事例紹介 / リフォーム ビル
見どころなしの地味な庁舎は
最高峰の『ZEB』改修建築
福岡県
久留米市環境部庁舎・合川庁舎
- 立地
- 福岡県久留米市
- 建物形態
- RC造3階建・4階建
- 工期
- 2021年
- 窓リフォームに
使用したガラス - エコガラス(真空ガラス)
全国初 既存公共建築物の『ZEB』化改修に成功
“建物をZEB化する”。近年かなり耳にするようになりました。SDGsが叫ばれ、大手ゼネコンは競って新たな技術を開発し、高い環境性能を備えた新しい建物が増え続けています。
一方、より難しいのが既存建築物のZEB化改修です。
経年建物ゆえの制限や費用対効果、竣工時との法規制の違い、業務を止めない“居ながら工事”など、そのハードルは新築ZEBよりかなり高いのが実情。
コストもかけづらく、空調や照明など最低限の設備改修・更新に限られがちとなれば、性能向上にも限界があるのは当然かもしれません。
そんな現状を乗り越え、高度なZEB化改修を実現した事例があります。
ZEBの最高峰である『ZEB』(カギZEBと呼ばれることも)認定を勝ち取った久留米市環境部庁舎、築50年超の高経年改修ながらZEB Readyを認定された同市合川(あいがわ)庁舎です。
環境部庁舎は既存公共建築物による『ZEB』化改修を達成した最初の事例でもあります。
築30~50年超の老朽庁舎を居ながら改修
環境部庁舎はかつて市内のゴミ収集車車両基地だった建物で、1階をピロティ=駐車場とし2階が執務スペース。収集業務の外部委託にともない、2017年に環境部が移転してきました。
主な改修箇所は以下の5点です。
①既存サッシを生かしガラスのみ交換した窓
②全熱交換器導入を含む空調設備の更新
③2階床スラブの断熱材吹付
④照明設備の更新(LED・人感センサー)
⑤太陽光発電パネルと蓄電池の新設
建物は45度ほど振れつつ東西に長く、執務室では南北の壁面に窓が続きます。開口部の改修は南全面と東西面数カ所で、既存のアルミサッシを残してガラス面のみ単層からエコガラスの一種・真空ガラスに取り替えました。
空調設備は劣化したガス式から高効率の電気式エアコンに変え、同時に全熱交換器を導入してダウンサイジング。無断熱だった床に硬質ウレタンフォームの断熱材を吹き付け、一部を除いて蛍光灯だった照明はすべてLEDに交換し人感センサーと自動調光システムも組み込みました。
空きスペースだった屋上には太陽光発電パネルと蓄電池を設置。
どれも通常のエコ改修の手法で、最先端技術はとくに見当たりません。
工事は“居ながら改修”で、約半年をかけて2021年1月に完了し、その日から室内環境は大きく変わりました。
ピロティの冷気が直接足元に伝わり、床に段ボールを敷いても「シモヤケになるほど(境さん)」冷えていた床は改善され、天井との温度差が10℃から6℃に減少。通称『プチプチ』=エアーキャップを張ってしのいでいた窓辺の寒さも軽減しました。
夏は夏で、かつてはムンムンと熱気がこもり、風除室がなく開け閉めが多い入口近くの席はとくにつらかったそうですが、取材に訪れた7月下旬ではその熱気は感じられず、執務スペースは静かで快適な環境です。
一方、久留米市企業局が管轄する上下水道部の入る合川庁舎は1969年竣工の古いビルです。一部の増築以外は大規模改修もせず、今まで持ちこたえてきました。
主な改修箇所は
①既存サッシを残しガラスのみ交換した窓
②全熱交換器導入と床部分への断熱材付加
③一部空調設備のガスから電気への更新
④照明設備の更新(LED・人感センサー)
⑤太陽光発電パネルと蓄電池の新設
と、環境部庁舎とほぼ同じです。
建物は東西南北全方向に窓がたくさんあり、階段室や控室を除くほとんどがエコガラスに交換されました。
違いが見られるのは空調まわり。既存のガス式システムを生かして一部のみ電気式エアコンに換えています。
