たけはら・よしじ(無有建築工房代表・大阪市立大学大学院教授)
1948年徳島県生まれ。石井修/美建・設計事務所勤務を経て1978年無有建築工房設立。2000年より大阪市立大学大学院生活科学研究科教授。『鴻ノ巣の家』で1996年村野藤吾賞、『土と陶の工房美乃里』で2000年日本建築士会連合会優秀賞、『松茂町第二体育館』で2007年日本建築学会作品選奨、2009年『豊崎長屋』で日本建築美術工芸協会芦原義信賞、2010年日本建築学会教育賞など受賞多数。最近では『大川の家』で2012年日本建築学会作品選奨。関西を代表する建築家のひとり。
なかたに・まさと (建築ジャーナリスト 千葉大学客員教授)
1948年生まれ。「新建築」編集長を経てフリーの建築ジャーナリスト
窓と言われて最初に思い出すのは、織田有楽がつくった如庵*1ですね。
窓は外の世界と内の世界との境界で、そこに「孔をえぐる」とはどういうことか、時代によって変わってきます。
僕が話しやすいのは、安土桃山時代の終わり頃に日本でつくられた茶室の窓。千利休は待庵*2で点在する窓をつくり、その弟子の古田織部は光を多くして沢山の窓をつくる。さらにその弟子の小堀遠州は孤篷庵忘筌*3で外をずらして見切るような、どこが開口部でどこが窓かわからないものをつくりました。
室町時代ですからガラスはなく、仕切るのは障子の紙一枚。でも戦乱の時代でちょっと防御が必要だから、竹の格子がついています。
その格子が、それぞれのつくり手の特徴によって変わってきている。窓というのは人間性を象徴しているんだろうな、と思ったんですね。
なかでも如庵の「有楽(うらく)窓」はすごくいい。世界最強の窓やな、と(笑)
有楽は織田信長の弟ですから、本来なら武将として天下を取るようなことにもなるはずなのに、茶人として、兄の臣下だった秀吉や家康に仕えることで生き延びた人です。
そうやって置かれた立場からの「内なる精神」みたいなものが窓に表されているんじゃないかと思うんです。
有楽窓から季節や方位を感じながらも、外界からは隔離されて外に出ることはできない。けれど、竹と竹の間のものすごく細いスリットから漏れてくる光で外の世界を窺うことで自分には見えている、実はすべてを知っているんだよ…
そんな精神を表現するようなこの窓はすごいなあ、と思ったわけね。
最近、豊中市の保育園を手がけました。これは公立保育所だったものを、土地は20年の貸借、建物は買い取り、園児と保育士はそのまま引き継ぐという形で個人に渡したもので、リノベーション建築です。
建物はすでに50年ほど経っていて、過去に改修もしていますが、「なにこれ?」と言いたくなるほどとんでもない(笑)、子どものための保育園とはいえないものだったんですよ。
床はプラスチックタイル張りでトイレは臭うし、園をきれいにしようという意識も持てない。保育室は高い腰高窓で子どもたちは外が見えないし、風も抜けません。親はしかたなく子どもを預け、まして働いている人にしたら何の夢もない、楽しくない建物でした。
こんな最悪の状態をなんとか変えなあかん、と考えた園長が手を挙げ、補助金をもらってリノベーションで一掃してしまおうとしたのです。
そのときに一番大事だったのが、窓。
既存の窓にあった腰壁を取り壊して、子どもたちがのぞいたり、座ったり、出入りしたり、ときは落ちたりもする、遊びとしての窓を考えていきました。
「遊ぶ装置の窓」に対して、子どもはいろんなことを自分で仕掛けるんですね。それを見ていると、有楽らが考え出してきた「自分を表現するものとしての窓」とは、子どもにとってはたぶん、すごく楽しいものなんじゃないかな、と思えてきて。
保育室のような「子どものための部屋」の窓は、外に行きたいと思っても基本的には出て行けないようにしているんですよ。近寄れないようにしたり、のぞけないように遮蔽したりします。
そこに孔をあけ、向こうがパッと見えるようなちょっと違った作り方をすると、子どもはそれがすぐわかって行為を起こしていく。意図的に「とどめないように」した途端に、またいだり乗り上げたり、思わぬ遊び方を発見していきます。
魅力的な窓とは、と聞かれたら、子どもであればその心を誘発するようにつくられた窓、というのもあるでしょうね。
ただ腰高の窓があるだけでは、そういう行為は生まれてこない。それを意図してつくっていこうやないか、という気持ちです。
子どもの窓については、「打ち破れるような窓をつくらんといかん」とも、ずっと思っているんですよ。
光を入れる窓や風を抜いていく窓など、窓にはそれぞれ役割があります。
それに加えて、遊んだり、遠くを見て「誰かがこちらに来ているなあ」とわかるとか、外の世界を感じ取っていく、そういうものを考えていかなければならないのではないか、と。
子どもには「外の世界に行ったらあかんよ」という薄い境界線のバリアーが引かれています。彼らはいつもそれを打ち破ろうとしているんですね。
窓についても通常はアルミサッシとかガラスが入っていて、出て行けなさそうに思う。それを「なんだか行けそう」に感じさせる、枠を超えていけるよう子どもを誘発できる、そういう窓を最近はたくさんつくっています。
境界を突き切りやすいというか、境界線自体を曖昧にしたりするためには、もともとあった壁というものの厚みが重要です。
フレーミングと壁の厚みの中に実は生まれてくる、それが窓やと思っています。壁の厚みの中に一個の開口部を開けることで、外の世界と内の世界との奥行きがグーッと広がっていきます。窓は、本当は「奥行き」がすごくあった方がいい。
初めて隣の子と窓で話をして仲良くなったりね。それを外側から誰かが見てるとか、なんだかすごい光景があったりします。意図的に厚みをつくり、そこに子どもが入ってくることで、窓から違うものへと変わりつつあるんですね。
対照的に、如庵の壁は足で蹴ったら壊れるくらいの薄さです。だけどその中にある窓に、すごく存在感がある。
有楽も、本当は竹の格子などない方がよかった。外に出て行きたかったわけですから。
社会からは「隔離されてしまった人」と思われつつ、内から実はちゃんと見ている。このペラペラの窓に、そんな境界のラインが切ってあるのはすごいなあと思います。
保育園をつくっているとき、とくに如庵のことを思っているわけではないんですよ。でも、やっているとこうなってしまう。体の中、頭の中で、如庵で見たことが生きているんだと思います。
やっぱり、僕にとっては世界最強の窓やなあ(笑)