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事例紹介 / 新築 ビル

エコガラスのキューブが輝く
芸術的ZEBミュージアム

佐賀県 久光製薬ミュージアム

立地
佐賀県鳥栖市
構造種別
RC造2階建
延床面積
687.63㎡
主要用途
研修・展示施設
竣工
2019年

江戸から170年 製薬の歴史を伝えるZEB認定ミュージアム

巨大なガラスキューブが宙に浮き、青い空と白い雲が映っています。小ぶりながらも存在感あるZEB建築は、よく手入れされた庭園に静かに佇んでいました。

江戸期にここ佐賀県・鳥栖地域で発達した『田代(たじろ)売薬』の歴史を受け継ぐ久光製薬(株)は、2019年、工場敷地内で管理する緑地に『久光製薬ミュージアム』を完成させました。

創業170周年記念事業の一環であるこのミュージアムは、社員向け研修施設として機能するほか、企業の歴史沿革を伝える展示、会議・講演・セミナーなど多彩な利用ができる多目的ホールを備え、館の内外には多くのアート作品も見られます。

創業145周年時に整えられた社史資料を常設展示に、という社内の声をきっかけに誕生した建物には「社員のプライドになるような存在として建てたい。そんな思いが込められています」と、執行役員BU本部九州本社総務部長の矢野栄さん。
「鳥栖から文化を発信する場に、していきたいですね」と笑顔で続けました。

エコガラスのキューブが輝く 芸術的ZEBミュージアム-詳細写真02

東面から見る全景。“環境を守りながら建てていく”方針に従い、工事は既存樹木をほぼすべて伐採せずに進められた

エコガラスのキューブが輝く 芸術的ZEBミュージアム-詳細写真03

宙に浮くガラスキューブは“羽ばたく鳥のイメージ”と“規制の枠を飛び出して高みをめざす企業マインド”が込められたという

初期の計画から竣工、管理運営までの全プロジェクトに関わるのは、施主である久光製薬、設計・監理担当の安井建築設計事務所、施工と省エネ関連の技術提案を担った五洋建設の三者です。
「施主だけの思いではなく、みんなで知恵や意見を出し合い、本気で議論しながら対等な“ひとつのチーム”になって進めました」

エコガラスのキューブが輝く 芸術的ZEBミュージアム-詳細写真04

久光製薬九州本社に勤務し、計画から現在の運営に至るまでミュージアムに関わっている方々にお話をうかがった。左からBU本部九州本社総務部総務課長・河端大地さん、執行役員BU本部九州本社総務部長・矢野栄さん、サステナビリティ推進部長・森崎亜紀子さん、同部推進課・岸川由佳さん(撮影時のみマスクを外していただきました)

アーティストの意匠と省エネを両立できるか?

彫塑的芸術的な建築デザインは、久光製薬の名誉会長・故中冨博隆氏と親交のあったイタリア人彫刻家・チェッコ・ボナノッテ氏によるもの。飾られたアートもすべて彼の作品といいます。

正方形を基本に構成され、全体にスクエアなイメージの躯体から、4mを超えるキャンチレバー*の形でガラスのキューブが突き出されているのが印象的です。
もっとも大きいエントランス上部のほか建物北端の東と西にもあり、“空に羽ばたく鳥のような”浮遊感が表現されました。
これらはすべてエコガラス。ガラス張りの1階ラウンジも同様です。

エコガラスのキューブが輝く 芸術的ZEBミュージアム-詳細写真05

壁面から4mも突き出すキャンチレバーのガラスキューブは、軽量化した床スラブやPC鋼線による緊張といった高度な施工技術を駆使して施工された。ガラス面は窓枠を室内側に置き、室外側にガラスを接着させる“SSG構法”の採用でなめらかな美しさを実現。風雨にさらされても汚れづらい光触媒塗装も施し、長期間にわたって美観が保たれる

モダンながら温かみを感じさせる石とガラスの建築には、社員向け研修施設でありながら文化発信基地としての地域貢献、さらには工場を所有する製造業に欠かせない緑地保全の実践までが織り込まれています。高い省・創エネが前提となるのは必然でしょう。

その一方でアーティストが生み出す高度な意匠性を犠牲にすることもまた、あり得なかったはずです。

省エネしつつ快適性を保とうとするとき、ガラス窓は大きなポイントになってきます。外界の冷気・熱気や太陽光の入口であり、同時に室内の涼しさ暖かさが外に逃げる出口になるからです。

