事例紹介 / 新築 ビル
Low-Eガラスの透明感で
未来の福祉施設を見せる
宮城県 あいの実COCOON西田中
- 立地
- 宮城県仙台市
- 構造種別
- 木造在来工法2階建
- 延床面積
- 765.15㎡
- 用途
- 児童福祉施設等(短期入所・生活介護)・事務所・診療所
- 竣工
- 2023年3月
黒い壁はNG? 突き抜けてめざした“らしくない福祉施設”
仙台市の郊外、緑豊かな高台に建つ建築が今回の主役です。
建主は心身障がい児者とその家族を支援する社会福祉法人『あいの実』。
生活介護(=デイサービス)と医療型短期入所(=ショートステイ)の両支援サービスに入浴支援サービスと事務所を加えた4つの機能を持つ『COCOON西田中』を、2023年4月にオープンしました。
黒のベースカラーに木のテクスチャーを足し、たくさんの窓が並んだ建物は一見、しゃれたカフェのようです。迎えてくれた専務理事兼COOの久保潤一郎さんは「最初は『黒い壁なんてとんでもない!』と大反対されました」と笑いました。
「福祉施設って大抵パステルカラーでしょう? しかもデイサービスやショートステイを利用するときも、病院用ベッドを使うから入院みたいな感じになるんですよ。
日頃お子さんの介護につきあっているご家族が、来るたびに「うちの子はこういう施設に来る子どもなんだ」とため息をつく、そんな場所にしたくなかった。イタリアンレストランのようにおしゃれで、親御さんが胸を張れる施設をつくりたかったのです」
内も外も丸見え? の透明な建築で「福祉を見せていきたい」
最初に伝えられたコンセプトは“透明感”だった、と手島さん。イメージを広げ、建物3面に豊かなガラス開口部を設け、中庭に視線が抜けるという計画の基本を導き出しました。
館内から中庭が眺めるのはもちろん、建物外からも大きな窓ごしに室内が見える計画です。
ほとんどの窓にアルゴンガス入りLow-Eガラスが採用されました。
住宅設計も多く手掛ける手島さんは、一定以上の断熱性能を備えた快適な室内環境を「仙台で建築設計をする際の“お作法”です」Low-Eガラスや分厚い断熱材による建物外皮の断熱はすでに大前提というわけです。
一方、十分すぎるほどの開口部計画に、利用する方々のプライバシーが気になりました。すると久保さんいわく「むしろ見せていきたい、という考えです」
「隠さなきゃいけないことは、本当はないはずです。隠せば社会的な壁ができてしまう。医療ケア児は人数が少なくてあまり知られていませんが『こんな子たちが病院に入院せずに暮らしているんだ」と、ここから知らせていきたいですね」
さらに「窓が多くて明るい、これで暗い気持ちになる人はいません。クリニックのお医者さんも『こんなに明るいところで診察したことはない。いいね』と言ってくださって。利用者さんやご家族からも、プライバシー面でのご意見はないです」とも。
知らずに抱いていた先入観を、静かに諭された気がしました。
中庭を介して全体がつながるこの透明な空間には、豊かなガラスの美しさと安全性が不可欠。そのための工夫が随所に施されています。
そのひとつが建物のあちこちに張り出された深い軒。「利用者さんに“外から守られている”と感じてほしいんです。中庭のデッキには、雨の日も居られる軒下空間をつくりました」と手島さん。
雨の多いこの国の窓辺に昔から軒や庇がつけられてきたのは、先人の知恵でしょう。雨粒が直接当たらないことでガラスが汚れづらく、窓のメンテナンス性が高い点もスタッフからは好評といいます。確かにこれらの窓が汚れたり曇っていたら気になってしまうはず。
定期的にクリーニングもしていますが、コストの一部である以上、頻度が低いにこしたことはありません。
さらに、ぶつかりによる破損防止用にガードを設置した箇所も。バギーや車椅子での移動も多い廊下での安全をさりげなく守る、洗練されたディテールです。
Low-Eガラスの回廊・開口が4つの機能を明るくつなぐ
COCOON西田中の平面は中庭を囲むロの字型。生活介護・短期入所・浴室・事務の各棟が廊下でつながれ「4つの機能とにわを風除室が結んでいます」と手島さん。
風除室も4つあり、建具はガラス張りで視線が通ります。中庭への出入口かつ棟から棟へ庭を経由して移動する通り道にもなる、内と外が一体化したこの建物の回遊性を担う大事な存在です。
回廊に立てば、中庭のガラス窓ごしに各棟内の様子がよく見えます。これは実は稀有なこと。久保さんいわく、一般的な福祉施設では「デイサービスとショートステイはサービスする場が違っていて、スタッフがお互いの仕事を見ることはありません」
ここでは館内状況把握から玄関を通る来訪者の気配まで、どこにいても全体の動きがわかり「効率が上がっています」
