屋のZEB化計画開始から竣工までの約2年間、土居さんは毎月社報に進捗状況をつづり、全社員に向けてメール回覧することを怠らなかったといいます。
「社長からの発信もあるので、みんな見ていましたね」
仮事務所での仕事をはじめ、業務を継続しながらの社屋建設は社員の負担も小さくありません。竣工後に待っているZEBとしての運用も考えれば、はじめから全社を巻き込んで計画を進めることの大事さは推してしるべしでしょう。
さらに土居さんいわく「ZEBの建設に取り組むなら、環境設計を依頼するコンサルに対して『自分たちはここまでの数値にしたい』と、具体的に提示した方がいいです」
とくに設計業務にとって関わりが大きいであろう照明計画では「独自にルーメンの数値なども確認しましたが、もう少し明るくてもよかったかな」と振り返ります。
ZEBのクリアを優先するだけでなく、会社として譲れない要素は守ること。その大切さを語ってくれました。
- 取材日
- 2023年2月7日
- 取材・文
- 二階さちえ
- 撮影
- 小田切 淳
- イラスト
- 中川展代