東京都・S邸
縦に伸びる大きな窓が、すらりとしたファサードを印象づけています。東京都心、ひとつの大きな敷地を6区画に分けた一番奥にあるS邸は、四方を隣家に囲まれながらも、たくさんの窓と明るさを獲得した家でした。
ふたりのお子さんとともに隣町でマンション住まいをしていたSさんご夫妻は、この地を新たな“故郷”と定め、家づくりに取り組みました。「子どもが育って手狭になったのと自分の年齢的なタイミング、そしていずれは二世帯で住む可能性も考えて、戸建をつくりたいと思いました」とSさん。
ご夫妻は施主と建築家のマッチングをコーディネートする(株)ザ・ハウスを活用し「世代もほぼ同じで、一緒に家をつくっていける方だと感じた」充総合計画の杉浦 充さんと出会います。
2015年、20坪の敷地での共同作業が始まりました。
住まい手が望んだのは3階建というボリューム、明るさ、快適に暮らすための耐震や断熱性能、そして空間的なアイディアです。
「建物の躯体や構造、コスト管理は建築家におまかせしました。そのかわりに内装や色はこだわりましたね」
一見、オーソドックスで自然な希望に思えます。
しかし杉浦さんは「密集地に建つ3階建として、いかに光と風を得るか。プライバシー保持も含めて、開口部の位置や動線の抜けに工夫を凝らしました」
都市部のいわゆる“狭小住宅”の設計も多く手がけてきたプロの言葉に、このロケーションにあっては決して容易な願いでなかったことがわかります。
最も開けているのは西面、続いてファサードとなる接道側の東ですが、そこも半分はお隣の建物と重なっています。そして北と南はほぼ全面、隣家と壁を接する状態。
中庭を取る敷地面積もない中、開口部の配置と大きさは室内環境を決定づけるカナメのひとつとして位置づけられました。
そして多くの窓に、エコガラスが採用されたのです。
窓がつくる豊かな空間を体験すべく、まずはメインスペースである2階リビングダイニングに向かいました。
1階玄関から階段を上がり、最初に目に入るのは横幅約2.5mの大開口です。あまり見かけることのない正方形の障子を持った大窓にはファブリック素材のブラインドがつき、柔らかな外光が白いダイニングキッチンに十分な明るさを与えています。
窓の隣にはルーフバルコニー。階段の真向かいに位置するこのバルコニーは、外部に面した西を除く三方が室内につながるテラス窓になっています。
実はこの開口は、小ぶりながらもリビングとダイニング双方の採光と風通しに大きな役割を果たしているのです。
さらに、バルコニー越しにリビングからダイニング、ダイニングからはリビングを見通すことができ、ひとつの空間のように感じられる効果も。
ガラスならではの“視線の抜け”をたくみに使ったこのアイディアに、Sさんは「リビングのソファがうちのベストポジションでしょうね」とにっこりしました。
階段を上った3階は子ども室と多目的スペース。東西南北すべてに開口部があり、ここも明るい空間です。
西面には約3畳のルーフバルコニーがつけられました。部屋にしなかったことで、南からの日差しが昼から2階まで届くようになったといいます。
「居室として壁ができると、2階に日射が入るのは午後からになります」と杉浦さん。
加えて奥様が「ここから2階を見下ろして、ダイニングの窓越しに子どもたちと手を振り合えるんですよ」
中庭がなければ通常は難しい“縦の立体的なコミュニケーション”が、S邸ではふたつのバルコニーを通して実現されていました。
家づくりの際には空間をできるだけ有効に使い、収納も増やしたいのが多くの人の思いでしょう。Sさんご夫妻も、当初は3階バルコニースペースを納戸にしたいと考えていたそうです。
しかし、あえて外部空間を残すことで獲得できるものもあるはず。そんな気づきを与えてくれるエピソードでした。
窓は、デザインの要素としても活躍しています。
S邸のファサードを見る人は、2・3階の窓を「一枚のガラスでは?」 と思うかもしれません。それぞれの階の書斎・パソコンスペースは耐熱強化ガラスの入った窓が切られ、同一の木の板材を外側に張ることで、上下に連続する感覚がつくり出されています。
「ここに灯りが入っている様子がとても好き」と奥様。建物の“顔”の演出にも、窓は一役買っているようです。
装飾性を強く感じさせる窓も。2階リビングの高窓がそれです。
モノクロームのシェードがついたふたつの窓は、南向きにもかかわらず隣家の壁が迫るため「あまり開けないですね」。もうひと窓は真西に向いていてこちらもそうは開けず、換気などは主にルーフバルコニーのテラス窓でしているそうです。