改修後は空調が効きやすくなり、かつ電気料金はダウン。「“弱”モードでも効くようになりました」林さんがにっこりしました。
太陽光発電+蓄電池で大容量の創エネ
温熱・体感と並んでZEB化改修の白眉である“創・省エネルギー”面はどうでしょうか。
『ZEB』建築の環境部庁舎は、当然ながら電気・都市ガス使用量とも改修前からマイナス=太陽光発電による創エネが使用エネルギーを上回っています。つくられる電気はすべて自家消費し、余剰分は売電へ。
89.2kWhの大容量を誇る蓄電池からの放電も日頃から積極的に行い、ピークカットをゼロに設定して、デマンド値は改修前の44kWから18kWと大幅に下がりました。環境部で使うEV車への充電も蓄電池から行っています。
九州電力の出力抑制もあり完全自給にはならないものの、買電量は全体の約2割まで減り、購入料金も大幅に下がりました。
興味深いのは、ガス式から電気式へ空調設備を換えたにもかかわらず電気使用量が減っていることです。
外皮の断熱力アップによる建物そのものの性能向上と高効率設備への更新、両者が揃ったとき発揮される効果が如実に現れた例でしょう。
ZEB Ready認定の合川庁舎は、省エネルギー性能(BEI)0.32。基準値と比較して一次エネルギー使用量のほぼ7割削減となりました。
ここの創エネには独自性があります。太陽光発電が完全に“独立”しているのです。
水という重要なライフラインを担う上下水道部は、水道プラントや夜間工事の実施も含め24時間稼働が基本。防災面も考慮して九州電力の系統から切り離した独立サーバーを持ち、出力抑制も受けません。
合川庁舎は災害時の活動拠点施設であることを前提とした『レジリエンス強化型ZEB建築』。いつ何時も自由に発電し、余剰分は蓄電池に入れ非常時に備える。高い創・省エネ能力の保有は必然といえるでしょう。
見たらがっかり?! 一見地味な“普通の改修”の意味
久留米市公共建築物のZEB化改修成功にはいくつもの理由がありますが、環境部庁舎では「建物がたまたま真四角だったから」という赤坂さんの言葉にその一端が垣間見えます。
“建物自体の特性やポテンシャルを生かす”と言い換えられるかもしれません。
環境部庁舎は吹抜やカーテンウォールがなく、平面の凹凸も少ないごくシンプルな建物。この単純さが『ZEB』実現のカギとなりました。
RC建築では壁や天井が一定の断熱性能を持つため、窓や出入口など開口部の断熱力を強化するだけで全体の外皮性能がぐんと向上します。吹抜のような部分的に気積が大きくなる空間がなければ温度ムラも発生しづらく、室内は安定モードとなるのです。
特筆すべきは、建物北面の窓に手をつけず単層ガラスのままにしたことでしょう。
当初はもちろん、北窓も工事対象でした。しかし計画を進める中で“窓を取り替えるなら一定の防火性能を保証するものでなければならない”との規定が建築基準法にあり、エコガラスの採用も難しいと判明します。
北窓の断熱は開口部断熱のイロハともいえるセオリー。しかしZEBチームはあきらめず、ZEBプランナーと一緒に詳細な調査分析・計算に取り組んで「ここをさわらなくても大丈夫な解」にたどり着きました。
それが“床下の付加断熱+北面以外のほぼ全開口部のエコガラス交換+全熱交換器による一括温度調整”です。
一見掟破りに見える手法は、合川庁舎でも取られました。ガス式空調の存続です。
ZEB化では一般的に、GHP(ガスヒートポンプ)エアコンよりEHP(電気式ヒートポンプ)エアコンが有利とされています。しかし合川庁舎ではイニシャルとランニング両コストも考慮した上で既存のガスシステムを残し、設備のみを高効率機器に更新。本来必要だったはずの受変電設備増強を回避しました。
同時に会議室など断続的に使われるスペースはEHPに交換するなどきめ細かく計画を詰め、ZEB Readyにこぎつけたのです。
さらに両庁舎に忘れてはならないのが、両庁舎とも一般的な技術のみを使っていること。
