事例紹介 / 新築
窓はトリプルエコガラス
母に贈る心地よい住まい
埼玉県 O邸
1階だけで暮らせ、暖かく涼しい。小さな母の家
高齢の親御さんを第一に考えた、やさしく暖かい断熱住宅を今回はご紹介しましょう。
木造2階建の住まいです。けれど施主のOさんいわく「母の生活が1階ですべて成り立つ家にしました」。
近年、平屋の新築住宅が静かな人気です。超高齢社会が到来した今、階段の上り下りなく暮らせるメリットの大きさがうかがえるようです。
1階はLDKとともに、ベッドや安楽椅子のあるお母様の居室が配置されました。外部デッキに続く南向きの掃き出し窓から採光し、観葉植物もよく育つ明るい環境です。リビングとの境に走る敷居は段差がないものを選んで、つまずきの心配をなくしました。
洗面などのユーティリティは建物北側に集中。玄関脇のトイレはリビングからも近くて便利です。
O邸の1階は廊下がなく、エントランス空間とリビングはほぼ一室空間。室温ムラをなくすことでヒートショックの不安を解消しているのです。設計を担当した『夢・建築工房』からの提案でした。
外につながる扉や三和土がある玄関は寒いと考えがちですが、外皮断熱を徹底すればリビングと変わらない室温が実現できます。
玄関ドアには中央に明かりとり窓が入っていますが、トリプルガラスにして外気をシャットアウトしました。光は入れて冷たい空気は入れない。断熱ガラスの強みが垣間見えるディテールです。
こだわり抜いたトリプルエコガラス窓で徹底断熱
施主のOさんはかつてガラスメーカーに勤務され、エコガラスについても熟知しています。新築時の希望を問うと、打てば響くように「断熱性能ですよ」と返りました。
ここに加えて、専門家としての知識やこだわりの要素が入ってきます。
すべての窓にエコガラスを使うのは当然として、中間層はアルゴンガス入りを指定して熱貫流率をさらにダウン。中間層の素材も一般的なアルミでなく樹脂にして熱伝導を抑えています。サッシももちろん樹脂一択。
開け閉めの仕方も気密性を重視し、掃き出し窓だけを引き違いにして、ほかは大小を問わずFIXまたはすべり出し窓にしました。
昨今よく見かけるようになったすべり出し窓は、縦タイプでは外の風をつかまえ室内に流れ込むよう促し、横タイプは開けておいても少しの雨なら吹き込まず、さらに外から侵入しづらいという防犯上のメリットも備えています。
私たち日本人の多くは引き違い窓に親しんできていますが、気密の面ではやはり優位性があるすべり出し窓。
位置や手の届きやすさも考慮に入れつつ取り入れれば、断熱性能向上の大きな力になってくれます。
ガラスは南面テラス窓のみ2枚で、他はすべて3枚=トリプルガラスにしました。室内側は台風などの自然災害や侵入犯罪への対策として、防犯複層ガラスを採用。
さらに、エコガラスの性格を生かした使い分けもされています。
南面の窓では、冬場の太陽光をある程度取り込める“日射取得型”エコガラスを選び、豊かな日差しで室内に陽だまりができるようにしました。
一方、西と北を向く窓では夏の強い日射熱への対処性能を強めた“日射遮蔽型”エコガラスを選択。盛夏には北方向からも射してくる西日を遮断して、室内の気温上昇を防いでいます。
窓以外の断熱も徹底しています。
壁・屋根・床などの建物外皮部分で、壁には約200mmのグラスウール断熱材。屋根はやはりグラスウールの吹込タイプ断熱材を350mmの厚さで入れました。
床は基礎断熱で、立ち上がり部に100mm、床部分に50mm厚の発泡プラスチック系断熱材を張っています。
室温の目安は“19℃”。冬はこれ以上、夏はこれ以下が保たれる
O邸の空調機器は、エアコン2台と小さな電気ストーブ1台だけです。一年を通じた室内環境の整え方をうかがってみましょう。
