事例紹介/リフォーム

北窓に映えるらせん階段の家

長野県・S邸

Profile Data
立地長野県伊那市
住宅形態木造軸組2階建
住まい手夫婦+子どもひとり
建築面積72.88㎡
延床面積78.80㎡

今月の家を手がけた建築家:
一級建築士事務所 長谷川泉設計室
http://hi-arch.jp/index.html

国道沿いに建つ家は“暖かく、静かで、本物の素材”

長野県伊那市は南と中央ふたつの日本アルプスに抱かれ、天竜川・三峰川の一級河川を擁する自然豊かな土地柄。
祖父母の代から70年以上この地に暮らしてきたというS家が新しく建てた住まいは、まちの中心部にありながらも南アルプスの秀峰・仙丈ヶ岳をのぞむことができます。
「亡くなった父も大好きな山でした」と語るSさんにお話をうかがいました。

敷地は国道に沿い、河岸段丘の傾斜を背負っています。増築しながら数十年の歳月を重ねた旧宅は、前面道路からの振動と騒音、加えて古い家ならではの寒さと結露に耐えてきました。

新築を決めたSさんご夫妻の必須事項は“音と振動がない・寒くない”家。
それに加えて望んだのは「フェイクでない、本物の素材でつくること」です。木材や漆喰など天然の素材を使い、職人の腕や手づくりのテクスチャーが感じられる住まいを思い描きました。
本格的な木工を趣味とするSさんは、自分と奥さまの思いが一致したと笑顔で話します。

さらに“以前の家に使わない部屋がたくさんあった”経験から、家族の距離感を近く保ってコンパクトに暮らすことを旨としました。

当初は敷地も別に探してみたという、5年の月日をかけた家づくりです。住宅展示場をめぐり、多くの内覧会にも足を運んだご夫妻が最後に出会ったのは、東京で設計事務所を営む長谷川泉さんでした。
直線にして約150kmの“遠距離設計のわが家”はしかし、終始良好なコミュニケーションのもと、2018年10月に無事竣工を迎えたのです。

アイディアと工夫満載の窓で豊かな光と陰影をつくる-詳細写真02

焼杉のテクスチャーが印象的なS邸。前を走る国道から大きくセットバックし、基礎がかさ上げされている。ふたつのアルプスにはさまれた谷間を大河が流れる伊那市は豊かな河岸段丘が形成された土地で、縁部分の多くは緑地帯。S邸上部に立ち並ぶ木々もその一部だ

アイディアと工夫満載の窓で豊かな光と陰影をつくる-詳細写真03

2階東向き窓から見る山並み。この日は曇りがちだったが、晴れれば南アルプスの女王と呼ばれる仙丈ヶ岳の美しい峰がのぞめる

アイディアと工夫満載の窓で豊かな光と陰影をつくる-詳細写真04

朝の光が射し込む明るいダイニングでのインタビュー風景。設計を手がけた長谷川泉さんにもかけつけていただいた。4歳の息子さんもSさんの膝の上で参加し、施主と設計者相互の信頼感が映し出された和やかな時間に

県産材と漆喰でワンルームを構成

玄関から一歩入ると、LDK・畳コーナー・上階に続く階段で構成された一室空間が広がります。
コンパクトに暮らしたいとの思いを受け、設計の長谷川さんは「ワンルームの中に家族それぞれの居場所ができるように」高低差のある室内をつくり上げました。

美しい曲線を描いて伸び上がるらせん階段はS邸を象徴する存在。誰かが腰掛けて本を読んでいるのは日常の風景だといいます。吹き抜けの天井高は5mです。
「最初からほしいと思っていて、予算がなくてもこれだけは必ず残そうと妻と話していました。“らせん階段の家”なんです」とSさん。

階段の真下にあるスタディスペースの床はスキップフロアになっており、つくりつけのライティングデスクの足元は40cm下げられています。
隣接するキッチンスペースの床も同様にLDKのレベルから18cm下げ、ダイニングテーブルにつく家族と対面で調理をする家族の視線がほぼ同じ高さになるようにしました。

「みんなでゴロゴロしたい」と希望した畳コーナーは、仏壇のある3畳の空間です。ここもリビングから30cm持ち上げ、段差部分は収納になっています。
息子さんの希望で、休日は家族3人の就寝スペースに早変わり。小上がりになっていることで、リビングに面していても落ち着いて眠れそうです。息子さんのおねだりも納得でしょう。

そして目に入る建材の多くは、住まい手が望んだ通りの“本物の素材”。
長野県産の杉の柱に、床はオイル仕上げした地松の無垢材、壁は漆喰塗りです。浴室の壁やトイレと一体化した洗面スペースの壁面には、ひのき材を張りました。インテリアも杉やシナなど白木を使ったものを選んでいます。
さらに外壁は焼杉板張りで引き締まった印象に。美しくエイジングしていくさまが、今から目に浮かぶようでした。