新たに開発された最先端の設備機器類を採用せず、汎用性を第一義に設計を工夫して結果を出しているのです。
一般的な技術であればコストを抑えられるのはもちろん、今までZEBとの関わりが薄かった地元の建設関連企業にも事業参加の機会が生まれ、ZEBの周知にもつながります。
汎用性の高い成功事例は最先端設備なしでもZEB化できることを意味し、技術的にもコスト的にも新築より難度が高い改修ZEB事業に取り組む全国の担当者に勇気を与えるに違いありません。
「来られる方に、がっかりして帰ってほしいんです」と赤坂さん。「建物の見どころなんてないじゃないか、こんなんでZEBが取れるんだ、とね。僕はそれを売りにしたいんですよ」
久留米市のZEB化改修の真髄が、この言葉の中にあります。
勝手に集まって調査研究。ZEBの主役は庁内の猛者グループ
技術的手法のほか、今回のZEB化事業を成功へと導いた決定打はやはり、『ZEBチーム』と呼ばれる市役所内の猛者たち、そして彼らと共働した凄腕ZEBプランナーの存在でしょう。
久留米市は2018年頃から市が保有する既存公共建築物の改修・建替を組み合わせた独自の計画をベースに、本格的なZEBの検討に取り組み始めました。
ZEBチームの結成はほぼ同時期です。部局を横断した「やる気のある有志が勝手に集まりました」と境さん。
メンバーは環境部の総務と環境政策課、建築系は建設部の建築課と設備課にそれぞれ属する職員で、頻繁に集まっては“勝手に”ZEBの調査や研究を重ね、先進事例を探しては見学・視察を続けました。活動の中で有能なZEBプランナーとも出会い意見交換しながら、技術面から補助金活用に至るまで総合的にZEBを学び身につけていったのです。
その実力が最初に形をとって現れたのが、2019年に行われた『久留米市既存公共建築物ZEB化可能性調査』でした。
この調査は市内にある既存公共建築物群の空調設備に着目、その中から2030年度までに改修が見込まれる施設を抽出してZEB化改修の是非を調査研究、検討したものです。
建物の外皮性能と設備機器の現状把握・再エネ設備導入の必要量・CO2削減試算そして補助金活用を含む投資回収や費用対効果と、建築技術からお金の算段まで多様な論点を俎上に上げるプロジェクトになりました。
この段階での徹底した調査分析が足腰の強いZEB化計画をつくりあげ、詳細な資料と丁寧な説明を通じての財政担当部署を含む庁内や市議会の合意形成につながっていきます。
「ボトムアップ型ですね。ZEBチームでLCCまで計算して『5年で元が取れますから!』といった話もしましたよ」と赤坂さんが笑いました。
補助金の活用術も、徹底的に鍛えられました。
ZEBや創・再エネ事業向けの国庫補助事業はいろいろありますが、設備単体の工事はほとんどが対象外。ZEBチームは複数の改修・交換工事を組み合わせることでこの問題を解決し、イニシャルコストの削減を実現しています。
境さんいわく「もともと可能性調査が市の予算の対象外でした。ZEB化そのものではなく“できるかどうかを調べる事業に大事な税金は使えない”という論理です。そこで、エネルギー設備導入推進事業向けの補助金を申請しました」
単年度主義や申請期間の短さなど、こと自治体にあっての国庫補助活用が一筋縄でいかないのは、もはや周知の事実。大前提である財源確保の面でも、ZEBチームという“専門集団”が大きな力になったのはいうまでもありません。
力あるZEBプランナーは欠かせない
さらに「力量のあるプランナーと共働する大切さ」についても、境さんは力を込めます。
今回の改修事業にあたってZEBチームと一体になり、質の高いZEB化を実現したのは、岡山県のZEBプランナー・備前グリーンエネルギー(株)(以下BGE)。
ZEBプランニング支援から再生エネルギーによる地域再生、創エネ・再エネ関連の調査研究等、エネルギー分野の専門コンサルとして幅広い事業実績を持つ同社は、久留米でも大きな力を発揮しました。
