事例紹介/リフォーム

車いすの暮らしを暖かく快適に

窓から快適、リフォームレポート -長野県 S邸-

Profile Data
立地 長野県安曇野市
住宅形態 木造軸組2階建1階部分の一部
リフォーム工期 2013年秋~2014年4月(母屋の一部改修含む)
窓リフォームに使用した主なガラス Low-Eガラス
利用した補助金等 信州型住宅リフォーム助成金


北アルプスの東に広がる標高500~700mの扇状地・安曇野は、雄大な山々・生産量日本一のわさび田の風景や湧水群・温泉など信州の魅力に出合える美しい土地。
夏は涼しく過ごしやすい反面、冬の気温はマイナス15℃を記録することもある厳寒の地です。

Sさんご一家の住まいは築約20年、和風の庭に囲まれた瓦屋根の家。小学生の頃から車いすを使って生活するご子息が高校生になり、個室をつくることにしました。計画の始まりは2013年。床の間付きの和室を増改築するエコリフォームです。


療養する子どもの成長に合わせ、車いすで暮らしやすくリフォーム

道路側から見るS邸。手前の平屋部分が増改築された。瓦屋根は奥の2階建の母屋からつながっている
改修後の室内の全景。手前の寝室が既存の和室、奥の玄関や浴室が増築部分にあたる。左手に浴室の入口がくるようベッドを配置し、ストレッチャーに乗り換えた後スムーズに出入りできるようにした。トイレは正面にある壁の奥、浴室の向かいにある
車いすでも楽に回転できるトイレはヒノキ板張り。大きめの曇りガラス窓を高い位置につけ、プライバシーを守りながら採光と換気を行う。突き出しタイプの窓の開閉は操作ヒモで

工事の対象となった和室はS邸の西側で、道路に面しています。ここを寝室に改修し、さらに浴室やトイレを増築することで介助も含めた暮らしやすい空間がつくられました。

設計と施工を担当した岡江正さんは、自身も父親を介護した経験を持ち、高齢者や障害のある人が住まいから受けるハンディキャップを軽減する取り組み<ハウスアダプテーション>にも造詣が深い、地元安曇野の設計者。一貫して住まい手に寄り添い、計画・設計を進めました。
「岡江さんに出会えて本当によかったです」Sさんの言葉です。

まず重きが置かれたのは、車いすやストレッチャーの動線でした。
外部ー室内間の移動用に、玄関を新たに設置。3枚引きの引戸で広い間口を作り、車いすを通りやすくしています。三和土に電動リフターを置くことで、腕力で車いすを室内に持ち上げる動作をなくしました。

寝室では、右利きの介助者が動きやすいよう左側を空けてベッドを置き、浴室までの距離も近くなっています。
トイレの面積は約1.8m×約2.7mあり、車いすが楽に回転できる広さ。洗面台も介助者の立ち位置が考慮されています。

設備の位置や向き、介助者の位置、どうやって本人が座るのかといったことまで「ひとつひとつ詰めました。モノの大きさに合わせるのではなく、場所を考慮してモノの大きさも位置も考えたのです」岡江さんが振り返ります。
さらに「リハビリの先生にも動線を見てもらって、便座の位置や向きなどのアドバイスをいただきました」とSさんが付けくわえました。

本人や家族、設計者はもちろん、医療関係者も加わっての空間づくりは、介助する側もされる側も負担が少ない快適な生活に直結します。在宅での介助・介護を考える際に欠かせない要素のひとつではないでしょうか。


浴室は広さが必要。だから寒さを遮断する窓を

タイル張りの広い浴室はLow-Eガラスの窓と乾燥機を兼ねた暖房機に守られ、寒さを感じない入浴が可能。ストレッチャー用の医療浴槽は人が中に入ったときの重量を支える強度を持たないため、家族みんなで浴槽を使うために今回の特注が必要になった。縦に長い総ヒノキの浴槽はストレッチャーをそのまま浮かべることができる
浴室側から見た寝室。木目調の床材は水濡れに強く傷がつきにくい素材を選び、白い壁はホタテ貝を原料とする殺菌・消臭効果もある塗料で仕上げた。引戸の向こうは母屋につながっている
幅2m以上ある南向きの掃き出し窓は、冷たい外気をLow-Eガラスでシャットアウトし、暖かい日差しだけを取り込む。春や秋などの中間期もあまり窓は開けないという。「それでも息苦しい感じがしないんですよ」
玄関ではリフターで車いすを室内に持ち上げる。複層ガラスの入った玄関引戸から射し込む日差しが土間に当たって暖かくなるため、晴れた冬の日中は寝室との境にある引戸は開け放したままにし、自然の力で暖房する

建物の断熱力アップは、介助空間づくりとともにS邸リフォームのカナメの部分です。

住まい手の当初の希望は<ご子息が楽に入れるお風呂と、それに付随する水まわりをつくる>でしたが、設計者と話す中で、窓から壁材まですべてを取り替える規模の大きなエコリフォームへと計画を変更しました。
寒さの解消の徹底が必須項目になったからです。最大の理由は<浴室の大きさ>でした。

新たに置かれる浴槽は、長さ2mを超える総ヒノキの大きなお風呂です。ストレッチャーのまま入れる寸法であると同時に、普通のお風呂として家族が浸かれる強度を兼ね備えた特注品で、近寄るだけでヒノキの良い香りがしました。
Sさんいわく「せっかく新しく作るのに息子ひとりが使うのはもったいない。家族みんなが入れるようにしよう、と夫が言い出して、おけ屋さんに作ってもらいました」うなずける話です。

