事例紹介 / リフォーム ビル
狙い定めてZEB化に成功
町役場のエコガラス改修
兵庫県
上郡町役場本庁舎
- 立地
- 兵庫県上郡町
- 建物形態
- RC造4階建
- 工期
- 設計 2019年12月〜2020年1月
施工 2020年4月〜2021年1月
- 窓リフォームに
使用したガラス - エコガラス(真空ガラス)
改修庁舎は築約40年 小規模自治体がZEB化に挑む
RC建築の耐用年数は50年から80年といわれています。最後まで使い切ることを目標にエコ改修を行った自治体庁舎をご紹介しましょう。
兵庫県最西端に位置する上郡町は清流・千種川と4本の支流が流れ、中国山系の山々が連なる水と緑のまち。
瀬戸内海気候に属し、1年を通じて穏やかな気候ながら最高気温約35℃、最低気温は零下を記録し、夏には川、冬には山からの風が吹いてきます。
ZEB化のエコ改修の舞台となったのは、川のほとりに建つ1986年竣工の町役場本庁舎です。メイン担当で計画を進めてきた上郡町財政管理課の小田さんは「初めは空調と照明を交換するくらいで、という話だったのですが」と振り返りました。
窓と壁もしっかりやろう! 建物外皮を諦めなかった計画
改修の主なポイントに定められたのは①空調②照明③建物外皮 の3点。
①は今まで重油焚冷温水発生機による中央熱源方式全館空調でしたが、改修後は高効率のパッケージエアコンによる個別分散方式にしました。空調機器の性能向上はまさに日進月歩、改修前と比べて設備全体の容量が5割以上もダウンしたといいます。
同時に全熱交換器も導入しました。
②では、庁内全体をLED照明に交換。「以前は蛍光灯がこわれた順にLEDに換えていました。でも水銀をはじめ有害物質が含まれる蛍光灯はいずれなくなるので、この機会にすべて交換ということに」
さらに①と②を支える創エネルギー部門として、太陽光発電パネルと蓄電池を屋上に設置しました。
③はもっとも注目したいところです。
建物外皮の改修では新しい断熱材を外壁に張る外断熱に加え、ほぼすべての窓ガラスをエコガラスに入れ替えました。
既存のアルミサッシを生かし、中身だけを入れ替える“ガラス交換”です。
4階建の上郡町庁舎は、目の前を流れる千種川に沿う形で南北に延びる平面。中央を走る廊下の両側に執務スペースや会議室が配置され、それぞれ東面と西面に窓が並びます。
とすれば、気になるのは東から射す朝日と午後からの西日の熱と光でしょう。
改修のビフォーアフターを、空調の運用を含めて夏と冬とでお聞きしました。
東と西に並ぶ窓 朝日も西日も入り込む仕事場を改善
まずは夏季から。
庁舎のファサードは千種川に向かう東面です。敷地は傾斜があり川から遠いほど低くなり、2階部分がエントランスになっています。
川幅は広く遮蔽物がないため、朝日は低い段階から射し放題。執務スペースは「早い時間から暑くなります」
午後に西側執務スペースに日が回り、こちらは室内ブラインドを下げて対処しています。ガラスを換えてからは両側とも「日差しが和らいだ感じでジリジリしなくなりました」と小田さん。エコガラスの面目躍如というところでしょう。
デマンドコントロールも勘案し、2・3階のエアコンは早い時間から稼働させています。
室温設定は26℃が基本。28℃では? との声も聞こえそうですが「仕事をする場所ですから」と小田さん。業務に支障が出たり効率に影響があるとすれば、省エネ面のみで判断するのは避けた方がよい場合もありそうです。
冬場の状況もうかがいました。
改修前の庁舎は「窓辺はすきま風で寒かったです」と、3階西側に執務スペースがある財政管理課の前川俊也課長は語ります。
以前使われていたファンコイルユニットの空調機は自然換気用のガラリがあり、改修時にはふさがれましたが「それまでは、足温器などはみんなが使っていましたね」
エコガラスに交換された後は足温器が使われなくなり、ガラス面についていた結露は解消され、窓辺を含む室内環境の改善ぶりがうかがえます。外壁に付加された断熱材の貢献も、もちろんあるでしょう。
エアコンは朝6時半から稼働され、着席するときには「ホカホカです」と小田さん。快適な仕事環境とデマンドコントロールの両方を満たす運用がなされています。
今回の改修にZEBプランナーとして参画した日比谷総合設備と国際航業によるグループも「過剰な空調を防ぎつつ、かつ我慢の省エネではないZEB実現をめざしています」
多くの人が働く場をZEB化する際、基本に置きたいスタンスといえそうです。
ZEB化=やること満載 周囲を巻き込み成功につなげる
前述どおり、上郡町本庁舎の改修はNearly ZEB相当の高い実績を上げています。
