事例紹介 / 新築 ビル
Nearly ZEBもデザインも!
エコガラスでつくる美しい建築
東京都 品川区立環境学習交流施設
エコルとごし
- 立地
- 東京都品川区
- 構造種別
- 鉄骨造3階建
- 延床面積
- 1,865.83㎡
- 竣工
- 2022年2月
- 利用した補助金
- 令和2~3年度 ZEB実現に向けた先進的省エネルギー建築物実証事業
区立公園に立つ都内公共建築物初のNearly ZEB
エコルとごしは「未来をつくる子どもたちと、子どもを支える人たち」をメインターゲットに地球環境や自然について楽しみながら学べる公共施設です。江戸時代には肥後守細川家の下屋敷だった品川区立戸越公園の中にあり、豊かな樹木群が織りなす四季折々の美しい風景が楽しめます。
子どもたちを主な対象に、環境問題という大きなテーマを“時間”を軸に楽しみながら学ぶ常設展示や、床・壁一面に投影された映像に触れながら学ぶ映像展示など、体験型のコンテンツによって環境を身近に考える入口が用意されました。
さらに、開放的で快適なコミュニティラウンジや、環境をテーマにした各種のイベント・講座のほか貸し室として使える多目的スペースもそろった環境学習+地域交流+品川区民に限らず誰もが使えるの憩いの場です。
東京都内の公共建築物で初めてNearly ZEB認証を取得した建築でもあります。
所有者である品川区の都市環境部環境課に所属し、事業担当者として計画当初から現在までエコルとごしに関わり続ける大石美紗さんは「平成30年3月に策定された区の環境基本計画に基づいて計画された施設で、区にとっても最初のZEB認証の取得となりました」と話してくれました。
その誕生には、多くの人々が関わりました。
品川区内のさまざまな関係部署をはじめ、教育委員会、近隣の保育園、児童センター、大学、NPOまで顔ぶれは多彩です。
ここに設計を担当した(株)松田平田設計、展示やサインデザインを担当した(株)丹青社、指定管理者として施設運営を担うアクティオ(株)が加わり、立場の違う専門家たちが「“三位一体”でここまでやってきました(大石さん)」
指定管理者としてエコルとごしの広報を担当する坂下冬子さんいわく「2022年4月の開館以来、この10月末で33万人を超える方にご来館いただきました」。地域住民はもちろん、区外からも多くの人々に愛され活用される場として見事開花し機能している様子が、その笑顔に表れているようです。
既存の省・創エネ技術だけで高い環境性能を実現
環境学習施設らしく、エコルとごしには多くの環境にやさしい建築技術が投入されています。しかもすべて既存・一般化した技術で、この施設のために新たに研究開発されたものはありません。
今後ますます求められるだろう一定以上の環境性能を備えた建築計画の場面で、ひとつの道標になる存在ともいえるでしょう。
「空調や照明設備の省エネ・高効率はもう当たり前で、すべて市販品で対応できます。それ以外でフィットする既存技術をどう組み合わせていくかがZEB化のポイントと設計者からうかがい、一緒になって広く検討を重ねてきました」と、エコルとごしの構想から計画策定まで品川区の環境課長として携わり、その後は企画部施設整備課長として今も参画し続ける小林 剛さんは振り返ります。
まず重視したのは太陽光発電による創エネで、屋上のほぼ全面に発電パネルを設置しています。1日あたりの発電量約215kWh。蓄電池は最大容量120kWhで、通常は夜間電力として利用し、停電などの災害時には一部の照明機器などにも使われます。
環境建築に不可欠なパッシブエネルギー利用も、随所に取り入れました。
大都市東京の貴重な緑空間である戸越公園周辺には、豊富な地下水が流れています。この資源を活用して地中熱利用の空調システムを採用、通常の高効率空調と組み合わせました。
