事例紹介 / 新築 ビル
ふだん着のスーパーマーケットが
エコガラスでNearly ZEBに
静岡県 田子重 神戸店
- 立地
- 静岡県吉田町
- 構造種別
- 鉄骨造2階建
- 延床面積
- 7172㎡
- 用途
- 物販店舗
- 竣工
- 2023年1月
- 利用した補助金
- 令和4年度 環境省 建築物等の脱炭素化・レジリエンス強化促進事業/新築建築物のZEB化支援事業(レジリエンス強化型の新築建築物ZEB実証事業)
バリバリの省・創エネ設計で気さくな食料品店をつくる
『越すに越されぬ』と歌われる大井川は日本を代表する一級河川のひとつ。吉田町はその河口に広がるまちです。日本屈指の養鰻業で栄えた歴史を持ち、吉田漁港は今も駿河湾有数のシラスの水揚げ量を誇ります。
気候風土は「海が近く夏は涼しめで過ごしやすいですが、冬は強い西風が吹きます。遠州の空っ風と同じ」と関根龍一さん。
このまちに新しくできたNearly ZEB建築を運営する『田子重』の総務部グループマネージャーとして、笑顔で迎えてくれました。
田子重は静岡県中部エリアを中心に14店のスーパーマーケットを展開する企業です。
キャッチフレーズは『「ふだん」を愛する、プロがいる』。「いつ行っても新鮮でおいしいものがあたりまえにある存在として、ふだん使いでいろいろな方に来てほしい、それが社会的使命だと考えています」
徒に大きく構えず、地域に根ざして日常をより豊かにしていく…そんなスタンスが感じられました。
今回訪れたのは、吉田町に新たにオープンした『神戸(かんど)店』です。
Nearly ZEBまで性能を上げた物販店舗建築は全国的にも少なく、いわゆる大規模店舗にいたっては現時点で他社の1店が沖縄にあるのみ。
この稀有な建物について、店舗の企画や営繕、設備・環境整備を担当する同社開発部の古賀さんは「もともとZEB向きの店舗計画だったんですよ」と話します。
どういうことでしょうか。
神戸店の出店に際し、開発部では当初から太陽光発電やデシカント空調を採用した「高性能省エネ店舗をつくろう」と考えていたといいます。
トップランナー変圧器やBEMS、建物外皮の断熱強化でZEB Readyはクリア、さらに太陽光発電による創エネを加えればNearly ZEBをめざせる。そう見極め、全社レベルの会議に持ち込んで実現への道筋をつけました。
この会議では開発部に加え、社長ほか幹部や店舗運営部、商品部、人事部など各部署が参加し、店舗のコンセプトについても決定されます。
神戸店には“フードコートやプレイロットをエクステリアとつなげる”“全体に開放的にする”といった独自の性格が与えられました。
いつでも誰でも気軽に立ち寄り、買い物して気持ちよく過ごせ、省エネはバリバリのスーパーマーケット。どのように生まれたのでしょう。
エコガラス+複層+単板。3種のガラスで明るく快適
計画のスタートは3~4年前の土地取得から始まるといいます。「敷地形状が難しかった」と古賀さん。その土地は前面道路から奥に向かって細長く延び、通りからのアプローチに熟慮が求められました。
一般にスーパーマーケットにはふたつ以上の入口がありますが、神戸店では通りに面した正面1箇所に限定。さらに風除室を大きくし、冬場の強い西風の吹き込みにも耐えるエントランスにしました。
その並びには『カンドカフェ』と名づけられたガラス張りのフードコート・イートインとプレイロットを配置。
道路からよく見える“買い物需要と異なる居場所”は、新たな集客と地域サービスを担う開かれたスーパーマーケットを体現するエリアといえるでしょう。
2階部分はすべて屋根付き駐車場に。ルーフトップに設置された太陽光発電パネルは建物全体の日射遮蔽も兼ね、創・省エネ双方の役割を与えられました。
店舗内に入ってみましょう。
平面は敷地に合わせ、エントランス側から奥に長い形です。商品搬入・パック詰め・調理・専用通路など従業員用のバックヤードは、売場の裏にL字型で確保されました。
窓には3種類のガラスが使われています。
北東面を除き、外部に接するすべての開口部でエコガラスが採用されました。
正面エントランスとカンドカフェ、南西向きの売場レジスペースにはそれぞれエコガラスの大開口が広がり、豊かな外光を取り込んでいます。
さらにバックヤードである従業員専用通路にもエコガラスを採用。
ここは一時的な商品置き場を兼ねているため、温度ムラを防ぎつつ作業に必要なあかりを十分取れるエコガラスの高窓は、まさにうってつけといえるでしょう。
北東面の従業員用更衣室・食堂・トイレエリアの窓では複層ガラスが使われました。
そしてもう1種類、効果的に使われているのが、売場とバックヤードをつなぐ室内ガラスです。
海産・精肉・惣菜類・ベーカリーまで陳列棚をめぐりながら、商品製造の現場が買い手にはよく見えます。
昨今のスーパーマーケットではそう珍しくない風景ですが、神戸店のそれは天井まで延びるガラス面の大きさが特徴。作業場も手前半分の天井高がそろえられ、開放感に内外の連続感と調理のライブ感まで加わった風景が生まれています。
