事例紹介 / 新築 ビル
エコガラス張りで賑わい演出
地域にひらく地方銀行
高知県 高知銀行南支店
- 立地
- 高知県高知市
- 構造種別
- S造2階建
- 延床面積
- 1,045㎡
- 用途
- 店舗(異業種複合施設)
- 竣工
- 2021年
防災対策も万全 カフェ付きのお洒落な建築
目を引くのは、銀行らしくないその外観でしょう。
設計を担当した津野誠司さんは「カフェの担当者から『白い建物はお客さんが入らないんだよ』と言われましてね」と笑いながら話します。
たしかに銀行といえば白っぽいビルが多い気も… そんな“常識”を覆したのは、銀行の建物内に他業態の店舗を併設するという新しい企画でした。
銀行とカフェの融合は全国的にも例が少ないといい、外観デザインも全国にチェーン展開するカフェのイメージに合わせて「今っぽい店舗にしたのです」
縦ストライプが強調された建築はほぼガラス張り。「もっと来ていただきやすい銀行にしたくて、中を見えやすくしました」と、高知銀行営業企画部兼経営統括部業務役の川上優子さんは話します。
「やるからにはNearly ZEBの省エネ・断熱性能を持たせたかった。達成は可能だし、補助金の率も違いますから」と続けました。
自由で最先端な取り組みをつめこんだコンパクトなビル。ここにはもうひとつ、大前提として南海トラフ地震への備えがあります。
高知市内中央部にあって鏡川と高知港に挟まれるこの場所は「発災後1時間で津波が到達する浸水想定区域です」と川上さん。
当初は1階をピロティにし、平時は地域の方々に開放する計画でした。
そこにカフェの話が持ち上がります。当時の南支店長からも「スペースだけでなく賑わいの場がほしい、という近隣の声がある」との情報があり、1階への誘致が決定。
地域に根ざすこのスタンスが、カジュアルでモダンなデザインへとつながりました。
高知の強い日射・雨にも配慮 快適なNearly ZEBに
川上さんの言葉どおり、南支店はNearly ZEBを勝ち取った高性能建築ですが、その設計思想には地元の気候と旧館の環境も反映されています。
高知銀行総務部建築担当の市川豊さんいわく「高知の人は日射に特別な思いがあります。建物は南向きで東と南からの日射を好み、逆に西日はすごく嫌います。矛盾しているようですが、部屋の中は明るくしたい、暑い西日は入れたくない(笑)」
どちらも窓や開口部に直接関わってくる要素ではありませんか。
高知の日照時間は年間2000時間超といわれ、夏から秋は湿度も高い土地柄。なんとしても西日を避けたい思いは想像に難くありません。
その一方で『下から降る』と言われるほど激しく強い雨が注ぐ、全国有数の降水量も誇ります。光と雨は真っ先に考慮されなければならないのです。
さらに、旧南支店で得た経験も。
北向きで天井も高かった旧館は「防犯のため窓ガラスにデザイン面格子がつけられ、外から見えづらい上に日射が入らない寒い建物」だったというのです。
これらのポイントをも踏まえ、Nearly ZEBの新店舗が2021年1月に完成しました。
ガラスは1階カフェから2階の銀行業務空間まで、ユーティリティ部分も含めてすべてエコガラス。遮熱性能をより期待できると選ばれたグリーンカラーが、全体の色調にフィットしています。
懸念だった強い直射日光と西日の熱は、縦ルーバーの設置と深い軒とで対策しました。
南支店を率いる統括店長・島﨑正也さんは「ブラインドがあっても、明るくて働きやすいですよ」と笑顔で話します。
来訪者スペースであるロビーも南面いっぱい、エコガラス窓。
ルーバーごしに光がたっぷり差し込み、木を基調とするインテリアも手伝って「今までの銀行にはない、堅苦しくなくてゆっくりできる雰囲気がありますよね」島﨑さんの言葉どおり心地よい空間がつくられていました。
創エネとも相性良し 異業種店舗併設の利点
高断熱に基づいた快適性の向上は、ガラス以外にもあちこちに見られます。