建物が外部環境から受ける熱負荷は、夏は約4割、冬場は約7割がガラスの開口部を通じてとなっており、壁や屋根など他の外皮との大きな違いです。
この特徴は、壁から突き出るガラス面積が大きい出窓ではさらに顕著に現れます。

となれば、3つのキャンチレバーガラスキューブがZEB認証実現をめざす上で大きな課題になったのは想像に難くありません。
この建築の白眉であるガラス開口を生かすには、一年を通じて高断熱・高遮熱性能を持たせて外部の影響を遮断しなければならない。エコガラスはその切り札として、選ばれたのでした。

エコガラスのキューブが輝く 芸術的ZEBミュージアム-詳細写真06

一辺4mの矩形グリッドを単位とし、エコガラス・石・乳白ガラスをメインの建材とした。意匠を損なうことなく自然換気が行えるよう、石材の外壁部に隠し窓が設けられている

エコガラスのキューブが輝く 芸術的ZEBミュージアム-詳細写真07

建物周囲の風景と館内に展示されたアート作品が調和する。設計時には窓外の眺めも建築デザインの重要な要素として考慮された

エコガラスのキューブが輝く 芸術的ZEBミュージアム-詳細写真08

チェッコ・ボナノッテ氏が作成した検討模型。太鼓橋や池など初期の敷地イメージが見え、貴重な資料だ。建物そのもののデザインはほぼ出来上がっている

佐賀県初のZEB認定に成功 エコガラスも貢献する美しくて心地よい建築

久光製薬ミュージアムでは、ZEB化にあたって3つの柱が設定されました。
①建物外皮の断熱強化
②設備面の精緻な省エネ計画と運用、高効率化
③太陽光発電パネルによる創エネ
です。

①外皮については前述した開口部のエコガラス採用に加え、省エネ基準のひとつである厚さ50mmの断熱材を屋根面に入れることで、熱負荷の軽減をはかっています。

②空調機器はエネルギー消費量で常にトップを走るやっかいな存在です。ここをにらんで“空調系統の細分化”をはかり、高効率機器を分散配置して運用する手法を選びました。
全館同時空調ではなく、使わない部分はスイッチをオフにして無駄なエネルギーを削減するのです。

吹出しについても考慮されました。
もっとも大きなガラスキューブ内に位置する多目的ホールは、三方向が床から天井まで伸びるガラスに囲まれていますが、ここでは天井部分のガラリから窓に向かって空調が吹き出されます。

「窓のまわりは外部からの熱負荷が高く、暑さや寒さを感じやすいエリアです。単純に空調を強くするとエネルギーが無駄になるので、窓に向かって吹き出すことで室内を均一に空調するようにしました」と、設計を担当した安井建築設計事務所の担当者。
ガラス張りの室内は、エコガラスの断熱力と工夫された空調の二人三脚で守られていました。

空調以外の設備面でも、窓から差し込む太陽光の明るさに合わせてLED照明の出力を調整したり、在室者の密度に応じて換気量を制御し空調と換気動力双方のエネルギー消費の低減をはかるなど、高効率機器を駆使しながらの細やかな省エネ計画・運用がなされています。

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久光製薬ミュージアム平面図(上・2階/下・1階)

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3面をエコガラスの大開口で囲まれた多目的ホール。庭園の樹木や街並みごしの山々が借景となり、四季折々の風景が楽しめる

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天井の意匠ルーバーは空調ダクトを兼ねている。窓辺に向かって吹き出すことでペリメーターゾーンの寒さ暑さを和らげ、ムラのない快適さを保つ

③屋根には出力41.4kWの太陽光発電パネルが設置されました。地上から見えないように工夫された設計になっています。

竣工後、2019年3月から2020年2月のエネルギーモニタリング調査でミュージアムは省エネ率115%を達成。設計時値の103%を上回る堂々のZEBを実現し、BELS最高ランクである五つ星認証を取得しています。

佐賀県内初の快挙でした。

エコガラスのキューブが輝く 芸術的ZEBミュージアム-詳細写真12

屋根には一面に太陽光発電パネルを設置。建築デザインへの影響を取り除くため、見えがかりに細心の注意を払っての設計がなされた。地上から目に入るのはパネルの四方を軽やかに囲むルーバーのみ(写真提供・久光製薬)