例えば環境部庁舎では当初「改修できない北側の窓は壁にするしかないのでは」との案が他のプランナーから出たといいます。
しかしBGEの事業統括部長兼執行役員・山口卓勇さんが可能性調査で集まったデータを詳細に分析・計算し「北以外の窓改修と全熱交換器導入、さらに床の断熱材を厚くして断熱係数を上げれば『ZEB』でいける」と断言。WEBプログラム上の計算でも同様の結果が出たことで、最終的に窓をつぶさずにすみました。
「他のプランナーができないと言う中、山口さんは『できない理由を教えてほしい』と言ってくれました」と境さん。
それ以後の実施設計から完了後のBEMS分析・運用改善提案まで、BGEとの共働は継続しています。
この経験から久留米市のZEB化事業では、実施設計の段階からZEBプランナーに参加を求め、要求性能を確実に盛り込む『コミッショニング業務』を取り入れることにしました。
「ZEB化改修は新築ZEBと違い、図面がなかったり変更があったり、昔の器具との違いや現代の法規制などいろいろな要素があって、気配りが必要。プロのプランナーさんに入ってもらわないと難しいです、計算もね」
赤坂さんの言葉はリアルであるとともに、ZEBプランナーの人選自体が計画全体に関わってくる重みを感じさせました。「久留米市は毎回厳正なプロポーザルを行なっています」とも。現場からの貴重なアドバイスといえるでしょう。
ZEBを周知し、建物は百年使う。その先にあるもの
ZEBの道は工事完了後も続きます。
日常の運用から全体を俯瞰した改善まで、継続的なエネルギー管理は末長くZEB建築を使っていくための必須事項にほかなりません。
久留米市では現在、以下の三者で管理を行っています。
①建物自体を管理する施設管理担当課による日常的な設備運用
②ZEBプランナーによるBEMSデータの評価分析と運用改善提案
③ZEBチームによる運用改善の検討と設備担当への助言
ZEBチームでは将来的には日常管理を一般職員に任せるべく、マニュアル作りや各部課内での“エコ推進員“設置を進めていますが、境さんは「職員は2~3年で異動するのでなかなか浸透は難しく、今後の課題ですね」
その上で「ZEBチームにも新しい人がどんどん入り、知識や情報を共有してまた異動先で広めています」と明るい展望も語りました。
実力あるチームゆえの悩みもあります。
赤坂さんは苦笑しながら「他の部署からは『ZEBって簡単にできるんでしょ?」と思われています。ZEBチームに任せておけばいい、とね」と話します。
「本来は施設を持つ部署が建物管理運営の財源を探すはずが、実際には“ZEBをやらされている”といった言い方をされることもあります。なぜこれをやっているのか、もっと庁内に周知していかなければなりませんね」
ZEBの周知を高め、運用をいかに一般化するか。これは久留米市に限らず、私たちの国全体に言えることでしょう。
とはいえ、その輝かしい実績が鈍ることはありません。
環境部庁舎は2021年度省エネ大賞資源エネルギー庁長官賞、令和3年度エコプロアワードでは自治体初の国土交通大臣賞を受賞。ZEBチームには現在も全国からの視察や問い合わせ、各地に招かれての講演依頼が絶えないといいます。
さらに市では新たなZEB化改修が進行中。多忙はまだまだ続きそうです。
CO2削減という大前提の下、財政面に考慮しながら既存建築を生かし、災害時対応も頭に入れつつ環境性能を上げて建物の長寿命化を図る。
自治体による公共建築物のZEB化改修とは、どれも一筋縄ではいかない数々の要素をはらみながら、SDGsの理念にかなうものとして今後さらに増えてしかるべきでしょう。
「この庁舎は百年使おうって、みんなで話しているんですよ」
今年で築53年を迎える合川庁舎の管理運用を背負う古賀さんの言葉が、心に沁みていきました。
- 取材日
- 2022年7月19・20日
- 取材・文
- 二階さちえ
- 撮影
- 小田切 淳
- イラスト
- 中川展代