事例紹介 / 新築 ビル
国内初の新築Nearly ZEB庁舎は
ガラス張りの大空間
神奈川県 開成町新庁舎
- 立地
- 神奈川県開成町
- 構造種別
- RC造+一部S造
- 建築面積
- 2,135.95㎡
- 延床面積
- 3,891.31㎡
- 用途
- 庁舎
- 竣工
- 2019年
国内初のNearly ZEB認証庁舎
キャッチフレーズは『田舎モダン』。北西に丹沢山系や箱根外輪山、東には富士山麓から流れ出す酒匂川を擁する開成町(かいせいまち)は、神奈川県内でもっとも小さい面積の自治体です。
この町に国内初のNearly ZEB認証を受けた庁舎があります。
防災拠点として免震構造を採用した3階建は、町民の交流や賑わいを生む豊かなオープンスペースを確保しつつ高度な省エネ技術を駆使した“低炭素型庁舎”として誕生しました。
外周を柱がめぐり、大きな庇がかかるその姿は、庁舎というより一見、伝統的な日本建築のような雰囲気を感じます。正面にあたる北側は1、2階ともガラス張り。一歩入ると寺院を思わせる格天井が頭の上に広がりました。
アクティブからパッシブまで多彩な環境・省エネ技術がここには詰め込まれています。
豊富な地下水が流れる土地柄を生かした空調、自然光を取り入れながら換気もできるオリジナルの採光システム、エコガラスの窓、そして木製パネル・庇を駆使した日射遮蔽による建物外皮の断熱。
ここに太陽光発電の創エネをつけ加えて一次エネルギー消費量を大きく削減し、ZEB認証へとこぎつけたのです。
“我慢の省エネ”ではありません。
庁舎は町役場の執務スペースであると同時に町民の交流活動や居場所として想定され、賑わい創出をも促すオープンスペースが設けられていますが、省エネだからとギリギリまで冷暖房を落としたり、照明のオンオフを細かく気にしてエネルギー消費を抑えることはありません。
どこかで我慢させるのは本来の目的である住民サービスの充実に反するから、がその理由だといいます。
公共建築をつくる際に必ず出てくる「税金を使うからにはできる限りローコスト、必要最低限で」のお題目から解き放たれ、真に必要な要素に向かい合う新たなスタイルではないでしょうか。
そうはいっても、省エネとサービスの両立は「苦労したところですね」。中心となって事業に取り組んだ開成町財務課の柏木克紀さんが、笑いながら振り返りました。
百年後に回収できれば可! 先進省エネ建築に込めた信念
新庁舎建設には、ベースとなったいくつかのポイントがあります。
●百年建築
百年で回収できるものなら採用しよう、とのスタンス。
新庁舎の建設計画が立ち上がった2011年11月、町には1970年竣工の旧庁舎が建っていて、壁の剝落や耐震性不足が心配されていました。しかし公共建築ましてや庁舎の建替では、町民の合意は必須です。
町は庁舎建設特別委員会をつくり、専門家も交えて17回の町民集会を開催。“日本初の低炭素型庁舎”の価値と意義とを提案・説明しました。空調も採光も、省エネ関連の最新技術はどれも百年先を見据えた上で導入されたのです。
●通常の建築概念より省エネ効率優先
ガラス張りの正面は北向きです。これは“南面信仰”と揶揄されるほど南を大事にする日本の建築の常識から逸脱したともいえる決断。しかし省エネ目線では、日射による熱負荷を軽減する合理的な環境設計となります。
加えて町では夏季の気温上昇が年々厳しくなっているとのこと。地球温暖化の影響もある中、寒さより暑さ対策がより求められる地域での遮熱優先の考え方は、必然ともいえそうです。
この考えは南面にもきっちり反映され、開口部は必要最低限の採光程度に抑えられました。
●歴史風土の継承と“開かれた庁舎”
和風をイメージさせる佇まいは、町内に残る築300年の古民家『瀬戸屋敷』がモチーフ。建物外周をめぐる柱は旧庁舎へのオマージュです。
「町の北部と南部両エリアの結節点であり、かつ住民に開かれた場に」と、庁舎にシンボリックな存在感を持たせる意図があった、と柏木さん。
壁の少ないガラス張りの建物は、オープンスペースで繰り広げられる町民同士の交流や協働、イベントなどの賑わいが外からもよく見えます。庁舎の高い開放性を伝えやすいデザインといえるでしょう。
常識破りの北面ガラス張り大空間 その裏には綿密な計算が