神戸店店長の近藤将也さんが「High Glassによって店内が気持ちよく見渡せ、景色がいいと感じています」と笑顔を見せました。
省エネ性と開放性が職場もスタッフも変えていく
近藤店長に、現場での環境管理についてもお聞きしましょう。
個別エアコンの空調はインバーター制御で流量調節もでき、扇風機と併用されています。設定温度は「売場と一般バックヤードは25℃、魚・肉等の生鮮作業場は18℃を基本にしていますが、レジ周辺は調整中」と近藤さん。
BEMSはパソコンが置かれた店長室にあり、いつでもチェックや調整が可能。「設備がしっかりしているので、いろいろな面で楽ですね」
一方でこの方式では、現場に高い裁量が与えられます。2階駐車場から降りてきたお客様から「エントランスが冷えすぎでは?」といった指摘もあったとのこと。
「スタッフへのさらなる意識づけが必要と思っています」近藤さんの言葉に、古賀さんも「運用は本当に大事」とうなずきました。
効果については体感面の快適性、さらに他店では多く見られる結露がないことが大きいといいます。
商品によっては低温維持が求められるスーパーマーケットには、いわゆる「キンキンに冷えている箇所」がどうしてもあり、結露発生は悩みのひとつ。神戸店ではエコガラスも含めた外皮性能向上による高い気密性が、結露軽減につながっているのでしょう。
もうひとつ近藤店長が特徴として挙げたのは、売場とバックヤードをつなぐ室内ガラスの効果でした。
「高いガラス窓から作業場に光が入るので商品がきれいに見えるし、全体に開放感があるんです。中の様子をお客様に見せることで手作り感や安心感、できたて感も伝わりますし」
“よく見える”が買い手の信頼感を醸成するとは、容易に想像できるお話でしょう。
SNSの口コミでも「店内が広々とし、明るくてよい」との投稿があるといい、食料品を商う場で“ガラスごしに見る・見られる”ことで生まれる相乗効果は、新たな発見といえそうです。
数値面も気になります。
年間一次エネルギー消費量の設計値は、創エネ分を抜いても基準値からの削減率52%。創エネを含めれば89%と堂々のNearly ZEBクリアです。2023年2月オープンのため実績値は現在計測中ですが、楽しみにしたいところです。
太陽光発電は全量自家消費が前提。パネル群の最大出力は350kwで「1ヶ月5万kwの創電も可能です」と古賀さんは話します。
リアルタイムの発電量なども、バックヤードのモニターでスタッフはいつでも見られます。本部とも共有されており、会社全体で省・創エネの意識づけをしていこうとする意気込みがうかがえるようでした。
企業イメージからリクルートまで影響するZEB化
これから先、ZEB化建築を検討する同業種の方々に向けてのアドバイスもお聞きしました。
「小売業界ではなかなか目がいかない部分でお客様の企業イメージがアップしました。リクルート面でもいい意味で広報になったと思います。現代の学生さんは就職活動時に企業の環境面への取組みをよく見ていますから」と関根さん。プラスになる面が多いですよと続けました。
人材確保の難しさが常態化しつつある現代、参考にしたい効果でしょう。
開発部の古賀さんは「やはり運用のソフトが大事。いくら建物の性能が良くても、エアコンを必要以上にバンバン使ったら意味がありません」。神戸店でもソフト面の運用をいっそう精査していきたいと、力強く語ります。
さらにZEB化をめざす事業者に対して「田子重の店舗は設備の選択面などで、もともとある程度ZEB仕様でつくります。だからハードルが低かった。ZEB化は会社自体の考え方が大きく関わってきます」
これはある種の警告を含んだ言葉でもあるでしょう。企業そのものの取り組みがまだ弱い中でのZEB化は「急にイニシャルコストが高くなった」ように見える可能性をはらんでいます。エネルギーの高騰・建築費・ランニングコストと多くの要素が複雑に絡む中でいかに先を読み判断していくか、経営トップの感覚が試されます。
それでも古賀さんは「20年30年単位でみれば、挑戦するメリットはありますよ」とにっこりしました。
取材の間もカンドカフェには子どもから大人まで、老若男女さまざまな人々が次々に立ち寄ってはフリーのドリンクを飲みながらくつろいでいます。
大きな窓ごしに西日が射す時間になっても、エコガラスの断熱力で室内は涼しいまま。隣のプレイロットで子どもたちの遊ぶ声が響きます。
食料品を売るだけでなく、市民の居場所としていつでもそこにある。災害時には物資提供や駐車場への自動車避難も受け入れる。
従来の業態を超え、地域に開き貢献するNearly ZEBの“超・スーパーマーケット”は、衒いのない「ふだん」の姿で今日も人々を温かく迎えています。
- 取材日
- 2023年7月27日
- 取材・文
- 二階さちえ
- 撮影
- 金子怜史
- イラスト
- 中川展代