エコガラス+設備機器の二人三脚で高い快適性を保つ

温熱環境面の体感を岸川さんにお聞きしました。

取材にうかがったのは12月初旬。この時分は「館内に入ると少し冷えていますが、空調をつけるとすぐ暖まります」。
床から天井までガラス張りでは、冬は日射が強く入るでしょう? と問うと、「はい、午前中10時11時には直に入ってきます。眩しすぎる時にはブラインドを使いますが、とくに問題はありません」とにっこりしました。

夏場の状況も思い出していただきました。
ミュージアムの管理運営を担当している河端さんいわく「1階ラウンジやエントランスは、夏でもひんやりしています。それと比べれば、2階は最初はちょっと暑いですが、冬と同じく空調を回すと5分10分で涼しくなりますね」

南西を向くガラス面もありますが「ガラスが遮熱しているのを感じます」と、エコガラスとブラインドの併用で西日にも対処できているようでした。

高い断熱性能を誇るエコガラスも、現時点では決して万能ではありません。
日射遮蔽や空調など建物の室内環境を司る各技術と組み合わせ、それぞれが頑張りすぎずにより良い成果を出していくことが、コスト面を含め継続的な環境建築維持に不可欠なのではないでしょうか。

BEMSは1階管理室内にあり、館内のエネルギー情報をひと目で確認できます。
初年度は年間約5000人の外部見学者もあったというミュージアムは、コロナ禍の現在では社内研修にのみ使われる静かな日々が続いていますが、収束後本格稼働する日がいつ来ても、快適な館内環境が来場者を迎えてくれることでしょう。

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2階の研修室兼展示スペース。空調はスタイリッシュな天井スリット式吹出しを採用した

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冬の午後、南西の穏やかな日差しを浴びる多目的ホール。窓からは鳥栖市民の心の拠りどころという朝日山の姿も眺められる

エコガラスのキューブが輝く 芸術的ZEBミュージアム-詳細写真15

エコガラス張りのエントランスには、建物の外構をいろどる緑の風景がそのまま取り込まれる。庭園ラウンジの名にふさわしい空間だ

ZEB建築が企業を変える、地域を盛り上げる

「訪れる人には、この建物がZEBであることを必ず話してきました」と語る森崎さん。

製品パッケージのコンパクト化やエコカー導入など、環境に配慮したさまざまな事業活動を展開している久光製薬にとって、ミュージアムはSDGsや持続可能な社会に対する企業としての視点・姿勢のシンボルともいえるでしょう。

「ミュージアムと一緒に、これからZEBを学んでいきます」矢野さんの言葉は、今後も続くだろう新たな取組を象徴しているようでした。

エコガラスのキューブが輝く 芸術的ZEBミュージアム-詳細写真16

久光製薬のDNAが凝縮した1階展示室。社員研修に使われるほか、外部見学者も最初に案内されるこのスペースでは日本の売薬史の一端を垣間見ることができる

ミュージアムの建つ庭園は、市内で開催されるウォーキング大会のコースになったこともあります。
さらに久光製薬は鳥栖駅前に女子バレーボールチーム『久光スプリングス』の新たな拠点となるアリーナの建設も進めており、どちらも地域貢献を大切にする社風を感じさせる事業でしょう。

コロナ収束後には、多くの市民がまた訪れるようになるだろうな…そう思いながらミュージアムを見上げていると、隣で森崎さんが「建てたときよりも今の方が当社を代表する存在になった、そんな気がするんですよ」。我が家を愛しむような、やさしく響く言葉でした。

*片持ち梁。通常2点で固定する梁を1点で固定し、他方は支えのない自由な状態とする

エコガラスのキューブが輝く 芸術的ZEBミュージアム-詳細写真17

会社正面に立っていたエノキの古木でつくった受付カウンター。長い時を経て倒木の恐れがあり、やむを得ず伐採したという。「樹齢約170年で当社創業と同じ。傷みが進んでいて、残念ながら残すことができませんでした」と矢野さん。姿を変えて、これからも会社を見守っていくだろう

取材協力
(株)安井建築設計事務所
五洋建設(株)
取材日
2021年12月8日
取材・文
二階さちえ
撮影
渡辺洋司(わたなべスタジオ)
イラスト
中川展代

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