事例紹介 / 新築 ビル
心豊かにまちで暮らす
地域づくりとエコガラス
神奈川県 まちのはなれ セシーズイシイ23
- 立地
- 神奈川県川崎市
- 構造種別
- RC造3階建
- 延床面積
- 539.62㎡
- 用途
- 住宅・店舗等
- 竣工
- 2023年4月
入居者は外に投げ出される?! 窓だけ大きい極小の部屋
“エリアマネジメント”という言葉をしばしば耳にするようになりました。市民権を得つつあるこの活動を、川崎市中原区で支援している建築をご紹介しましょう。
敷地はJR武蔵新城駅から一本入った路地にあります。ほんの数分で駅前の喧騒が遠のき静かな街並みに変わる姿を、この地に事務所を置きながら今回の計画設計を手がけたピークスタジオの藤木俊大さんは「住宅地が多い南側と比べて、駅の北側は農家さんがあったりといろんな顔があります」と話します。
設計当初から『まちのはなれ』と称され、現在は『セシーズイシイ23』の正式名称を持つこの建物は、もともと賃貸集合住宅として計画されました。
20の住戸は床面積8㎡ほどのキューブを3つ連ねて1単位、キューブのひとつは階を違えて配置する“メゾネット型”で、これらを複雑に組み合わせて全体が構成されています。
この極小住戸に“水まわり+α・開く・こもる”の3機能を持たせ「20㎡でも豊かな空間をと考えました」
藤木さんとともにピークスタジオの共同代表を務める佐屋香織さんの言葉です。
正面に立つと、建物の骨格以外ほとんど窓では? と思うほどに開口の大きさが際立って見えます。「そう。床面積と不釣り合いに窓を大きくしたんです」藤木さんが笑いました。
「普通の窓をつけたら、狭くて窮屈。なので『外に投げ出された』感覚になるような開口部にしました。外に向かって住む感じですね」
この言葉には『まちのはなれ』が“居場所”としてどう設定されたかが端的に表れています。
建物のオーナーは、以前から地域のまちづくりに取り組んできました。
活動の中でここを「必要最低限の要素で住戸を成立させ、足りない機能はまちにあるものを使う=まちの中で暮らす」ことをコンセプトに、ピークスタジオと協働して計画したのです。
小さな空間、できることはギリギリ。そんな家で心地よく住もうとするとき、人は自ずと外に出て周囲と関わり暮らすようになる…そう考えるのは確かに不思議ではありません。
コンパクトに住むだけにとどまらず、まちに暮らす豊かさとは何かを考え、導き出されたひとつの提案が、まちのはなれでした。
生きるために外の機能が不可欠ならば、内と外のつながりや関わりを支援する開口が求められます。エコガラスの窓がここで大きな役割を与えられました。
エコガラスたっぷりの明るい小部屋がアクティビストの活動拠点に
集合住宅として設計されたものの、いざフタを開けてみると、異なる用途での魅力がより発揮されることになりました。小規模店舗や英会話・絵画教室など、小さめに人が集まれる活動の拠点として多く利用されています。
まちのはなれの1階開口は掃き出し窓が基本で、ところどころにテラスやベンチもつけることで路地との一体感が強調されました。
居住者が日常的にまちとつながり、周囲と関わりながら機能を使う暮らしを想定したこのデザインが、多くの人を外から招き入れたい店舗やスペースの運営にうってつけだったのです。
西側の角にある『KAWASAKI暮らしの保健室』は、看護師や臨床心理士など医療や福祉のプロフェッショナルやボランティアが複数常駐し、健康をはじめ日々の小さな悩みごとも相談できる“地域の縁側”のようなスペース。
最近少し体調が気になる、子育てや介護で疲れ気味、あるいはなんとなく誰かとおしゃべりしたいなど、理由を問わず誰でもふらりと立ち寄って、お茶を飲みながら話すことができます。
ここに入居した理由を、看護師・コミュニティナースとして訪問者を迎える石井麗子さんは「窓がいっぱいあって、1階の角部屋だから!」と、はじけるような笑顔で答えてくれました。
暮らしの保健室はこれまで川崎市内のカフェやコワーキングオフィスの一角など、まちなかのスペースを借りて開催しており、拠点にできる場所を探していたといいます。
まちのはなれの計画は「模型の段階で知って、入居を決めました。まちの中・暮らしの動線上にあることもよかったです」
保健室は月に30~40人ほどの来室者があります。通りすがりに立ち寄ったり、予約して訪れたり、相談ごともさまざま。
1階はテーブルを囲んでお茶するなど複数で居られる場所で、悩みを聞くだけでなく「まちの休憩所的存在でもあります」。2面のほとんどがガラス開口の1階は、相談室がこんなにオープンでいいの? と思うほど開放的な印象を与えます。
「大きい窓は空間が広く見えて、圧迫感や狭さを感じさせません」と石井さんはにっこり。「室内が暗いと、話す方の気持ちも重たくなりがちなのです」と続けました。