しかし、それ以前のCO2排出削減対策は「かなり、いいかげんでした」と小田さんは振り返ります。
その従来計画は2018年に改定時期を迎えましたが、当時の庁舎は「外壁のタイルが剥がれ落ち、空調設備は夏の暑い盛りに2週間止まったり」。
竣工から30年以上を経た建物全体の傷みも無視できない状態だったといいます。
さらに、町内7つの公共施設で行った省エネ診断で「昼休みに消灯するくらいでは到底間に合わない」結果が出てしまいます。
「どないかせんといかん」副町長の判断で、それまで住民課環境衛生係として計画の改定を担当していた小田さんが財政管理課に異動。本格的な取組に着手しました。
空調・照明・外皮・非常用電源と「直すところがいっぱい」な状況で潤沢な予算もない中、小田さんはもっとも有利な改修内容と補助金メニューを比較検討します。そこで「ポッと浮かんだ」のが、環境省のZEB化事業でした。
とくに「外壁もさわれるのはZEBだけだった」と小田さん。
外壁工事は足場が必要になるため、コストはどうしても上がります。加えてRCにはそれなりに断熱力があり、エコ改修では窓や開口部は換えても壁はそのままという例も少なくありません。
ここでは小田さんの努力と隣県岡山のコンサルタント会社・備前グリーンエネルギーによる提案とが、環境省のZEB化支援事業の発見につながりました。補助金獲得をめざす際の情報収集の重要性がうかがえます。
そして2019年初夏、見事ZEB採択に成功しました。
しかし次に待っていたのは、居ながら改修で避けて通れない“庁内調整”という手ごわい業務です。
工事は土日と夜間を基本としつつ「それだけでは工期が間に合わないので、会議室などは“使えない週”をつくりました」その期間は外部の公民館などを使ってもらうよう話したといいます。
騒音関連にも留意し、庁舎4階の議場で議会が開かれる期間は「なるべく遠くの現場で作業した」とのこと。さらに窓を開ける中間期は音が通るため、庁内業務に支障が出ないよう気を使いました。
その反面、工事中は空調が止まるので「みんなに我慢させないためには工事はなるべく中間期がいいんです」
あちらを立てればこちらが立たない典型ですが、庁内職員の多くが「真夏に空調が止まった経験から『しゃあないなあ』と言ってくれました」
建物のエコ改修は通常業務から少し距離をおいて見られがちです。しかし周囲をどれだけ巻き込んでいけるかも、実は工事の成功に関わってくる要素。
塗り直すことになった外壁のデザインについて職員にアンケート調査を行い、賛成意見が多かったものを採用するなど小田さんは周知に努めました。
その後の運用面で協力を得るためにも、ZEB化を“自分ごと”としてもらうことは大切なポイントになってきます。
改修には制限がある 既存のポテンシャルを生かし「どこを狙うか」
工事完了後も、上郡町ではZEB化による環境性能実現のプロセスである『コミッショニング業務』が継続されています。
ZEBプランナーは、庁内24箇所にデータロガーを設置して温湿度データを収集し同時に空調や照明、創エネなど各系統ごとの電力量を計測。
さらにデマンドコントローラに記録された最大消費電力の値も合わせて集計し、総合的な分析・評価を定期的にまとめて報告しています。
「建物のどこでどれだけの電力使用量があるか明確にし、運用の改善や省エネ促進へとつなげていきます」
ZEB化は工事完了で終わり、では決してなく、絶え間ない運用改善こそが新たに与えられた建物の環境性能発揮に不可欠であることを示す言葉です。
さらに小田さんは、高経年建物のZEB化改修に取り組む際の考え方として「改修には制限があります。その中でどこを狙うか、どこまでやるか。“建物の今あるポテンシャルをどう生かすか”がポイントになると思います」
建物すべてを新しくすることはできない。ならば、変えてもっとも効果がある部分のみ抽出して改修や交換で性能アップし、あとは運用で全体の環境を向上していこう。ZEB化は広い視野と緻密な情報収集、現場調整と判断が求められる総合的な業務といえそうです。
そんな中でZEBプランナーの存在を「日頃から相談できる相手として頼りにしています」と小田さん。
既存建物の断熱・ZEB化には新築のZEB化と異なる難しさがあります。計画し運用する者と改修設計・管理する者が互いに知恵をしぼり、計画当初から工事完了後の運営まで、二人三脚を継続していく。共働から生まれる力こそ、不可欠にして最大の要素なのかもしれません。
- 取材日
- 2023年5月15日
- 取材・文
- 二階さちえ
- 撮影
- 小田切 淳
- イラスト
- 中川展代