アイディアと工夫満載の窓で豊かな光と陰影をつくる-詳細写真05

「みんなが大好きな場所です」と住まい手。「来る人誰もがワクワクできるんですよ」

アイディアと工夫満載の窓で豊かな光と陰影をつくる-詳細写真06

らせん階段直下のスタディスペースはいくつもの床レベルがあり立体的。ここ以外にも、ちょっと腰掛けたくなるような気持ちのいい場があちこちにしつらえられている。ライティングデスク裏の家事コーナーが一室空間に奥行きを与えている

アイディアと工夫満載の窓で豊かな光と陰影をつくる-詳細写真07

小上がり風の畳コーナーは背板のない造作本棚で階段室と仕切られ、開放感がある。障子がはまった窓の外には桜の木があり、春はここでお花見を楽しむ

アイディアと工夫満載の窓で豊かな光と陰影をつくる-詳細写真08

ひのき板張りの浴室には幅1.5m超の透明ガラスの窓。外からの視線は大丈夫? の問いに、住まい手は「斜面なので、よほど近くに来ない限り外から中は見えません。ガラスも湯気で曇りますし」と笑った

らせん階段に寄り添う、北向き大開口の謎を解く

らせん階段とともにS邸で存在感を放つのは、階段室の窓。北に面した大開口です。

南向き信仰という言葉もあるほど日本の住宅は南面が重視され、“窓は南を大きく北は小さく”がある種の定石とされてきました。
ましてここは、厳寒期にはマイナス10℃を下回る最低気温を記録する土地です。S邸の南面は国道が走るため隣接建物で陰る心配もなく、通常の窓をつければ室内の採光は十分確保できます。
冷えやすい北面になぜ大きな開口を…疑問がわきました。

しかし、そこにはいくつもの必然があったのです。

階段室の窓が面する斜面にはSさんのお父様さまが植えた桜や、自然に芽吹いたどんぐりなどの樹木が育ち、鳥たちもやってきます。冬が終われば緑があふれ、お花見まで楽しめるこの“自然の庭”の眺めを、窓を通して取り込まない手はない。長谷川さんの提案でした。

もうひとつ、「明るすぎない家がいい」という住まい手の思いへの答えでもあります。
Sさんいわく「内覧会を見て回ったら明るい家ばかりで(笑)まぶしくない、陰影のある家にしたかったんですね」北窓の設計図を見た当初は「大きくて、明るすぎるのではと少し心配でした」と振り返ります。

できてみれば「ちょうどいい明るさでまぶしくない。北の窓からの光について、新たな気づきがありました」

「ここは一日中、ブラインドもカーテンも下げません。灯りがつくと、外から見えるらせん階段がすごくきれいなんですよ」とも。
真夏でも夜は冷えるこの地で、高断熱を誇るLow-Eガラスの面目も躍如、といったところでしょう。

一方、夏には換気面のメリットもあります。

縦一直線に並ぶ4つの窓は中2枚がFIX、上下に横すべり出し窓という構成です。「両方のすべり出し窓を開けるとすごく涼しくて、エアコンがいりません」
下は地窓、上が高窓となって重力換気*が起こり、直射日光が当たらず樹木や緑で冷やされた北面の涼しい外気が、室内に効率よく取り込まれているのでしょう。

厳しい冬をにらんだ対策も怠りなく「念のため、ウインドゥラジエーター用のコンセントをつけてあります」と長谷川さん。取材に訪れた12月半ばは、多少ひんやりするものの問題ないとのことでした。

アイディアと工夫満載の窓で豊かな光と陰影をつくる-詳細写真09

ほぼ正方形の2枚のFIX窓は1.1m×1.17mの大きさ。らせん階段に光を与えるとともに窓外の豊かな緑を室内に取り込む。窓枠部分にウインドゥラジエーター用のコンセントがあるが、現時点では未使用

アイディアと工夫満載の窓で豊かな光と陰影をつくる-詳細写真10

換気時には地窓の働きをする、階段室一番下の横すべり出し窓。床面のガラリは床下暖房の吹き出しで、ダイニングの掃き出し窓・キッチンのテラスドア足下そしてこの部分と、計3箇所の窓辺に設置されている