各棟にもお邪魔してみましょう。
正面玄関から右に進むと、生活介護棟です。
南面と北面に大ぶりの窓が並んで中庭や外の風景を取り込み、高窓からも自然光が落ちてくる明るい空間が広がりました。
窓際には利用する方の居場所として、収納を兼ねた窓台を設けています。外の風景から少しの距離感をつくることで「安心される方もいらっしゃいます」と手島さん。使う人の感性に寄り添うディテールでもあるのでしょう。
設計当初、とくに生活介護を担当するスタッフの方からは「窓がこんなにあったら寒い」との声が上がった、と久保さんは振り返ります。「断熱ガラスにしたから大丈夫だよと説明しましたが、過去の経験から不安だったのでしょうね」
窓際での作業も多いだろう生活介護棟で働く人にとって、当然の心配だったかもしれません。
オープン後はその不安も解消されたとのこと。Low-Eガラスの働きもさることながら、『仙台のお作法=一定以上の断熱性能確保』を心得た設計者の真摯な仕事あっての結果に相違ありません。
廊下をめぐり、短期入所棟に向かいましょう。
天井高4mを超える室内は両脇に宿泊スペースが並び、それぞれに窓がついています。必要に応じて可動式間仕切りで仕切れますが、上部の高窓が開放感と採光を担って十分な明るさが保たれていました。
ここはCOCOON西田中を象徴する空間でもあります。
心身障がい児者のショートステイは「医療と福祉の中間的サービス(久保さん)」的な位置付けですが、従来の法律では医療的側面が大きく、酸素吸入機器等を備えた病院用ベッドを使用する“入院に近いもの”。増え続けるニーズとはうらはらに、利用をためらうご家族も多いといいます。
この現状を改善したいと、あいの実は“福祉目線でのショートステイ”を標榜。家にいるように快適で家族一緒に滞在したくなるような『ヴィラ型ショートステイ』の実現をめざしたのが、この短期入所棟なのです。
病室には程遠い、別荘のような雰囲気は、そんな想いの具現化にほかなりません。
お隣は浴室棟です。
入浴サービスはこの施設に欠かせない重要な機能で、2つの機械浴室と2つのおむつ替え室を持つ浴室棟は生活介護棟と短期入所棟どちらからでも移動しやすい位置にあります。豊かな高窓をつけることで、入浴という高いプライバシーを保ちつつジメジメ感のない明るさを実現しました。
「福祉施設の入浴スペースは暗めで閉じていることが多いんです。そうしたくなかったですね」手島さんが振り返りました。
ディテール、ランドスケープにも宿る温かな配慮
建材や内装にも繊細な配慮が見られます。
構造材は国産の道南杉、風除室の引き戸などにも不燃処理した木材を採用しました。
そして壁は“木毛セメント板”。木と水とセメントのみで構成され接着剤等の化学物質を含まないことに加え、吸音性が高いので大きく響く音に敏感な利用者の方にも配慮できる建材です。
「ざっくり感もいいですよね」と手島さん。
木毛板は、その色もポイントです。
仰向けの姿勢で天井を見ることが多い利用者さんに配慮してダウンライトを減らし、間接照明を多用する室内では、光をよく反射する木毛板の白色が、細かい仕事をするスタッフの手元の明るさに貢献するというのです。確かに木調の壁とでは違いがありそう。
床は災害等が起こった際にバギーや車椅子での移動を妨げない十分な幅があり、すべてフラットのバリアフリー仕様です。
にも関わらず、館内を歩いて病院のような不自然さを感じることがありません。これは中庭の存在が大きいといいます。
ゆるやかに地表が波打ち、高さも形もさまざまな樹木や植物が育つ中庭は、見る場所によって低く、あるいは盛り上がって見えることも。変化のある風景がガラスごしに室内と一体化する、それこそが『風(景)をつなぎ、森をめぐるヴィラ』という愛称をこの建築に名づけた設計者が意図したものなのでしょう。
カフェのようなカッコよさと別荘のような心地よさ。増え続ける医療ケア児者とご家族の暮らしを支え、ともに進もうとする未来型福祉のトップランナーモデルがここにあります。
一番お好きな場所は? の問いに、久保さんは正面玄関を挙げました。
「自動ドアはガラス張りじゃないんですよ。いらした方は最初は室内が見えません。ドアが開いて中庭が見えたときの驚き。いいですよね」
まだ見ぬ新たな福祉の地平に向かう強くしなやかな気概と理想が、そこにはこめられているようでした。
- 取材協力
- (有)都市建築設計集団/UAPP
https://www.uapp.jp/
- 取材日
- 2023年6月10日
- 取材・文
- 二階さちえ
- 撮影
- 小田切 淳
- イラスト
- 中川展代