さらに一年を通して公園から吹いてくる卓越風もパッシブエネルギーとして利用しました。建物の東面を1階から3階まで結ぶ階段の上部2箇所に、換気専用の窓を設けたのです。
この窓は微小な風の流れもとらえ、重力換気に対応してスイングします。
春秋の中間期、公園から吹く涼しい卓越風が1階に流れ込むと、室内の熱い空気とともに階段をのぼり、3階の換気窓から外に抜け、ここに自然のクーラーが成立。
エアコンいらずで快適さを保つことができます。
エコガラスの透明さで周囲と一体化、そして断熱力を確保
もうひとつ、エコルとごしの建築に欠かせないのがガラス窓です。
ほぼすべての窓にはエコガラスが採用され、豊かに採光しながら高い断熱力を発揮しています。
大きく張り出す庇とともに夏の熱い外気や日射熱を防ぎ、冬場は冷たい空気を遮断して快適な室内環境を保ちながら、空調で消費されるエネルギー量を低く抑えています。建物の省エネに貢献する高機能ガラスとして、ここまでは通常どおり。
しかしエコルとごしでは、それにとどまりません。建築デザインと空間性にも貢献しているのです。
かつてこの敷地には公園管理事務所と、主に小さな子どもたち向けの遊具が置かれていました。公園の一部として区民が愛着を感じていた場所です。そんな背景を踏まえ、施設計画にあたっては“豊かな公園環境をスポイルしない=周囲に対して主張しない”建築が前提とされました。
小林さんは発注者として「設計側には、戸越公園のシンボルである薬医門の存在を考慮して全体の高さを抑え、公園と一体感がある建築にしてほしいと伝えました」と振り返ります。
この意向を受け、設計を担当した(株)松田平田設計はまず3階デッキを薬医門の高さにそろえます。さらに門の意匠である黒瓦と漆喰に合わせて施設全体の壁を白くし、デッキの一部には黒い瓦まで載せました。
土地の歴史に対する敬意と、区民の愛着に配慮したデザインです。
そして公園を向く南面と薬医門側の東面をほぼ全面ガラス張りにすることで、周囲に溶け込みながら館内には風景を取り込み、内外の連続性をつくり出したのです。
今や区民のみならず周囲の自治体からも多くの人々を集める魅力的な建物としての骨格は、ここでできあがったといえるでしょう。
その一方で、これは大きなチャレンジでもありました。
Nearly ZEBレベルの省エネ性能を維持確保するためには「窓はなるべくない方がいいのです。でも、公園の眺望は大事にしたいと思っていました」と小林さんは話します。そのためにエコガラスは必須だった、と続けました。
公園のように散歩する、夏涼しく冬暖かい建物
取材に訪れた11月初旬、戸越公園の木々は色づき始め、南に広がるガラス窓から日ざしが注ぐラウンジは穏やかな光にあふれていました。
多くの利用者が心地良さげに過ごす姿を目にしつつ、一年を通じた館内環境や温熱面での体感を坂下さんに尋ねます。
「真夏でも熱気は感じないし、冬のひやっと感もあまり感じません。特に秋から冬にかけては、窓から射し込んでくる日ざしがとても美しいんですよ」
ラウンジの窓辺にお試しでつくった読書席が予想外の人気を博したとのエピソードでは、外の暑さや寒さの影響を受けやすい窓際の環境をエコガラスがしっかり守っている様子が目に見えるようでした。
天井までの高さが6mほどもあるラウンジは吹き抜けの大空間。ここでは床放射の空調が採用されています。
床下に設置された冷温水を通すパイプで床を直接冷やしたり暖めたりし、並行して窓際の床から空調空気も吹き出して室内温度をキープ。「『夏は床がひんやりしている』とおっしゃった利用者さんもいました」
館内の居心地の良さは、空間計画の賜物でもあります。
道路側入口からラウンジへの動線は、ゆったりと幅広い下り階段。南に行くほど低くなる敷地形状をそのまま生かしたもので、この落差は建物全体を低めに抑える際にもフル活用されました。