屋根や壁には厚さ4cmの吹き付け断熱材を施し、空調は各室ごとのコントロールで細やかに。「あったかいし気密もいいです。膝かけや電気ストーブを使っているスタッフもいません」と島﨑さん。
一昨年の真夏を思い出してもらうと「夏場は涼しくて湿度も低い。旧館は蒸し風呂のようだったのにね」と笑いました。
Nearly ZEBらしい省・創エネ面も怠りありません。
LED照明は人感センサーやタイマー付、全熱交換器やヒートポンプ給湯器も採用。屋上には太陽光発電パネルを設置しました。
そして運用開始後に測定された第1回年間エネルギー消費量実績値は、エネルギー削減率102.3%。『ZEB』レベルの数値をマークする快挙を達成したのです。
太陽光発電については、設備を担当した荒川電工の讃岐英則さんから興味深い話もうかがいました。
「1階にカフェが入っているのがいいんですよ。オフィスや学校は土日に人がいないので、せっかくの太陽光発電が無駄に。週末も営業する店舗とオフィスを組み合わせるこんな複合施設は、いいと思いますね」
今後のZEBを考える上で刮目したい事柄ではないでしょうか。
補助金交付を前提とするZEB化建設には、ほかにも注意したい点があります。
一般にZEB関連の補助金は募集期間が短いうえに単年度扱いが標準です。きちんとしたZEB化を進めるには本来かなり前から動かなければならず、申請し交付が決まれば一気に計画を進めることを強いられる面があるのです。
市川さんは「ZEB化でどんなメリットがあるのかは、やはりプランがないと周囲に説明しづらいですよね。まずはたたき台をつくり、想定のイニシャルコスト(ZEB化費用)とランニングコストを比較したうえで、それをもとに説明しました」
企画・建築・設備・電気と関係する部署それぞれとすり合わせて進めるには「計画段階でメリットの“数値”を出すのが大事。しっかり情報収集し、プランづくりが難しかったら経験のある設計事務所にも相談するといいです」
これから挑戦しようとする人への貴重な情報とアドバイスをいただきました。
願いは地域の発展 ひらかれた豊かな空間をエコガラスで
オフィス+カフェの新たな賑わい空間は、近隣住民のニーズと『地域にひらき、たくさんの人に来てほしい』銀行の想いとが絶妙にマッチして生まれたものです。
高知銀行は南支店設計の段階から、ロビーに誰でも自由に出入りできる展示や休憩スペースを用意していました。
会議室も一般開放し、保育園の保護者会や市内福祉施設スタッフの定期セミナーなどに貸し出し提供しています。銀行自らお金に関する子ども向けサマースクールや工作イベントを企画することも。
加えて1階のカフェスペースを活用した学生向け金融セミナーや相続対策の勉強会開催にも取り組み、昨年は今話題のメタバースビジネスに関するイベントまで無料で行なったのです。
なぜそこまでやるのですか? と問うと、高知銀行経営統括部の濱氏憲介さんは「金融機関はもともと地域に根ざす存在で、お金は生活に不可欠なもの。銀行にとっては、我々以外のすべての方がお客さまです」
さらに「お客様に発展していただくことで我々も発展していける。地域が発展してこその高知銀行です」
迷いのないその言葉に『お金は社会の血液、銀行は社会の心臓』といった決まり文句におさまらない、故郷への愛着と豊かなまちづくりへの使命感とが透けて見えるようでした。
取材を終えて外に出ると、市川さんが「あの壁が大事なんですよ」。
指し示す先、敷地と前面の歩道の境界まで袖壁が伸びています。「一般的に、敷地境界線から一定の距離にあるサッシは防火仕様にする必要がありますが、津野さんのアイディアで袖壁を防火屏にし、網入りガラスにせずに済みました」
正面に並ぶガラス窓の内部はカフェのカウンター席です。コーヒーを飲みながら窓越しに風景を眺める…そのガラスはやはり透明でなければ。
使う人の豊かな時間にはせる想いあっての設計。南支店の建築の原点は、まさにここにあるのでしょう。
- 取材日
- 2022年12月15日
- 取材・文
- 二階さちえ
- 撮影
- 渡辺洋司(わたなべスタジオ)