開口部にこだわった新築レポート -宮城県 E邸-
名残り雪がやんだ春の一日、震災から約2年が過ぎた東北の地を訪ねました。
Eさんご一家のお住まいは、地下鉄沿線に古くからある住宅地の一角。転勤が多くマンション中心だった暮らしから、医師であるEさんの独立開業と3人のお子さんの成長を見据え、仙台に根を下ろすことを決めての家づくりでした。
土地探しの段階から、コンサルティング会社のサポートが大きな力になったといいます。その裏にはご夫妻の<苦い経験>がありました。
「先に開業用のクリニックを建てたのですが、土地の関係で某有名ハウスメーカーの手で建てることになりました。そうしたら、予算によってパッケージされたプランが出てきて<この中から選んでください>と言われ、全然イメージ通りのものができなかったんです」
竣工後に不具合や使い勝手の悪さが出てきても、相談できるのはカスタマーセンターで、実際に現場に関わった人の顔は最後まで見えずじまい。
この経験から「家を建てる時には、ちゃんとしたコーディネーターの人に入ってもらい、土地から相談に乗ってもらう方がいいね、と話し合っていました」
ネクスト・アイズ(株)による土地探しとマッチングシステムを利用して家づくりを進める中、ひとつの出会いが訪れます。
「マッチングでお会いする建築家の先生にイメージを伝えるためにインターネットの画像や写真を探していて、栗原守先生のHPを見つけました。建具は引戸がいいとか、子ども部屋は小さくていいとか、風通しのこととか、共感できるところがすごく多かった。ここで妥協しちゃだめだ! という感じで、お願いしてしまいました」
東京に設計事務所を構える栗原さんは、仙台からの思いがけない依頼に「ちょっと遠いイメージもあり、少し考えたのですが、お会いするだけでもと思って。いただいた資料でイメージしたプランニングを作りました。面談の前には敷地の状況を見て微調整もしましたね」と笑います。
栗原さんが作成したファーストプランを見たEさんの第一声は「全部できてる!」
それまでに見てきた設計者のプランでは「これを立てるとこれが立たないとか、必ずどこかに<うーん>という部分があったのに、それがすべて解決されていたんですよ。すごい! どうして他の先生はできなかったんだろう、って(笑)」
こうして、遠距離をものともせずに話はトントン拍子に進み、間に震災をはさみながらも、風通しがよく木の香りにあふれる「都市型コートハウス」が出来上がりました。
具体的な住まいのイメージと<同じ失敗はするまい>という強い意思とを持ち続けたご夫妻の見事な勝利といえるでしょう。
E邸は自然素材の多用、建物の壁や屋根は内と外両面から断熱、開口部も熟慮、と、室内環境を素材・温熱・通風の各面から考えて設計された家です。採用された技術をそれぞれ見ていってみましょう。
住まい手がまず第一に挙げた希望は「風通しの良い家」。栗原さんは<小窓>と<引戸>と<欄間>とで、それに応えました。
「家全体に小窓を多く配置しました。リビング等の大きな窓は引き違いですが、風を入れる小窓はすべて縦滑り出し窓にしています。開けたときに好きな場所で止められるので、風のキャッチもしやすいですね」
あちこちの小窓から流れ込む風は、室内でも止まることはありません。建具まわりは「全部引戸や欄間なので、開けておけば家じゅうに風が通り抜けるんです」
地熱を利用した床下換気も活躍しています。「1階の室内と床下の空気を循環させて同じ温度にする換気口を3箇所に設けました。パッシブな地中熱利用のひとつですね」
さらに、土地の気候風土に合わせた窓開けも住まい手によってなされていました。
「山と海があるので、夏の仙台では夕方ちょっと涼しい風が吹くんです。それに合わせて開けることもありますね(奥様)」これもパッシブな住みこなしといえるでしょう。
一方、窓を閉め切る夏の昼間と冬場は、E邸の断熱力が発揮される場です。
夏の日射熱や外気の熱は、大きく張り出した軒とエコガラスの窓、厚い断熱材がシャットアウト。各室にエアコンが設置されていますが「夏の日中はどこか1部屋かけるくらいで大丈夫。子どもたちが帰ってくると暑くなるのでもっとつけますが(笑)」
