事例紹介 / 新築
夫婦+愛犬の住処は
“人生を得する”高断熱の家
千葉県 O邸
平屋・省/創エネ・自由さ。要点明快、設計者の自邸
お訪ねしたのは出来立てほやほや、一級建築士のOさんが夫と愛犬2匹で暮らす家です。
おふたりはそれまで、築70年超の農家住宅に住んでいました。伝統的な続き間の座敷もある大きな家でしたが、寒さ暑さは厳しく、さらに「普段使うのはせいぜい3部屋くらい。リフォームも考えましたが、効率がよくなくて諦めました」
心機一転、町内にある別の土地で新たな住まいづくりに踏み切りました。
建築設計のプロとして掲げたポイントは3つ。
①災害に強い平屋
②高度なエネルギー性能を備えた高気密高断熱仕様
③共働き夫婦とペットが快適に暮らせ、老後も考えた家
O邸の建つ千葉県南房総地域は、一昨年の台風で大きな被害を受けました。平屋にしたのは「2階建の家の屋根瓦が飛ぶと、直すのがとても大変とわかったから」とOさん。「平面もなるべくシンプルにした方が雨漏りしなくなります」と続けました。
高気密高断熱かつ創エネ・省エネ仕様としたのも、台風被害の実体験からです。停電から復旧するまで、Oさんが勤務する工務店・早川建設の社屋はスタッフの避難所になりました。
「太陽光発電設備を備えているので、冷房が効き、冷蔵庫が動き、携帯電話の充電ができました。みんな会社にいましたね」
そして③、子どもも独立しそれぞれ仕事を持つ夫婦として“互いに自由に、できる限り快適に暮らすこと”は外せない要素でした。
夫は介護職のプロでOさんとは生活時間もバラバラ、家で一緒にいる時間もあまりないため、ひとりで居ても快適に過ごせることは大事なのです。
どのポイントも明快で実用的。さあ、お邪魔してみましょう。
中廊下をはさんで南に居室、北に水まわりの平面
切妻屋根に太陽光発電パネルを頂く小ぶりの平屋には、南を向いて4つの掃き出し窓が並びます。外構整備はこれからで、もともと畑だった大地からは勢いよく緑が伸びていました。
東に位置する玄関ホールは9畳ほどあり、広々としています。オープンな可動棚のほかにドッグバスが設置され、フレキシブルであり、かつ家族である愛犬の居場所としての快適性が考慮されているとわかる空間です。
ここから一直線に伸びる中廊下を境に、北側に水まわり、南側に4つの居室をリニアーに配置しました。居室はそれぞれに掃き出し窓がつく明るいつくりで、設計における比重の高さがうかがえます。
仏間兼ゲストルームは玄関に隣接し、靴を脱いだらすぐ入れます。「お坊さんが法事で来られるとき、他の部屋を片付けずにすみます」とOさん。笑い話のようですが、いわゆる“応接間的空間”が必要な家にとっては十分参考になるでしょう。
O邸では3枚の引込み建具をはさんでダイニングと隣り合わせることで、リビングとしての機能も持たせました。「開け放せば広々と使えるんですよ」
ダイニングスペースの奥に、Oさんと夫それぞれの個室が続きます。引き渡しがすんだばかりでまだ家具も少ないですが、それを差し引いても開放的な印象を受けました。
理由のひとつは、居室と中廊下の関係でしょう。「中廊下の採光には苦労しました」とOさん。平面を決めてからは、どうやって明るくしようか悩んだといいます。
南北両面に居室と水まわりが並ぶ間に走る廊下は窓がつけづらく、自然採光は難しくなります。
導き出した答えは、南窓の豊かな光を居室ごしに取り入れる方法でした。
中廊下と居室を隔てる建具を天井まで届く高さにして、ふだんは全開に。さらに壁も天井も白色で統一し、光を反射・拡散させて廊下まで届けるのです。
ペットの存在や老後の暮らしも考え、建具は吊り下げタイプにして床の段差をなくしています。これも手伝って廊下は半ば居室と一体化し、暗さを感じない状態にこぎつけました。
西端にあたるウォークインクローゼット内の縦長窓も予想外に採光・通気面で役立っているといい「お気に入りの窓です」
南に大きな開口をとり、徹底した断熱性能を持たせる
O邸の窓のコンセプトははっきりしています。南面開口をもっとも大きく、他は小さめに。断熱性能は妥協しない。
南の掃き出し窓はトリプルガラスにLow-E膜とアルゴンガスを組み合わせた、高い断熱性能を備える製品を採用。外気の熱や冷気をはね返すほか「前面道路の交通量が多いので、遮音も考えました」とOさん。
寸法面では高さを重視し、とくに仏間とダイニングの窓は2.2mまで伸ばしました。2mとした残り2室と比べると採光面で「全然違います!」とのこと。価格面は違ってきますが、覚えておいて良い特徴でしょう。
