事例紹介 / 新築 ビル
エコガラスも活躍する
吹抜け大開口の『ZEB』
福島県 福島ミドリ安全 いわき支店
- 立地
- 福島県いわき市
- 構造種別
- S造2階建
- 延床面積
- 549.98㎡
- 用途
- 事務所・学習施設・防災倉庫
- 竣工
- 2022年
地域振興と災害時支援機能を併せ持つマルチ施設
リゾート地を思わせる高台の住宅地に建つ『ZEB』建築が今回の主役です。
オフィスや建設現場のユニフォームや計測機器類メーカーで、カーボンオフセットに代表される環境関連のコンサルティングも手がけている福島ミドリ安全(株)は2022年夏、自社保養所があった敷地に2階建の施設をつくりました。
安全・環境に関する体験学習設備あり、一般向けインキュベーションスペースあり、さらには防災倉庫を備えて災害時には地域の避難所になる、小さいながらマルチな建物です。
吹抜けのエントランスを囲んで1階は展示・体験コーナーや防災倉庫、電気自動車の充放電室を配置。2階は応接室・オフィス・インキュベーションスペースなどがほぼ正方形の平面にまとめられています。
迎えてくれたのは福島ミドリ安全代表取締役社長の白石昇央さん、郡山支店の鈴木開さん、今回のZEBプランナーである(株)エナジアの阿部眞也さん。
「ここは普通のビルではありません、どの設備も最先端のものです。企業や学生、環境を意識するいろいろな人々が集まり刺激しあって学び、産業をおこす。地域の創発をうながす場なのです」白石さんが口火を切りました。
多様な人が刺激し合う場に、との思いは平面計画にも表れています。
1・2階とも、メインの諸室がガラス建具ごしに中央のエントランスに面していて、入館者は中の様子がすぐわかります。同時に各部屋にいる人々も他のスペースで何が行われているか一目瞭然。
互いの存在を自然に意識させる。そんな空間構成といえるでしょう。
いわき市は2011年の東日本大震災で大きな被害を受け、復興に向けた取り組みは現在も続いています。
市が属する小名浜エリアは、江戸期は漁港かつ幕府上納米の積出港、明治以降は国際貿易港として栄えた小名浜港を擁し、磐城炭鉱の歴史もベースにあることで、白石さんいわく「エネルギーに縁のある土地」。
さらに震災と原子力発電所事故で大きく損なわれた県内浜通りエリアの産業を回復する国家プロジェクト『福島イノベーションコースト構想』に対しても、県の中核都市として牽引役になっているといいます。
その地に誕生したいわき支店が担う役割が、少し見えてきた気がしました。
断熱+創エネ+再生電力インフラでエネルギー拠点に
“普通のビルではない”ZEB建築を、省・創エネの観点から見ていきましょう。
外部に接するガラス開口部はすべてエコガラスを採用。壁・屋根・床には硬質ウレタンフォームの断熱材を張り、建物外皮の高い断熱性能を確保しました。鉄骨造の建物であることから、ヒートブリッジの発生も考慮して外張断熱を選択。空調された室内の空気は夏も冬も流れ出さず、外の暑さ寒さも入り込みにくくなっています。
建物ファサードの開口は壁面を前に出し、日差しが直接窓ガラスに当たらないようにしました。建物の意匠性を考慮し、軒を出さずに日射遮蔽を実現した設計の工夫が光ります。
高効率エアコンと熱交換器を組み合わせた空調設備は換気時も室内の熱をムダに逃がさない仕様です。照明のLED化に至ってはもはや常識でしょう。
省エネ性と並行して高い創エネ性もあり、特筆すべきポイントもいくつか持ち合わせています。
まずは給湯。ヒートポンプ給湯器の採用に加えて、屋上には太陽熱集熱器を設置しました。自然の日射に暖められたお湯が平時は給湯や洗車、災害時には浴室やシャワーにも使えるのです。
屋上に並ぶ太陽光発電パネルの規模は31.2kWで全量自家消費ですが、実際に保持する電力は実はこれだけではありません。
1階の充放電室には、屋上で作られた太陽光による電力を貯める容量47kWhの蓄電池が置かれています。
社用の電気自動車に充電できるほか、災害時には避難所として困らないだけの電力供給源になるのです。その社用車も非常電源になるのはいうまでもありません。
このように建築物での太陽光発電+電気自動車+人やインフラなどが互いに電力を供給し合うシステムは『V2X(Vehicle to Everything )』と呼ばれています。
注目される先端技術であり、頼れる非常用電源として今後期待されるもので、災害時は避難所となるいわき支店が備えるにふさわしいシステムといえるでしょう。
カギは太陽光発電ですが、いわき市はもともと全国有数の日照時間を誇り、降雪も少ないため「太陽光発電にとってはいい気候」と白石さん。
化石燃料から再生可能エネルギーへと向かう世界的な潮流の中、土地の持つ優位性は大きな力となるはずです。