冬はさすがに寒さが厳しく、朝のリビングの室温は9℃くらいになる日もあるそうです。それでも「床暖房をつければあっというまに23℃くらいになりますよ」
驚いたのは、真冬を含む一年を通して、家では裸足で過ごしておられることでした。Eさんいわく「私は職業柄で(笑)靴下をはいていますが、他の家族はいつも裸足です。冷えることはないし、床が無垢の素材で足ざわりがいいという面もあるのでは」
Eさんは続けます。「エアコンが1台ついているだけで、家じゅうどこへ行っても暖かいですね。閉め切っていても風が動いている感じがするし、空気に圧迫感がなく、さらりとしているんです」
加えて「観葉植物がすごく元気になりました」と奥様。「それはよく聞くんですよ。やはり自然素材の力じゃないかな」答えた栗原さんの視線の先には、前の家にあった頃と比べて10cm以上伸びたという緑が、窓から差し込む日の光に輝いていました。
ご夫妻と大学生の長女、中学生の双子の男の子ふたりと、にぎやかなご一家が家づくりのポイントに据えたのは、風通しのほかにもうひとつありました。<動線>です。
「マンションの間取りでは、なにかと家族の動きが重なってとにかく大変だった」経験から、とくに動線について考えるようになったといいます。
リビングを中心に和室とDKが並ぶ1階は、南向きの2つの掃き出し窓に沿って主動線があります。帰宅した子どもたちが「こことリビングを抜けてから2階の子ども部屋に行くように」との両親の思いが託されているとともに、DK側から和室や水廻りに移動する際にリビングの中央を突っ切らずに済むようになっています。
「以前は妻が洗濯物を干したりするのにも、いちいち子どもに声をかけて通らなければならなくて」とEさんが振り返ったかつての苦労も、洗面・脱衣・洗濯室に物干用テラスをつけて完全に独立した動線を作ることで、解消されました。
プランから見るメインスペースはふたつ。
そのひとつである、1階中央に配置されたリビングは「床暖房を使う時は昼寝用の布団も置いたりして、みんなでゴロゴロしている。いつも誰かがいる」暖かみのあるスペースです。
中庭に面した大きな掃き出し窓にはカーテンがなく、板塀とスクリーンによって前面道路からの視線を自然にカット。プライバシーを守りながら庭を眺める楽しさが実現されています。「塀の高さは、実際に奥様に立っていただいて現場で決めました」と栗原さん。
もうひとつの大切な空間は、ダイニングとそこに付随するファミリースペースです。
E邸のダイニングは家族みんなが顔を合わせる食事空間であるとともに、テレビの他にパソコンやファクシミリ、プリンターなどがそろうデジタル空間。
「料理しながら材料の分量がわからなくなると、勉強している子どもにキッチンから声をかけます。インターネットですぐ調べてくれますよ」と奥様はにっこり。以前の家にはなかった、新しいコミュニケーションが生まれているのです。
そしてファミリースペースはE邸の<勉強スペース>。双子の息子さんは、ひとりはダイニングテーブル、もうひとりはこのスペースで勉強することになっており「最近は朝早く起きてやっているようです」。
東南に位置し、つくりつけの机の正面に窓があるこの場所は「家じゅうで一番いいスペース。朝日が入ってくるとすごくきれいで、朝に勉強するのも気持ちがいいからなんでしょうね」
少し囲われ感がありながら、リビングからもキッチンからも気配が伝わる。「家族のいる空気の中で勉強するのがいいと思うから」というご夫妻のたっての希望で設計された<特別な空間>らしい、絶妙な距離感がそこにありました。
ソファーでくつろぐのは、震災と同時期に生まれ、ご一家が里親となって以来、家族の一員としてこの家を守る愛猫<花菜>。中庭を作ったのも、もともとは彼女が遊べるスペースがあったら、という思いからだったそうです。
すべては家族のために。爽やかな空気に満ちた家は、住宅としてごくあたりまえのことを、改めて思い出させてくれるようでした。