事例紹介/リフォーム

環境性能とデザインを両立
父と暮らす平屋建てコートハウス

東京都・TY邸

Profile Data
立地東京都国立市
住宅形態木造軸組平屋建
住まい手夫婦+父
建築面積134.59㎡
延床面積126.18㎡(小屋裏除く)

今月の家を手がけた建築家:
杉浦 充 充総合計画一級建築士事務所 
http://www.jyuarchitect.com/

高齢の父と、体にやさしい家で暮らしたい

住宅街を走る道路の奥、いわゆる“旗竿敷地”にYT邸は建っています。「ちょっと隠れ家みたいでしょ」とTさん。
奥様が生まれ育った木造住宅を解体し、お義父様と3人で暮らすために新築しました。2019年5月に新たな生活を始めています。

当初描いていた家づくりのポイントをうかがうと「バリアフリー、古民家風、そして室内の温度差をなくしたい」明快な答えが返ってきました。
「一年を通じてよく風が通る土地ですが、とくに冬は寒くて都心より3℃くらい気温が低いんです。昔の家はお風呂やトイレがとても寒かった」とは、高齢の父を気遣う奥様の言葉です。

低い屋根と深い庇をいただく平屋建ては、Tさんが望んだ伝統的日本家屋のイメージにこたえる落ち着いた佇まい。(株)ザ・ハウスのマッチングシステムで巡り会った、充総合計画の杉浦 充さんが設計を担当しました。

ヒノキ材の玄関引き戸を開け、お邪魔してみましょう。

環境性能とデザインを両立 父と暮らす平屋建てコートハウス-詳細写真02

中庭から見るコの字型のTY邸。南に面した中央のデッキテラス奥にリビングダイニング、その両翼に家族の個室を配置している。外壁には凹凸のある塗り材を採用し表情を出した

中央にリビング、周囲に個室を配した平屋の住まい

建物の平面はコの字型。一翼の端がエントランスで、その先に広い玄関土間とパソコンなどが置かれた趣味室が配置されています。
釣りや登山などアウトドアを楽しむTさんが、釣った魚を台所に持ち込まずにさばける半屋外のような開放性を持ちながら、室内空調はしっかり効いている快適な空間です。

靴を脱ぎ、土間から上がって廊下を進むと天井が高くなり、ナラ材フローリングのリビングダイニングが広がりました。コの字の中央に位置し、中庭に向かって開くふたつの開口と反対側の高窓から採光する明るいスペースです。
三角屋根に沿って並ぶ垂木に「山小屋みたいだね、と言う人もいるんですよ」と奥様が笑いました。

外観からは想像できない大きさを感じる空間です。もっとも高い天井部分は約4.5mあり、山小屋という感想にもうなずいてしまいそう。
杉浦さんは「建物を支えているものを見せたいですね」と、一般的な住宅では壁や天井に隠れてしまう構造材を、木材の質感とともにあらわしにしました。

長く延びる2本の梁は上部に間接照明のライトが置かれ、オフホワイトの天井から柔らかい反射光が落ちる工夫もされています。
リビングとダイニングをゆるやかに分けているのは、実は耐力壁。建物全体を支える重要な役どころですが、一見するとおしゃれな木のパーティション。建築デザインの妙を見るようです。

ここを抜けてコの字のもう一翼に進めば、水回りと奥様とお父様それぞれの自室。日常の生活サポートを考慮しての配置といいます。
「真ん中にリビングがあり、そこから各自が自分の部屋に散っていく。そんなイメージがありました」Tさんの言葉を受けた杉浦さんの設計プランは、ほぼ手直しなしで実施設計へと進んだとのこと。スムーズなイメージ共有がうかがえるお話です。

環境性能とデザインを両立 父と暮らす平屋建てコートハウス-詳細写真03

趣味室は来訪者を最初に迎える空間。豆砂利洗い出しの玄関土間から一段上がる。TY邸でもっとも開放的で半屋外の雰囲気もあるが、上部ダクトで空調され「外から帰るとひんやりして本当に気持ちがいい」とTさん。奥に続く廊下は通り庭がイメージされている

環境性能とデザインを両立 父と暮らす平屋建てコートハウス-詳細写真04

玄関の収納スペース内に設置された流し。釣ってきた魚をそのまま持ち込んでさばき、調理もできる。シュークロークと隣り合うが、大きな窓で採光され居住性は高い。空調も効く

