事例紹介 / リフォーム ビル
デザインを変えないZEB化
美しい経年図書館とエコガラス
福岡県
久留米市立中央図書館
- 立地
- 福岡県久留米市
- 建物形態
- RC造4階建
- 工期
- 2021年10月~2022年2月
- 窓リフォームに
使用したガラス - 真空ガラス
景観全体が調和する文化芸術拠点に建つ図書館
福岡県久留米市は近年、市内にある既存公共建築群のZEB化改修に積極的に取り組み、めざましい実績を上げています。
前回取り上げた『ZEB』を達成した環境部庁舎とZEB Ready認定の合川庁舎に続き、今回は既存公立図書館として全国初のZEB Readyを達成した同市立中央図書館をご紹介しましょう。
図書館が建つのは、地元生まれの実業家・石橋正二郎氏が故郷の発展を願い、私財を投じてつくり上げ寄贈した複合文化施設・石橋文化センターの一角。
美術館やホールなど、点在する建築群はどれもレンガ調タイルと存在感ある開口部を基調にデザインされ、池や噴水もある緑豊かな庭園に抱かれて全体が調和する、久留米市の一大文化芸術拠点です。
ZEB化改修事業は、この景観をスポイルせず環境性能を上げることが大前提でした。
建物の正面に立つと、赤いタイルの壁面にはめ込まれたガラス窓に映る青空と樹々の緑に目を奪われます。庭園に面した反対側も同様で、この風景を石橋正二郎氏はことのほか愛しました。
「正二郎さんがすごく気に入っていたので、今回の改修でもこの窓は対象外でした」と、久留米市都市建設部建築課の赤坂 慎一郎さん。
みんなが使う建物だから、休館はできるだけ短く
図書館のこんな実態が、2018年から環境政策課が取り組む『既存公共建築物ZEB化可能性調査』に合致しました。
この調査は既存建築物とくに2030年度までに空調設備の改修が予定される施設が対象で、前出の環境部庁舎・合川庁舎とともに中央図書館に白羽の矢が立ったのです。
調査分析と検討は、久留米市の環境部と都市建設部の有志で構成するZEBチームが行いました。
結果、開口部の断熱力を上げれば建物全体の外皮性能も大きく向上するRC建築であり、空調の更新に合わせてきちんと改修すればNearly ZEBまたはZEB Readyクラスの環境建築に生まれ変わると判断。
ZEB化改修を支援する補助金を利用してコストを圧縮する道筋も見え、市からゴーサインが出ました。
改修にあたり重視したのは「とにかく工事の完了が遅れないこと」と、中央図書館主幹の白谷由紀子さんは話します。
「多くの方々が利用する施設を休館しなくてはならないので、円滑に工事を進めるために毎週の定例会議で進捗を確認していました」
市民に対する図書館のスタンスがうかがえるエピソードでしょう。
予定された工期は2021年10月から12月。しかし新型コロナウイルス感染拡大が影響して空調機器の納期が遅れ、2022年1月から2月までは利用の一部を制限しての"居ながら改修"が行われました。
利用者の安全を確保しつつ、本や資料を移動させずに工事するため施工計画は大変だったと白谷さんとともに図書館の運営管理に携わる久留米市市民文化部中央図書館課長補佐の甲斐田邦彦さんが、振り返りました。
大開口にはさわらず、太陽光発電も見送り
工事をする上で大切なことはもうひとつありました。外観に影響が出ないことです。
前述のとおり、中央図書館は南北両面に大開口があります。ステンレス枠にはめ込まれたガラス窓群が鏡のように周囲の空と緑を映すさまは、誰もが足をとめる美しさ。
「この風景を壊すなかれ」とは、石橋正二郎氏のみならず図書館のZEB化改修に携わるすべての人にとって不文律だったに違いありません。
その一方でZEB化の視点からは「これだけの窓を断熱しないZEB化改修はさすがに難しいのでは?」と言いたくなる高いハードルに見えます。
創エネ面で大きな役割を果たす太陽光発電も見送られました。
文化センターの景観全体への配慮に加え、建物の強度やスペース面に限界があり、屋上に置いたときの荷重に耐えられる程度の設備では十分な発電量が得られないとわかったからです。
逆境に次ぐ逆境。
しかしZEBチームはあきらめず、Webプログラムを駆使して道を探り続けました。ZEBプランナーである備前グリーンエネルギー(株)の山口卓勇さんと共働し、高度な断熱設計に挑みます。