この浴槽のほかにストレッチャー、洗面台、シャワーまわりまで納めると「浴室の面積が結局6畳くらいになっちゃうんですね」と岡江さん。
広い空間で裸になる以上、なによりもまず暖かくしなければ。しかも外気温がマイナス15℃にもなる土地柄では、室内全体に高いレベルの断熱性能が求められるのは必然でした。

工事では、和室部分を柱や筋交いなどの骨組みだけにし、その周辺に浴室やトイレにあたる増築部分を基礎から付け足しました。その後、断熱・防火性能の高い壁材を外側からかぶせる<外張り断熱>を施し、玄関引戸を除くすべての開口部をLow-Eガラス入りのものに交換しています。
この方法の採用で、長野県の省エネリフォーム助成を受けることもできました。すべての工事が終わったのは2014年春です。

完成後、初めての冬を過ごしているSさんに体感をうかがうと「やっぱりあたたかいですね。そして夏は涼しい。もう、全然違いますね母屋とは。私はうんと寒がりなんですが、この冬はいいかもしれない」

床暖房はなく、エアコンとホットカーペット、さらに浴室用の乾燥・暖房機を使っていますが「エアコンの設定温度はずっと20℃。日差しがあるときは途中で切っちゃいます」
取材当日の安曇野の最低気温は−5.7℃でしたが、室温計は午前中でも20.8℃を示していました。入浴時の寒さの心配がないのはもちろん、普通に室内で過ごすにも快適なのはいうまでもありません。
さらに玄関部分は「日があるときはここが暖房のひとつになって、すごくあったかいんです」とSさん。
「ダイレクトゲイン*で土間が暖まるんですね。お天道様の光をうまく使って暖房する、ということ」岡江さんがにっこりしました。

春から秋にかけても、室内は快適に保たれています。
短いながらもときに気温35℃を記録することがある夏は「エアコンの設定温度は26〜28℃で、しかも使うのは本当に暑いときだけ。夜はもちろん切っています。でも窓はあまり開けませんね。母屋の方はエアコンもなくて、常に窓を全開しているのと全然違います」とSさん。
近所に住んでいる祖父の体調が悪かったときは、ここに連れてきていたんですよ、とも。

一年を通じ、断熱力で家族の健康に貢献している部屋の情景が目に浮かびました。


半物置? だった客間が家族みんなの居る場所に

ご主人自慢の庭の眺めは、改修前と変わることなく、窓を通してベッドの上から楽しめる
アルミ製でありながら、格子のデザインが日本家屋の雰囲気にうまくとけ込んでいる玄関引戸
北アルプスの山並みに広々とした田畑の風景、温泉にも恵まれた厳寒の地・安曇野を雪が包む。そこに暮らす人々の健康を支えるのは暖かな家

S邸の庭は株立ちのヤマボウシやシャラ、シャクナゲなどさまざまな樹木のほか、小さな石灯籠やつくばいなどもある、丹精された和風庭園です。リフォーム前の和室はこの庭に向いて広縁があり、窓辺には雪見障子がありと、床の間とともにご主人自慢の座敷だったとのこと。

ご子息の部屋となった今も、和を基調とするその風景は変わりません。母屋から続く瓦屋根は改修後もそのまま残し、新たにつけた玄関引戸も格子デザインを選びました。「和風の母屋と兼ね合うことができて、よかったです」
室内も、インテリアこそ男子高校生らしい様相になったものの、掃き出し窓を通して見える庭の眺めは健在です。「子どもがベッドに座っていてもこれだけ庭が見えるのはありがたいですね」
幅2mを超える窓からたっぷり射し込む冬の低い日差しも、部屋の暖かさに一役買っています。

さらには、客間を兼ねていた和室から家族が集まる場へと変わったことも、今回のリフォームの見逃せない一面ではないでしょうか。

大きなヒノキ風呂での入浴はもちろん、冬暖かく夏涼しい部屋は誰にも快適で「おじいちゃんも時々ここにやってきて『あったかいなあ』『涼しいなあ」と言っています」とSさんは笑います。
孫の体を気遣い、真っ先に増改築に賛成して費用も負担した方にとっても、つい足を運びたくなるできばえのようです。

そしてこの改修を誰より喜んでいるのは、やはり部屋の主となったご子息でしょう。
工事が終わってからも「お母さん、この部屋きれいにしていないと社長さん(岡江さん)が来たときに悲しむよ!」と言いながら、一緒になってこの空間を作り上げた設計者の来訪を楽しみにしているとのこと。エコリフォームは部屋だけでなく、新たな人の関わりをも生み出して、暖めているようです。

取材が終わって玄関を出ると、浴室の外壁につけられたパイプの差し込み口に目が留まりました。「北アルプスの登山口にある中房温泉のお湯を温泉スタンドで買ってきて、ここからそのまま浴槽に張れるんですよ」と岡江さん。
信州の自然の恵みと設計者の思いがやさしく重なったディテールに、胸が熱くなりました。


岡江組・岡江建築設計研究所+CIRCLE


取材日:2015年2月11日
取材・文:二階幸恵
撮影:中谷正人

*ダイレクトゲイン:窓から入る日射が床や壁に直接当たり、その熱が蓄えられること。太陽エネルギ−をそのまま使って室内を暖房できるため、パッシブな省エネシステムのひとつとして建物の設計に取り入れられることもある

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