窓があることで「外を見ながら考えたり、目線を外して話せます。光や外の世界を感じ、相談者としてだけでなく生活者としての自分を思い出せるのです」
悩みごとの渦中にあっても“それ以外の自分もいるんだ”と相談者に認識してもらうのが大事、とのこと。
大きな窓がさりげなくそれを支援しています。
エコガラスのミラー効果で昼間は外から見えづらいのも好都合。さらに適度な防音性能で、話している内容を周囲は聞き取れません。
北向き窓は幅2.2m高さ2.4m なのに冬も夏も快適&省エネ
保健室を出て、建物に沿ったプロムナードを歩きます。
ここは前を走る路地との間にしつらえられた中間領域で、ゆとりと落ち着きを感じさせる心地よくも曖昧な空間。各住戸とまちをゆるやかに連続させる役割も担っています。
オリーブの鉢植えと輪切りにされた丸太のオブジェが置かれているキャンプ用品のセレクトショップ『HORIZON』を訪ねました。
ここでは川崎市内で製造業を営む12企業の製品が展示販売されています。
金属・機械加工会社のトップで、代表を務める上代健一さんは「川崎はものづくりの歴史があるまち。職人たちにものづくりの楽しさを感じてもらいたくて、日頃の受注品とは違うオリジナル商品を製作・直接販売して、お客様との接点を作る場所にしました」
ネット販売から一歩進めた、初めての実店舗です。1階手前は展示と接客のスペース、奥には窓のない商品陳列空間。入ってすぐの回り階段は2階の事務所に続いています。
正面の引き戸だけ見ると、HORIZONの開口は一見少なく思えます。しかし2階の事務所に上がれば東に1.2m角のすべり出し、南に高さ1.5m超の引き違い、どちらもエコガラスの大きな窓がついているのです。
訪れる人が入りやすいよう、開店中は冬も夏も引き戸を開けて、エアコンもかけません。が「2階は冬も空調なしで暖かいですよ」と上代さん。中央の吹き抜け周囲を狭い床が回る特殊な平面のため「商品ではなくパソコンを置く事務スペースにしていますけどね」と笑いました。
キャンプ用品を扱うお店として「昼は明るく光が入り、夜はマニアックな人がひっそり集まる雰囲気にしたかった。この部屋は正面に開口があって奥に窓がない、そこがよかったです」とも。
夜のキャンプサイトで静かに燃える焚き火を想起させる言葉です。
南面を持たない住戸も存在します。美術家の稲垣弘子さんは、アトリエ+ギャラリー用途として北側に入居しました。
「大きな作品を展示して見てもらいたかったのと、制作のためのアトリエとして北に窓のある住戸を選んだのです」
透明なアクリル板にリキテックスで彩色し“楽園”を描く稲垣さんの作品は、窓に掛ける展示方法が最適。まちのはなれの計画を模型の段階で目にして「窓が気に入ったのです。呼ばれた、と思いました」と、楽しげにその出会いを語ってくれました。
ほぼ真北を向く嵌め殺し窓は高さ2.4m幅2mと、まちのはなれで最も大きな窓のひとつです。「光のうつりかわりも作品の一部です」と稲垣さん。
この窓は夏至の日も直射日光が射すことはないといい、北窓ならではの柔らかな光が、開口いっぱいに広がるカラフルな作品をやさしく引き立てているようでした。
一方で気になるのが室内の温熱環境でしょう。
この大きな開口が外気に面すれば、冬の冷気はもちろん夏の熱気も大量に入り込みやすくなるのが常。エコガラスの断熱力が発揮されるのもこんな場面です。
寒さや暑さはどうですか? と問うと、打てば響くように「夏涼しくて冬暖かいんですよ!」と返りました。
「建物見学会は夏で、そのときの室内が涼しかったのです。温暖化を考えるとこれはいいなあと思いました」入居してからも「エアコンの効きがよくてしかも電気料金が安いので、不思議に思っていたのです。窓のおかげだったんですね」
『しろくま先生』のニックネームで『青いアトリエ美術教室』と銘打った絵画教室も運営する稲垣さんは「このスペースにたくさん来てもらって、地元の方々とコミュニケートしていきたい」と話します。
月一程度で開かれる地域のイベントでは似顔絵も描いて大人気のしろくま先生は、豊かなまちづくりの重要なプレイヤーとして今後ますます存在感を増していくに違いありません。
ピークスタジオの佐屋さんは、入居者それぞれの活動を支えているエコガラスの窓について「窓はカーテンは閉められるけれど出入りできる、つながろうと思えばつながれるものです。壁と違うのはそこですね」と話します。
藤木さんも「夜の窓からあかりが漏れるように、人の気配が感じられるのは窓だからこそ」とうなずきました。
夏は涼しく冬は暖かい快適さはもちろん、ガラスとしてのその特性が建物をまちへと開き、豊かなエリアマネジメントの一翼をも担い得る。エコガラス窓の新たな一面に出会った思いです。
取材を終えて振り返ると夕暮れの中、大きな窓にあかりがともり始めたまちのはなれが、暖かな色合いでやさしく佇んでいました。
- 取材日
- 2023年12月7日
- 取材・文
- 二階さちえ
- 撮影
- 小田切 淳