環境学習展示や多目的スペースのある3階へは、エレベーターのほかガラス張りの階段で上がることもできます。メッセージ展示室の外は菜園のあるデッキで、ガラス張りの扉からデッキに出れば新鮮な空気と戸越公園の緑を肌で感じることもできます。
「この回遊性を、公園を歩くように楽しんでいる方もいますよ」とは、坂下さんと同じく広報を担当する三國夏子さん。
「何の建物かわからないけど素敵なので来ています、と来館された方に言っていただいたり、さまざまな世代の方々が笑顔で使っておられる様子を見ると、館内の環境づくりや運営は間違ってはいないのかなあ、と。“環境教育”だけでは敷居が高い、まずは気軽に来てもらってこの建物を知っていただけたら」坂下さんの言葉には、現場を知る者ならではの実感がこもっていました。
公共建築ZEBは自治体と民間が手を携えて
館内のエネルギー管理は事務室内に設置されたBEMSで集中管理しています。エネルギー使用量をはじめ各種の数値データは品川区庁内や設計会社にもクラウドで共有され、今も続く定例会議の場で振り返りながら運用のさらなる向上に生かしているとのこと。
「あと1~2年はこの体制を続けたいです。運営面で無理が生じないよう、エネルギー管理は複雑化したくない。常識の範囲で無理なく管理し、快適な施設であり続けてほしいですね」運営側を気遣う小林さんの言葉には、計画当初から現在に至るまで“計画・設計・運用三位一体で良い施設をつくり続けていく意思”が感じられました。
「パートナーシップで運営していこう。そんな流れになっています」
“三位一体”は、この施設のあり方を象徴する言葉のひとつでもあります。
エコルとごしはプロポーザルの段階から、計画・設計・運用の各担当が手を携え、膝を突き合わせて「どんな建物にしていくか」考え、想いを結集してつくられてきました。
このようなかたちはほぼ前例がなく、実現には関わる人々の“情熱”が不可欠だったといいます。
コロナ禍も重なる中、区の施設整備課と環境課は課の垣根を越えて連携しながら関係各部署への積極的継続的な連絡や調整を続け、並行して庁内での周知にも心を砕き、あくなき熱意を持ってすべてに取り組みました。
「品川区に情熱のある鉄人がいる、とみんな言っていたんですよ」と坂下さんが振り返るその姿が多くの人を動かし、あまたの協力を得て今日のエコルとごしがあるというのです。
主体が行政であるか否かに限らず、良い事業を行おうとするときは熱意こそ最大の力だ...そんなメッセージが、ここには込められているのではないでしょうか。
これからも増え続けるだろう公共建築のZEB化についても、小林さんは続けます。
「エコルとごしの計画が持ち上がった平成29年と現在とでは、社会全体の環境に対する考え方が変わっています。計画当初は行政がどこまで環境に踏み入るべきか明確な答えがありませんでしたが、今は違う。基礎自治体としてZEB推進政策を民間事業者のみなさんにもっと知らせていいものをつくってもらう、またそのノウハウを他の自治体と共有していくことが、今後は大切になってくるのではないでしょうか」
建築への静かな情熱とあふれる愛は、運営者側も変わりません。
エコルとごしでは現在も毎週末に館内の建築設備を紹介するツアーを開催しています。予約は不要、誰でも無料で参加できるツアーです。
「太陽光パネルが見たい! といって参加してくれる小学生もいるんですよ」と眼を細める坂下さんと三國さんに『環境保全について日常的に実践する人を育て、次代につなぐ環境都市の実現を目指す』エコルとごしの理念は、楽しくそして着実に未来へ向けて歩み出している… そんな思いがわいてきました。
- 取材日
- 2023年11月1日
- 取材・文
- 二階さちえ
- 撮影
- 金子怜史
- イラスト
- 中川展代