環境性能とデザインを両立 父と暮らす平屋建てコートハウス-詳細写真05

コの字中央に位置するメインスペースをロフトから見下ろす。手前がリビング、耐力壁の向こうにダイニングキッチン。中庭を向いて並ぶ大開口にはTさんこだわりの木製サッシを選んだ。リビング側はFIX、ダイニング側はデッキに出られるよう幅約2.5m高さ約2.3mの大きな掃き出し窓となっている。屋根は発泡ウレタン130mmで断熱 

中庭のあるコートハウスは大きな窓と好相性

この住まいのスタイルは、中庭を囲む形で建物が建つ“コートハウス”。
外に閉じていてプライバシーが保てるといわれる住宅形態ですが、ほかに大きな窓を取りやすいという特徴もあります。

「透明なガラスを大きく使えるのがコートハウスの強みです」と杉浦さん。
玄関土間・リビング・ダイニングと、床から天井まで届くような大きな窓がTY邸にはいくつもあり、豊かな採光と庭を眺める楽しみとを担っています。
これだけの開口が1階にあれば、普通はほとんどカーテンが引かれるでしょう。コートハウスでは窓が中庭に向かっており、他者の視線を心配する必要がないのです。

一方、外に面した窓は小さめで比較的高い位置についています。視線のカットのほか、効率的な採光を考えれば高い窓には利点があり、大きさのデメリットを吸収することも可能です。

さらに内向きの大開口と高低差があることで、両方開ければ自然換気が起こります。空調不要な中間期には、いい風を入れてくれそう。「気候の良い時期は窓を開けようと思います」住まい手の言葉です。

陽射しに対する配慮も怠りありません。

西面の開口は小ぶりの窓2箇所と勝手口扉のみとし、西日の熱を防いでいます。Tさんの寝室も西窓ですが、部屋の主は「1年を通してシェードを上げません。隙間から日が差して朝がきたとわかればいい(笑)」
勝手口は断熱性能の高いエコガラスの扉を採用し、さらに上げ下げ機構をつけることで東西方向の通気も確保しています。

屋根と庇もいい仕事をしています。

TY邸の屋根は深い庇が特徴ですが、方位によって勾配を変え、室内への日射をコントロールしているのです。屋根全体が連続している中で勾配だけに変化を持たせるのは簡単ではなく「大工さんをはじめ、板金屋さんもがんばってくれました(笑)」と杉浦さん。

東西南北で微妙に違う庇の出がきれいにまとめられ、一体化して四季それぞれの陽射しを迎えるのです。一見なにげない、実は高度な建築技術に「この低い庇がいいね」Tさんもお気に入りです。

環境性能とデザインを両立 父と暮らす平屋建てコートハウス-詳細写真06

玄関土間の正面で中庭を向く窓は、TY邸でもっとも大きい開口で高さ約2.6m。網入りの透明エコガラスを採用した掃き出し窓は、コットンを編んで簾戸のように仕上げた建具が網戸がわりに立てられ、和の雰囲気

環境性能とデザインを両立 父と暮らす平屋建てコートハウス-詳細写真07

キッチン上部、約5mの高さに切られた3つの高窓は中央がFIX、両脇が電動外開き窓。ダイニングテーブルに光を落とすとともに、夏場に開けることで中庭向きの掃き出し窓から流れ込む風の出口として自然換気を担う

環境性能とデザインを両立 父と暮らす平屋建てコートハウス-詳細写真08

リビングからロフトに上がる階段の下にある勝手口扉。エコガラスが入った上げ下げ式窓で風を通す

環境性能とデザインを両立 父と暮らす平屋建てコートハウス-詳細写真09

化粧垂木が並ぶ庇は、方位によって勾配が変えられている。東向きで高度の低い朝日を受けるここでは、勾配約35度と深め

UA値0.55。外皮断熱+全館空調が実現した“改正省エネ基準超・断熱等級4以上”

窓ガラスはほぼすべてがエコガラスです。

当初から室内全体の温熱環境が安定するよう願ったご夫妻にこたえ、杉浦さんはこの家に“改正省エネ基準値以上・断熱等性能等級4以上”の環境性能をもたせました。UA値は0.55W/(㎡K)と、国内トップクラスの数値です。
ここで必須とされたのが窓や壁など建物外皮の断熱性能なのです。

「エコガラスは、黙っていても当たり前ですよね」と、以前はハウスメーカーに勤務されていたTさん。網入りガラスのほか、大開口には防犯合わせガラスが採用され、どちらもエコガラス仕様です。
壁や屋根、基礎の断熱材には発泡ウレタン等を選び、外皮全体に高い断熱力を与えました。

