事例紹介 / 新築
Low-Eガラス窓の外は絶景
夏涼しく冬暖かい週末住宅
千葉県 H邸
- 立地
- 千葉県いすみ市
- 住宅形態
- 木造パネル工法
(屋根部分シザーストラス構造)2階建
- 延床面積
- 368.41㎡
今月の家を手がけた設計事務所
- (有)工房アヤ
- https://www.koboaya.co.jp/
海風吹きわたる高台で二拠点居住
房総半島の東に位置するいすみ市は、某雑誌で「首都圏エリアで“住みたい田舎第一位”」に輝いたまち。
温暖な気候の下、太平洋に面しつつ里山が広がる自然環境に加え、自治体の相談窓口や支援金など移住希望者に対するケアも奏功し、2022年度だけで130名ほどの移住者を迎えたといいます。
特急電車で都心まで70分と交通の便もよく、コロナ禍で一般化したリモートワークを活用して二拠点居住を実践する人も少なくありません。
2020年竣工のH邸もまた、現在は“週末に暮らす家”。平日は神奈川県内で生活するHさんご夫妻が庭仕事や音楽を楽しみ、リラックスして過ごす住宅です。
「サーフィンをする息子と一緒に、この土地を見つけました。海がよく見えて、こんないいところはないなあ…と思いましたね」と語る敷地は緑に囲まれた岬の高台で、計画は道をつけるところから始まりました。
大手建設会社の技術研究所で建築エネルギー環境工学分野の研究・開発に携わり、大学院で教職にも就かれていたHさんがイメージしたのは「シンプルな切妻の総二階で、外壁と窓を高断熱化し、必要な床面積を確保しつつ冷暖房負荷を抑えた全館空調」の家。
一方、ライブハウスのオーナーでピアニストでもある奥様の望みは「大好きなステンドグラスをつけ」さらに周囲の風景を取り込む大きな窓を持つことでした。
景色を楽しむ大きな窓は、熱気や冷気をはね返すLow-Eガラス
海に近く強い風を受けることも多いH邸で、全館空調以外に必須事項となったのは高い耐候性と傷みにくさ。そしてなにより一年を通じた快適性でした。
建物の土台はベタ基礎で、床コンクリートに架橋ポリエチレンパイプを埋設したセラミックタイル仕上げです。通年で安定している地中熱を利用し、冬季は温水式床暖房で快適な室内環境を実現しています。
壁や天井はツーバイシックス材で厚さ140mmのグラスウール断熱材を入れ、窓は一部を除いてトリプルLow-Eガラスと樹脂サッシを採用しました。
測定したUA値は0.41。徹底した高断熱高気密仕様です。
建物の東西南北すべての壁面に必要十分な窓がつけられました。南・東・西の三面は日差しを遮る性能にすぐれた“日射遮蔽タイプ”のLow-Eガラスです。一方、日射量の少ない北面では、景色が自然に見えることを優先してコーティングのないトリプルガラスにしました。
パネル構造の建物では躯体の強度上、窓の配置はある程度の制約を受けます。そのためたくさんの小窓を分散するのではなく、居室はもちろん浴室やトイレに至るまで“大きめの窓”に整理して、十分な明るさを確保しました。
40ほどある窓のうち、日本で一般的な引き違い窓はふたつだけで、ほかはすべり出し窓やFIX窓、もしくはその組み合わせです。
すべり出し窓はほとんどが縦タイプで、住まい手いわく「ガラス掃除も室内から手を延ばしてできますよ」。ウインドキャッチ機能と並ぶこの窓の長所を認識しての選択でした。
目を引かれるのは、やはりFIX窓です。
H邸最大の窓がリビングスペースに切られています。太平洋を一望する幅約2.5mのFIX窓で、これぞピクチャーウインドーの趣。訪れる人の目を釘付けにする眺めです。
ほかにも、脇にすべり出し窓がついた大きなFIX窓をあちこちに配置し、周囲の景色がたっぷり取り込まれています。
引き違い窓を選ばなかった理由が清掃面だけでないのは、明らかでしょう。もしこれらの開口の真ん中に召し合わせ框があったら…風景はまったく変わってしまうに相違ないからです。
窓外への意識は、網戸が収納式であることにも表れています。
「上げ下げ窓も考えたけれど、網戸の扱いが気になりました。すべり出し窓ならロール状に収納できます」とHさん。網戸のない夏が考えづらい日本にあって覚えておきたい、景色を楽しむ窓辺に貢献してくれるツールです。
省エネ&快適のために、窓は開ける? 開けない?
H邸では1階中央に空調器室を設け、ここで整えられた空気をダクトで各部屋に送っています。5.0Kwの小さなエアコン1台で全館空調が実現されているといい、環境設計の妙と建物の断熱力の高さは推して知るべし。
しかもその運転は冬と夏の一時期のみです。
ただし神奈川の家を出発しここに着くのが夜間のため、冬季は寒さの中での到着に備え、床暖房を入れっぱなしにしておくとのこと。埋設パイプを循環する温水の温度は二十数℃と低いのでヒートポンプのCOP(運転効率)が高く、建物からの熱損失の少なさと相まって、電気代は月に数千円増える程度といいます。
約22畳のリビングは2階部分を回り廊下が囲む広々とした吹き抜けですが、大きな気積に加えて12箇所もの窓があります。一般的に冷えやすいとされる空間です。
隅に置かれた本格的な薪ストーブに思わず納得しかけましたが、Hさんは笑いながら「効きすぎて暑くなるので、楽しみとして時々使うくらいですよ」。
建物の高い断熱力が見えるエピソードでもあるでしょう。
もともと温暖な土地で建物にはがっちり断熱を施し、冬の保温は安心ですが、では夏や中間期はどうでしょう。春や秋に窓を開ければ、海や里山からさわやかな風が室内を通っていきそうに思えます。
ところがH夫妻いわく「窓はほとんど開けません」。
室内の環境が安定していて開ける必要を感じないというのです。
日常的に吹く強い風への対策面も、もちろんあるでしょう。
その一方で、H邸のみならずエコガラス窓の家に住む人々からしばしば聞くのが「一年中、あまり窓を開けない」ライフスタイルです。
現代の住宅は24時間換気が義務化され、無理に窓を開けずとも息苦しさには無縁のつくりです。
しかし「以前は開けまくっていたけれど、エコガラスの家に住み替えたら窓を開けなくなりました」といった声も、実は少なくありません。
近年、とくに都市部の気温は上がり続けて中間期も短くなり、初夏から晩秋までの長い期間をエアコンのお世話になることが珍しくなくなりました。
エコガラスの断熱性能=遮熱性能でもあります。そこに空調機器の性能向上が加わって、なるべく窓を開けないことが省エネにプラスに働くのも、高断熱建築では常識になりつつあります。
快適性、省エネ性、CO2排出削減…地球環境保全への意識が強まり、エコガラスその他の高性能ツールが普及する現代、住まい手自らが住環境をコントロールしていくスタンスが、これまで以上に求められているのかもしれません。
- 取材日
- 2023年4月16日
- 取材・文
- 二階さちえ
- 撮影
- 渡辺洋司(わたなべスタジオ)