明るく快適な開放的空間。平時も非常時も
いわき支店は“安全環境体感学習施設+地域交流型オフィス兼防災倉庫”と銘打たれた建物です。
VR技術で建設現場や危険物取扱現場での労働災害をバーチャル体感できる安全教育システムは、県内の企業や工業高校、エネルギーに関わる人などが連日訪れ、開館以来体験予約のスケジュールは常にいっぱい。
「来客が多く、換気を含めて室内環境には気を使います。発電能力が高いので空調はムダなく使い、快適さを保っています」鈴木さんがにっこりしました。
「体感学習に来ていただいた方々には、環境についても必ず話しています」と白石さん。「安全意識の高い企業はCO2削減などの環境意識も高い。環境と安全は不可分で、危機意識が高い企業の共通項となっていますよ」
来館者向けの環境関連プレゼンテーションが行われるのは、2階でもっとも広いインキュベーションスペース。2面がガラス張りで明るさが際立つ部屋です。
一般にも開放していて独自の講習会や会議などにも利用でき、地域交流型オフィスのメイン空間的存在となっています。
モニター脇にはキッチンがあり、災害時、避難してきた人々の居場所として重宝されそう。ほかにも2階には浴室や洗面脱衣所などもあり、非常時の居住性に対する高い意識が感じられました。
「学生や企業、地域などいろんな人に集まってもらい、刺激しあえるスペースにしたいですね」白石さんの言葉通り、非常時も含めて多様な使い方にこたえる開かれた施設として運用が始まっています。
中央の吹抜けは、こんな在り方を象徴する空間といえるでしょう。
エントランスのある正面のほか、インキュベーションスペースや事務室に接する部分も採光・見通しともに抜群。差し込んでくる光が劇的な効果を生み、訪れる人に強い印象をも残します。
大きな気積にたくさんの窓をつければ、断熱面ではリスクが生じます。それを承知でガラスを生かしたデザインを選択するとき、エコガラスと断熱材による高い外皮性能はまさに必須。さらに西側面積を小さくし階高も必要最小限高さとすることで、外部からの影響を極力抑えています。
『ZEB』のエネルギー性能と意匠を見事に両立させた設計者の努力を思いました。
「断熱性を上げたければ窓を小さくすればいい」いまだ根強いこんな考え方から解放してくれる風景が、ここに広がっているのです。
企業の新たな在り方で福島の復興をめざす
いわき支店ZEB事業はふたつの補助金交付対象となりました。
ひとつは環境省の『二酸化炭素排出抑制対策事業費等補助金』もうひとつは福島県の『自家消費型再生可能エネルギー導入支援事業』です。
ふたつの補助金からいわき支店の位置付けが見えてきます。“脱炭素×復興まちづくり推進”が前提なのです。
実は白石さん、この事業を担ったZEBプランナーである(株)エナジアの代表取締役でもあります。
地域の気候風土や実情に合わせた再生可能エネルギーシステムを構築・サービス提供するこの企業は、“フクシマの復興”と“南海トラフ地震を見据えた環境戦略の創発”をコンセプトに創業。多数の小規模・自立・分散型施設を多拠点化・広域連携することで、災害への備えと地域復興をめざしています。
東日本大震災と原発事故の経験から、傷ついた地域の再生には「ボランタリー的ではない産業創出が必要」と白石さん。「環境・エネルギーへの取り組みは会社にとってメリットがあるときちんと伝え、実現したかった」と、いわき支店のZEBプランを振り返りました。
所在地の地域的優位性である“豊かな太陽光による再生エネルギー活用”は、まさに必然だったのでしょう。
ZEBに対応できる企業を増やすことも、今後の重要な目標です。
いわき支店は設計から施工まで「オール福島のZEB建物なんですよ」と鈴木さん。これまでZEBと関わりのなかった地元企業に声をかけ、情報や技術の獲得に尽力することもまた“フクシマの復興”の同列上に違いありません。
震災、そして新型コロナウイルス発生拡大を経て、白石さんは「会社も在り方が変わったと思います」と語ります。
「ZEBもVRも、新しいことです。売上が減った後の会社が、次はこうしていこう! と新しいことをめざす。それが機械化なのか省エネなのか防災なのか…いずれにしても働く意欲が湧いてくる、それが大事なんです」
まだまだ続く福島の復興さらにはこの国の行く末を決めるであろう新たな環境戦略の水先案内人の使命を帯び、小さなZEB建築は静かな住宅地に溶け込むように、けれど雄々しく、佇んでいました。
- 取材協力
- (株)エナジア
http://www.enagia.co.jp/
- 取材日
- 2022年9月29日
- 取材・文
- 二階さちえ
- 撮影
- 金子怜史
- イラスト
- 中川展代