むしろ「シェードを使うと窓がディスプレイのようになるんです。ここが壁なら、そんな遊びもできないですよね」とSさん。
頻繁な開け閉めはできずとも貴重な南開口を大事にしたい…設計者の思いに住まい手がセンスでこたえたコラボレーションといえそうです。
見る人をポジティブな心持ちへと誘う、そんな窓もありました。
ダイニングの大開口を、Sさんは建設が始まるまでテラス窓だと思っていたそうです。「建ち上がってきたら腰窓で、正直驚きました」
でも、とSさんは続けて「腰窓だと、自然に視線が上を向くんですよ」
3階中央部の縦長窓も住まい手のお気に入りです。
「階段を上がってきたところで視線が抜け、外を見通せるのがすごくいい。形も大きさもバランスもいいんですよ。もしここが壁だったりあかり取りの小さな窓だったら、全然違う」
この開口は敷地境界線上に位置しており「ここには何も建ちません」と杉浦さん。都心の住宅密集地にあって、目隠しがなく足下まで伸びる高さ2mの透明なガラス窓から、外部の視線を心配せずに周囲を見通せる… 思わず、技あり! と言いたくなる窓です。
光や風以外に、窓は外部の冷気や熱気、日射の入口でもあります。室内の温熱環境はどうなっているのでしょうか。
西面に大きな開口を持つS邸では、やはり西日が気になります。
3階ルーフバルコニーに面したテラス窓には、遮熱力の高いエコガラスを採用しました。
「上階はやはり暑くなりがちですが、それでも引くのはレースのカーテンだけ。エアコンがあれば大丈夫です」とSさん。
同じく西を向くダイニングの窓は昼から夕方まで日射を受けますが、遮熱エコガラス+厚みのあるブラインドで西日への配慮がなされ、こちらも一日を通じて暑さの体感はないそうです。
他の西面開口はリビングのコーナー・1階主寝室・和室ですが、どれもエコガラスを採用し、さらに室内への直射日光を防ぐことで西日の影響を最小限に抑えました。
南側は隣家の壁が迫っています。そのため、3階を除けば窓からの日射取得自体があまりなく、間接光に近い柔らかな外光がシェードやブラインド越しに入る状態。
ファサードとなる東面でも、階段室や水まわり部分に切られた窓は小さめです。「キッチン東側の窓は隣の壁があるので、ブラインドもつけていません」と奥様は言い、不快な日射や外部の熱気が余り入り込んでいない様子がうかがえました。
では、2階と3階の書斎スペースでほぼ真東を向く大きな開口はどうでしょう。この窓はエコガラスではなく、金属網の入っていない耐熱強化ガラスが使われています。夏の朝日はキツいのでは…?
しかし設計者の杉浦さんは「少し倒れているから、大丈夫だと思います」
???
S邸ファサードの主役たるこの部分の壁は、わずか数度の角度ですが前面に倒れています。このことで遮蔽物のない朝の日差しをまともに受けずに済み、縦型ブラインドの効果とともに室内への熱気流入を防いでいるのです。
「主目的はデザイン」と杉浦さんは笑いますが、エコガラスや庇で遮蔽しきれない低い高度からの直射日光を、ブラインドやカーテン以外で遮るひとつの方法として、覚えておきたいと思いました。
窓以外の要素では、建物の躯体を覆う断熱材の厚みは天井150mm超、壁は発泡ウレタン採用で100mm超。空調は4台のエアコンを各階に配置して「おまかせ運転でつけっぱなし」が基本といいます。
にもかかわらず「以前住んでいた3LDKマンションよりエアコンの台数や稼働時間が長いのに、電気料金は変わらないんですよ」とSさんはにっこりしました。
エアコンの性能向上が日進月歩なのはいうまでもありません。しかし以前より大きな気積を持つ新しい住まいを、コストを上げることなく快適に保っているS邸の姿に、建物自体の断熱力の役割をも感じずにはいられません。
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建築面積12坪、延床面積32坪のS邸は、“広々とした”家では決してないでしょう。しかしさまざまな居場所がちりばめられ、飽きることがないといいます。
「3Dなんですね。今でもいろんなところに目が留まり、天井のこんなところが斜めに切ってあるんだ、とか発見したり」楽しげな言葉に、住まい手の暮らしと共に進化していくこの家の未来が見えた気がしました。
それを見透かしたように杉浦さんが一言「竣工まで設計している感じでしたよ」。吹き出した一同の笑顔に、大きな窓のあるダイニングがまた少し、明るさを増したようでした。