この家でもっとも長い時間を過ごすお母様に、1日を振り返っていただきました。印象的だったのは、空調そのものをあまり使っていないことです。
まずは記憶に新しい冬場について。
「朝起きてから1時間くらいは何もつけません。真冬でも室温が17℃以下にならないので、寝巻のままでいろいろできます」とにっこり。その後は着替え時に電気ストーブ、家族が集まったところでエアコンを回しますが、それも1時間ほどで切り「夕方まではつけません」
日が落ち、入浴後に少し冷えてきたら1時間ほど電気ストーブをつけ、その後就寝。朝までエアコン不要というわけです。
「外からの日差しのおかげで暖かくいられます。窓からの光が足元に当たるんですよ」
と、指し示されたのはベッド脇の安楽椅子。オットマンもついています。「ここに座って、窓から庭を眺めているのが好きですね」
室内外の花や緑を目にしながらの豊かな時間を思いました。
夏も窓をあまり開けず、かつパッシブな住みこなしがなされています。
まずは起床後、階段踊り場と2階の家事室の窓を開けます。北と東にそれぞれ向いたこれらの開口から風が通り、24時間換気システムも手伝って、良い風の流れができているようです。
あとはその日の状況に応じて「日中に一度弱くエアコンをかけることもあります。すぐ19℃くらいまで下がりますよ。そこでスイッチを切っても、翌朝までそのままの室温が保たれます」とのこと。
驚きの数字ですが、竣工時に測定された断熱性能の数値を聞けば「それもありかも…」との感じは、なきにしもあらず。
O邸のUA値は0.27です。
国土交通省の住宅性能表示制度が定める省エネ等級の最高は7で、UA値はO邸が立地する6地域の基準が0.26。ひとつ下の等級6は0.46ですから、ほぼ等級7と言ってよいでしょう。
C値もうかがいましたが、こちらは「低すぎて測定不能」だったそうです。
さらに、オール電化であることを前提に冬と夏の電気料金をうかがいました。
もっとも寒い1月2月でひと月約1万3000円で、暑かった昨年夏も、ひと月1万円に届かなかった、とのこと。
シンプルでかわいらしい住宅は、高い実力を隠していたのです。
日本の家は寒くて暑い。今こそめざす“世界基準の快適さ”
かつて暮らしていた住まいを「大きすぎて寒く、窓は結露して大変でした」とお母様は振り返ります。「だから、小さい家に憧れがあったんですよ」
柱と梁で構成され、壁の代わりに襖や障子を立ててきた伝統的な日本家屋。内と外の境があいまいな建物の断熱は難しく、全体を空調せずに人の体だけ暖める火鉢やコタツ、ストーブで“暖をとる”方法が長く続けられてきました。
その文化は家族だんらんの象徴として今も愛されていますが、一方で国内の多くの住宅は、WHOが『住まいと健康に関するガイドライン』で勧告している『寒さによる健康影響から居住者を守るための室内温度として18℃以上』の目安に届かないまま。
昔ながらの寒いお風呂や洗面、トイレがヒートショックの主原因にもなっています。
同様に、地球温暖化の影響で厳しさを増す夏の暑さによる“家の中での熱中症発症”も増加の一途をたどるばかり。
窓や壁に断熱力があれば、小さなエアコン1台で省エネしながら部屋は涼しくできます。必要以上に広すぎない家であれば、使うエネルギーもさらに少なくできるでしょう。
省エネや快適さ、さらに最近では電気料金の抑制が住まいの重要なファクターであることは、いうまでもありません。
そこに高齢社会での健康配慮という要素を加えたとき、“小ぶりで、1階だけで生活でき、高い断熱性能を備える”O邸は、これからの日本の住宅のあり方にリアルな示唆を与える、そんな存在になり得るのではないでしょうか。
- 取材日
- 2023年3月6日
- 取材・文
- 二階さちえ
- 撮影
- 金子怜史