Nearly ZEB庁舎の実力を拝見していきましょう。
まずは庁舎の顔である『町民プラザ』から。建物の北面にガラス張りの大空間を配置し、日本国内の“建築の常識”に真っ向から挑戦しつつZEBレベルの省エネを実現したオープンスペースです。
庁舎の平面は一辺約50mの正方形で、町民プラザは北側三分の一にあたります。住民の活動・交流・協働拠点であり、かつ役場の待合機能も持たせました。
対する南側は1、2階が執務スペース。そして3階に議場やロビー、機械室などを配しています。北面とは対照的に窓を極力減らし、日射による熱負荷の軽減を図りました。
三方ガラス張り、しかも吹抜けの町民プラザは明るく開放的な反面、外からの熱気・冷気・日射熱の影響も大きく、高い断熱性能が不可欠です。
1階にあたる部分は全面、高い断熱性能を持つエコガラス(Low-Eガラス)が採用されました。高さ約3.5mのガラスの壁が連なり、ところどころに換気用の扉がつけられています。「中間期にはここを開けて風を通します」網戸は特注だったそうです。
2階にあたる吹抜けの上部はダブルスキン構造になっています。2組のガラスの間を外気が自由に流れる空気層をつくり、自然換気させることで室内側が受ける外気の影響を弱め、安定した温熱環境を保つしくみです。
ダブルスキンの間に立ち並ぶ木格子ルーバーは、町の花・あじさいをモチーフにデザインされた『あじさいパネル』。日射を遮りつつ、建物を構造的に支える耐力壁の役割も果たします。新庁舎建設に合わせ、オリジナルのパーツとして開発されました。
広々とした床では輻射空調が行われています。
フローリングの下部に温冷水を通すパイプを這わせ、床そのものを暖めたり冷やしたりしながら空気全体をじんわり空調する手法です。風を吹き出すエアコンよりも人体への負担が少なく、幼児から高齢者まで多様な町民が訪れる場で快適さを保つ優しい技術。
熱源は開成町の豊富な地下水を活用した地中熱ヒートポンプで、ここでも省エネを積み重ねています。
執務スペースを照らす自然採光システム
ゆるやかな階段を上がり、2階へと進みます。
町民プラザと共通の格天井が、ここではより近くなります。国産カラマツのLVL材を使った1m角の枠内におさめられているのは照明や輻射空調、外部採光のユニットなど。これらもすべて省エネ関連設備です。
1階床面と同じ輻射空調を2階では天井が担っています。LED照明の周囲を取り囲む白い板材の裏にパイプと伝熱プレートを通して暖め、あるいは冷やして執務スペースを空調するのです。
デスクワークにとって重要な採光や照明も、省エネを大前提に計画されました。
人感センサーのほか、設計当初はタスクアンビエント照明を採用し、壁・柱・什器類を白色に統一して全体の照度アップを図りました。
ところがいざ蓋を開けると手元の照明なしでも机上で500ルクスの明るさが確保できていることが判明。タスクアンビエントは見送られ、どの机にも照明は見当たりません。省エネ優等生の明るいオフィスといえるでしょう。
もうひとつ目を引くのが、独自に開発したハイサイドライトのシステムです。
ADS(Anidolic Daylighting Systems)と名付けられた装置で、北面からの光を反射板で室内へと導くもの。ひとつにつき格天井の枠4つを使い、全12個が設置されています。
屋上に曲面ミラーの反射板を置き、そこに降ってくる天空光がエコガラスの窓を通って次の反射板へ届きます。ここでさらに下向きに反射させて室内まで落とすのがそのしくみ。天空光は柔らかく、夏でも空調の熱負荷を抑えられるのがミソです。
同様のしくみで円筒型のチューブを使ったものもありますが「あれは光の届く面積が狭いのです」と柏木さん。ADSは照らす範囲が広く、とくに曇天の日は威力を発揮するといいます。2階執務スペースでは、各課を示すボックス型サインの真上に設置されていました。
天空光を取り込み、南の日射は遮断する
最上階の3階には町議会の議場と関連する諸室、さらに町民ロビーがあります。
町民ロビーは複数のテーブルと椅子、議会中継が流されるモニターや書棚がそろい、誰でも自由に使えるスペース。屋上を向く大きな開口があり、窓越しに松田山や丹沢の眺望を楽しめます。北窓からの冬の冷気はエコガラスの採用で防いでいます。