大きめのこの開口が外部から受ける熱の影響を考慮し、日射熱の遮蔽性能をより高めたLow-Eガラスを選びました。室内の暖かさは当然保ちつつ、外の熱気をより強力にはね返す方向に振っています。
“オーバーヒート”対策です。
高断熱の建物では“オーバーヒート”が起こるケースがあります。室内に入り込んだ熱が建物の断熱力ゆえに外に流れず内部にたまる現象で、しばしば「高気密高断熱の住宅はよくない」という論調の根拠にされてきました。
しかし設計時にきちんと断遮熱計画しておけば、十分回避できるのです。やり方は地域や土地の環境によって異なり、状況に応じてバランスを考え、対策します。
O邸では、太陽高度が低くなる春と秋に窓を直撃する日射熱によってオーバーヒートが起こる可能性がありました。周囲は田圃が多く遮蔽物もありません。そこで窓の遮熱性能を高めたのです。
その一方で太陽が高い位置で回る夏季の日射熱は、庇や軒の出を使ってパッシブに防いでいます。
暑さ寒さにしばられず自由に動ける“人生を得する家”
考え抜かれた窓の数々。けれど「基本、窓は開けません。気持ちがいいと感じる季節だけですね、開けるのは」とOさん。
高性能ガラスの窓と、厚さ85mmの硬質ウレタン断熱材を入れた壁という強力な外皮でくるんだO邸の室内環境は、第1種換気の全熱交換型換気システムが司っています。
ひとつの給排気口を使って効率的に換気と温湿度調整を行う仕組みで、下手に窓を開けると効果が下がることもあり“開けないこと”はもっとも快適で安定した室内環境につながるのです。
引込み式の建具を多用し、シンプルな平面で、かつ平屋。O邸内部は一室空間にも近い環境です。玄関、ダイニング、水まわりと、どこにいても「温度差がない。本当にすばらしいです。人生、得した感じですよ」
「人生、得した感じ」とはインパクトのある言葉です。さらに「前の家ではお風呂に入るのは命がけでした」とも。
“命がけの入浴”はヒートショックの不安を指しています。一説では年間2万人近い高齢者が亡くなっているというこの現象は、断熱性能が低く温度ムラのある家の浴室・脱衣室で起こる急激な室温変化が原因。自らの老後を考えて自邸設計に臨んだOさんにとっても人ごとではありません。
“人生を得する家”について、取材に同席いただいた早川剛史さんにもうかがいました。Oさんが設計業務を担当し、O邸の施工も手がけた早川建設を率いるトップであり、高断熱高気密住宅のプロフェッショナルです。
「昔の家は低断熱で寒いから、冬は布団から出られないですよね。朝から運動や勉強をしたくてもできない。これで2時間は損しています。寒くなくてしかも家中同じ状態なら、さっと起きてなんでもできて、時間を有効に使えるんです」
同様に、夏は冷房のある部屋から出られない、サウナのような2階に上がれない… こんな思いをしている方が少なくないのではないでしょうか。
家の中に温度差があることで動きが鈍くなる、とはよく聞く話です。暑さや寒さに左右されずのびのびと生活できることは、まさに早川さんいうところの“人生の時間を有効に使う”ための不可欠な要素ではないでしょうか。
ちなみに「窓を開けない」=「窓を開けられない」ではもちろんありません。
高気密高断熱住宅であれ、誰もが外気を入れたくなる春や秋には思い切り開け、気持ちよく風を通して当然です。そしてこの役目は、窓にしか果たせないものでもあります。
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O邸にちりばめられた自由な発想と実用的な工夫。設計者の自邸ならではと感じますが、通常の注文住宅でも“みんながこうしているから”と考えることはありません、とOさん。
「家づくりでは自分たちの生活をフラットに見直して、小さいことでもこだわってください」
さらに性能について「日本で高性能と言われている住宅も、世界的に見れば遅れているんですよ」と続けました。
実はヨーロッパ各国、さらにアジアエリアと比較しても日本の住宅環境基準の低さは際立っているのです。
快適な住まいとはきっと、住む人の数だけあるのでしょう。その心地よさを実現するために、自らの暮らしを見つめ直すとともに、暮らしを支える器の科学的な性能を見る視点も必要…このかわいらしい家に、日本の住まいへの思いと、未来に向かう多くの示唆とがいっぱいに詰め込まれているようでした。
- 取材日
- 2021年6月18日
- 取材・文
- 二階さちえ
- 撮影
- 渡辺洋司(わたなべスタジオ)