アイディアと工夫満載の窓で豊かな光と陰影をつくる-詳細写真11

1階唯一の西向き窓は洗面スペースに切られている。縦横50cm程度の小ぶりな開口だが、採光は十分

Low-Eガラスに床下暖房。信州の寒さに負けない家をつくる

計画当初の必須事項からもわかるように、“寒くない家”はこの土地で暮らす際の大きなテーマです。

S邸ではすべての開口部でLow-Eガラスを採用。屋根や壁にはプラスチック系断熱材やグラスウールを厚く入れて、建物外皮の断熱性能を高めました。

ダイニングスペースの掃き出し窓は縦横ともに2m超と大きく、この開口から差し込む日差しがリビングダイニング全体を暖め「昼間はエアコンがいりません」とSさん。ウッドデッキとつなげることで室内空間を外部に拡張する役割をも担っています。

暖房設備はエアコンやファンヒーターのほか、床下暖房のシステムが取り入れられています。
土間部分に温水を流して暖め、その輻射熱を窓際の床に切ったガラリから室内に吹き出すもので「暖かいというより“寒くない”感覚です」と長谷川さん。室温設定は20℃です。

さらにリビングと畳コーナーの境には薪ストーブが置かれ、休日など時間がある日の大きな楽しみに。「火が見えるのが、いいんですよね」

就寝時は2階寝室のドアを開け、階段室を通じてのぼってくる暖気を取り込みながら眠ります。暖房は湯たんぽのみで大丈夫。
「前の家ではマットレスと敷布の上にさらに起毛シーツを敷き、羽毛布団と毛布2枚をかけ、パネルヒーターをつけて寝ていました」というSさんの言葉に、信州の厳しい寒さが伝わるとともに“寒くない家”の実力を目の当たりにした気がしました。

アイディアと工夫満載の窓で豊かな光と陰影をつくる-詳細写真12

12月の日中、掃き出し窓からは豊かな陽光がダイニングに射し込む。ウッドデッキ上部にある軒の出は1.2mだが、高度の低い冬の日射を妨げることはない。反対に夏場の日射は終日遮られる

アイディアと工夫満載の窓で豊かな光と陰影をつくる-詳細写真13

ブラインドを下ろしてもらった。二重になっており、外出時には厚手の方を全部下げる。在宅時は通常、薄手の方だけ下げてプライバシーを確保

アイディアと工夫満載の窓で豊かな光と陰影をつくる-詳細写真14

チーク材のカウンター天板があるキッチンは対面式。東を向く調理台前の窓とガラス張りの勝手口ドアの二面採光で明るい。吊戸棚上部にはエアコン設置用スペースが確保されているが「今はまだ必要ないですね」

アイディアと工夫満載の窓で豊かな光と陰影をつくる-詳細写真15

空調その他のスイッチ類はキッチンと家事コーナーの境に集中

父祖から受け継ぐ土地で、記憶とともに新たな暮らしを

この敷地には以前、母屋と並んでお父さまが経営する鉄工所がありました。どちらも道路すれすれに建ち、地盤も現在より数十cm低くて、室内の床の高さが道路とほぼ同じレベル。部屋に座ると窓から外を見上げている感じだったといいます。
道沿いにはたくさんの樹木が立ち並び、往来の激しい国道と住まいとを隔てる緩衝帯が形成されていました。

今、古い建物を解体して新たに建ち上がった家は大きくセットバックし、基礎も上がっています。室内の視界を改善し、道路からの音と振動を遠ざけました。
外構工事はこれからで、今はファサードを彩るシンボルツリーや花壇の花々を待っている状況。育った木々に包まれ森のようだったというかつての風景からは、かなり変わりつつあるようです。

そんな中、玄関脇でポストを支える大きな鉄のプレートはお父さまが仕事で使っていた鉄板を再利用したもの。さらに鉄工所があった場所につくった駐車場の屋根では、これもお父さま作の鉄骨部材を塗り直し、梁として使っています。

現代のライフスタイルに合わせて変更を加えながら、土地の記憶を未来へつなぐ——
日本の住宅建築の歴史を考えるとき、建物自体を残しながらのこのリレーは簡単ではないと思いつつも、これからもS邸を見守っていくに違いないお父さまの記憶と、形見の桜が満開となる春の日を思いました。

アイディアと工夫満載の窓で豊かな光と陰影をつくる-詳細写真16

間近で見るS邸外観は、焼杉の黒と軒天・デッキの明るい木目のコントラストが目をひく。「外構はこれから。まずはチューリップや金木犀を植えたいですね」とSさん。鉄製のポストプレートはお父さまの記憶をとどめ、新たな住まいとともに時を刻み続ける

*温度の高い空気が上昇する性質を利用する換気方法。高い位置の窓を開けることで室内の暖かい空気が外に流れ出し、低い位置で開けた窓からは外部の冷たい空気を取り込める。温度差換気ともいう

取材日2018年12月16日
取材・文二階幸恵
撮影渡辺洋司(わたなべスタジオ)