そしてもうひとつ、特筆したいのが“全館空調”です。

杉浦さんはご夫妻が希望していた床下エアコン設置を発展させ、柔らかいダクトホースを床下に通して環境を整えて床のガラリから吹き出す、新しい空調システムの採用を提案しました。

窓辺のガラリに手を当てると、穏やかな涼風が流れ出ています。これを各部屋のほか玄関土間・洗面・収納スペースまで設置することで、全館を空調領域としたのです。

家族の中で空調担当というTさんは「今は28℃設定で24時間稼働しています。エアコンではなく“空調”ですね。風が体に直接当たらず足元からそよそよ出てきて、違和感がない。各部屋にエアコンを置かずにすむし、夜になれば26℃くらいまで下がって、冷えすぎるくらいですよ」

取材に訪れたこの日、外気温は34℃まで上がりましたが、室内の温度計は29℃を指し湿度は47%。じっとしていれば汗もかかない状態でした。
「ちょっと動いて汗が出るくらいが、ちょうどいいと思っているんですよ」

建坪38坪の家を1台のエアコンでまかない「7月の電気代は2万円くらいだったかな」とTさん。
この夏は酷暑だったものの、高い外皮断熱性能と高めの温度設定による24時間稼働で、ランニングコストはかなりおさえられたのではないでしょうか。

環境性能とデザインを両立 父と暮らす平屋建てコートハウス-詳細写真10

奥様の寝室では、プライバシー保持と効率的な採光を考え、天井に接する高い位置にエコガラスの窓がつけられている。外壁の断熱は発泡ウレタン材80mm、床はポリスチレンフォーム115mmで、これは各室とも共通

環境性能とデザインを両立 父と暮らす平屋建てコートハウス-詳細写真11

ダイニングの掃き出し窓足下にあるガラリ。床下空間内で整えられた空気はここから吹き出されて室内に広がる。温度設定は集中管理し、各スペースでは風量を調整するシステム

環境性能とデザインを両立 父と暮らす平屋建てコートハウス-詳細写真12

入浴時などヒートショックがもっとも起こりやすい場として知られる洗面では、カウンター下に空調ガラリを設置

性能とデザイン、ともに満たされてこそ

こまやかな意匠性にも目を引かれます。

ふたつあるトイレは純白の壁と高い天井、その先にトップライトがあり、TY邸の中でも特異な空間。天から落ちてくる外光に照らされ、一瞬「教会に迷い込んだ?」気分にさせられます。
「なんだか神々しいですよね」と奥様はにっこり。FIXの天窓には電動シェードがつき「開けると青空がよく見えるんです」

外に目を向け、デッキテラスから屋根を見るとわずかに丸みを帯びています。日本の伝統建築の手法である“起(むく)り”を取り入れたもので、茅葺屋根のような曲線が目に優しく、民家らしい穏やかな雰囲気が。
「この住まいは屋根が命といってもいいくらい(笑)自分の家の屋根は、実はなかなか見ることができませんし」と杉浦さん。これも平屋ならではでしょう。

「父と一緒に住む上で、何の不安もない家です」
暮らし始めて3ヶ月、奥様の言葉です。安定した温熱環境と豊かな光、バリアフリーで垂直移動がないこと、自然素材に囲まれていること…どれも人にやさしい設え。アクティブな趣味人であるTさんも「自分たちもいつかそうなりますから」とうなずきました。

住みこなされていく、こだわりのデザインと高い機能性を両立した“大人の隠れ家”。これからが楽しみです。

環境性能とデザインを両立 父と暮らす平屋建てコートハウス-詳細写真13

天窓による採光で教会のように神々しい? トイレブース

環境性能とデザインを両立 父と暮らす平屋建てコートハウス-詳細写真14

ガルバリウム鋼板で描き出す、現代版起り屋根

環境性能とデザインを両立 父と暮らす平屋建てコートハウス-詳細写真12

お気に入りの開口として奥様が挙げた、キッチンの外開き窓。ダイニングの掃き出し窓から流れ込む風の出口でもある。隣接するふたつの住宅の境界部分にあたり、建替があっても壁にふさがれる心配がない。ここにも設計のこまやかな気配りがある

取材日2019年8月10日
取材・文二階さちえ
撮影渡辺洋司(わたなべスタジオ)
エコガラス