結果、グラスウール充填による天井断熱の強化+LED化の徹底で見事ZEB Readyを実現。「照明ひとつ抜けるだけでダメになるくらい、ぎりぎりでした」当時を振り返って境さんが笑いました。
この話には、参考となるポイントがいくつもあります。
一見無理と思える状況でも、Webプログラムでの計算次第で道は開けること。
ZEB化改修においてデザインと性能の両立は不可能ではないこと、そして専門家との共働が欠かせないこと。
久留米市ではZEB化改修事業のたびにZEBプランナーを公募し、厳正な審査を経て共働に至るといいます。
事業主体側の“見る目”も試される。そう言い換えられるかもしれません。
エコガラス・空調・照明・断熱・運用の“合わせ技”改修
窓の改修で採用されたのはエコガラスの一種・真空ガラスです。既存のアルミサッシ枠をそのまま使い、ガラスだけ入れ替える方法で工事しました。
不具合が目立っていた空調設備は、ガス式と電気式を並行させ更新しています。
「大空間である図書閲覧室は効率のいい高効率GHPにし、執務室や会議室は電気式のパッケージエアコンです」
新たに全熱交換器もつけ、天井断熱を強化し、照明は自動調光付きLEDに換えました。「合わせ技で効果が出ている、そんな感じ」と境さん。
この“合わせ技”はコスト面でも力を発揮しました。
交付を受けた補助金はZEB化を前提に設定されたもので、単純に老朽化した設備を更新するだけの改修は対象外です。
地球環境保全という大きな目標に向けて国庫金を使うからには、プランナーとの共働も含め申請する側にも“汗をかく気概”が求められ、それによって最終的に質の高い改修が実現する、そんな意図も込められているように思えます。
改修後の一連の変化を、白谷さんは「安心感が生まれました」という言葉で表現しました。
「古い窓の結露が原因だったサッシの水漏れも解消して、本への影響を心配せずにすみます」
設備の運用そのものも、ZEB Readyの環境を支えています。
建物内の温湿度は、個別空調している閉架書庫をのぞいて集中管理されていますが、スタッフの出勤時から図書館の開館そして閉館まで、こまやかな調整が終日続けられているのです。
朝一番で全館換気をし、その後はデマンド対策として1階から順に各設備のスイッチを入れていきます。開館後はスタッフがこまめに館内を回り、それぞれの空間の温熱状況を体感して「人が多くて暑い場所では少し室温を下げたりしています」
夢ではない、デザインを変えないZEB化
図書館は多様な人々を受け入れる公共性の高い施設です。ZEB化改修においても、“安心できる快適さ”は省エネ性能と並んで重要事項のはず。
白谷さんも甲斐田さんも「省エネと快適性の両立は大前提でした」と口をそろえます。気持ちよく過ごしてもらうことがなによりも大切なのです。
工事の完了後、利用者からは「今までと違うね」「明るくなった」とよく言われたそうです。
「大きな改修でなくてもそう言っていただけるのは、“ZEBになった”という意識も影響しているかもしれませんね」と白谷さん。
スタッフからも好評で「快適!」「前は薄暗かったけれど、ずいぶん明るくなった」といった声が多く聞かれるそうです。
それを受けて甲斐田さんは「自動調光機能のあるLED照明に変わったこと、またエントランスに新しく総合カウンターができ、入ってすぐ広いスペースがあることで、より明るくなったと自分も感じます」
「断熱したかったら窓を減らせばいい」といった言葉は、省・創エネや環境性能を重視する建築を考える際に、今もときおり耳にします。
性能とデザインは相入れないとする論調がなくなったとは、まだ言い切れないでしょう。
久留米市立中央図書館はそんな風潮を軽々と越え、美しい風景を映す大開口をはじめとする多くの意匠はそのままに、高い省エネ性能と明るく快適な空間を獲得しました。
その裏には、調査段階からコスト面に至るまでZEB化改修事業の一切に情熱を持って取り組んだ久留米市ZEBチームと彼らを支えた専門家ZEBプランナー、工事後の適切な運用で建物のポテンシャルを確実に引き出す図書館スタッフの努力が隠されているのです。
窓がたくさんある。デザイン重視。築数十年。予算のない公共建築。
大丈夫、それでもZEB化はできますよ、と肩をたたいてくれる名改修がここにあります。
- 取材日
- 2022年7月19・20日
- 取材・文
- 二階さちえ
- 撮影
- 小田切 淳
- イラスト
- 中川展代