議場を挟んで反対側に回ると、この庁舎でほぼ唯一といえる南面の大開口がありました。ここは議会ロビーと呼ばれるスペース。
窓辺に並ぶひとり用ソファとテーブルは旧庁舎から持ってきたものが再利用されました。「使えるものは使わないと」と柏木さん。リユースも省エネ要素のひとつです。
真南に窓が並ぶ議会ロビーは遮熱対策が必須で、エコガラスの窓とブラインドに加え、庇が活躍しています。
『日射遮蔽大庇』と名づけられた庇の出は1980mm。この大きな外部遮蔽とエコガラスが熱の侵入を防ぎ、省エネ新庁舎の前提である南面からの熱負荷の軽減に寄与しているというわけです。
こだわりの意匠は郷土の歴史を継承し伝えるために
かつて重油で暖房し、設備類も老朽化していた築40年超の建物から、国内有数の環境性能を誇るNearly ZEB建築に生まれ変わった開成町庁舎。その実力は数値にも現れています。
一次エネルギー消費量は、建築・設備面での省エネと太陽光発電による創エネを掛け合わせ、標準的なビルと比較して設計時79%、施工完了時81%の削減を実現(2018年)。さらにBELSにおいても最高ランクである5つ星(BEI0.5以下)を、庁舎として初めて取得しました。
実際の運用開始後はさらに高い数値が現れています。グラフでは2020年4月から12月の実績を示しました。
充実した環境性能を誇る一方、デザイン面の魅力も忘れてはなりません。
各ライフステージごとにさまざまな年代の住民が訪れる役場では、ユニバーサルデザインの推進はすでに必須事項です。しかし現実には旧態依然のままである場合も少なくありません。庁舎の新築あるいは大規模な改修は、遅れた状況を一気に巻き返すチャンスでもあります。
開成町庁舎では、三次元の視点を考慮したサイン計画が印象的でした。
産業振興課、生涯学習課といった役場内の各課窓口を示すサインは、カウンターに沿って薄いパネルが吊り下げられ、決まった方向以外からは読みづらく見つけにくいと思ったことはありませんか?
これを解決すべく柏木さんが提案したのが、どこからも認識しやすいボックス型の案内板。トイレのサインも同様で、遠くからでもすぐわかります。来慣れず緊張することも多い来庁者に寄り添う心配りです。
白ベースが多い昨今のインテリジェントビルとは一線を画す、黒色と褐色の多用も特徴的。格天井の重厚感もこの色彩あってのものでしょう。
建物の外周や吹抜けを支えている柱も、黒く塗られた鉄骨材と褐色のカラマツのLVL材を使った十字柱で、耐火性能に考慮した燃えしろ設計がなされています。
そして天井とともに庁舎の意匠を決定づけるあじさいパネルは、意匠・環境・構造と3つの機能を併せ持つ重要な部材として独特の存在感を放っているのです。
デザイン、とくに和風の意匠へのこだわりを柏木さんは、町が標榜する『田舎モダン』のコンセプトと関連づけて説明してくれました。
「格天井も木材の多用も、町の有形文化財である瀬戸屋敷が象徴する土地の歴史を継承するもの。そこに最新の省エネ技術を融合させるのが開成町流ですね」
建物の省エネ性を上げようとするとき、ひとつの手法として壁厚の増加や開口部面積の縮小による外皮断熱力アップがあり、近代的な箱型ビルはその典型です。
しかし開成町が選んだのは、故郷の歴史と気候風土に根ざしたデザインと最新技術を両立させ、人々が集うガラス張りの軽やかな建築でした。
「歴史を継承させるためのストーリーをつくったのです」長く住民に愛される庁舎づくりの、拠りどころとなるスタンスではないでしょうか。
開成町新庁舎は2020年、ウッドデザイン賞を受賞しました。このほかにグッドデザイン賞や公共建築学会賞、そしてBCS賞も取れたらいい、と柏木さん。計画から竣工まで、その高い志を支えたのは「前の方が良かったね、といわれないようにしなければ」という言葉に込められた責任感にほかなりません。
- 取材協力
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神奈川県開成町企画総務部財務課
https://www.town.kaisei.kanagawa.jp/
(株)松田平田設計
https://www.mhs.co.jp/
- 取材日
- 2021年3月15日
- 取材・文
- 二階さちえ
- 撮影
- 金子怜史
- イラスト
- 中川展代