島根県海士町海士中学校 -海士市-
主なエコ改修項目 | 工期:2008年7月~2009年3月 | ||
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断熱 |
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遮熱・日射遮蔽 | 水平ルーバー設置/壁面緑化 |
代替エネルギー導入 | 太陽光発電/風力発電 | 教育空間の充実 | 地域材の利用(海士町産杉・アスナロ/隠岐の島町産黒松)/エコメディアセンター、地域交流スペースの整備 |
島根半島の沖合約60kmの隠岐諸島は、4つの大きな島と周辺の小さな島々からなる風光明媚な土地です。そのひとつ、中ノ島の海士(あま)町はサザエや岩ガキなど海の幸に恵まれたうえに農業も盛ん。また承久の乱に破れた後鳥羽上皇が生涯を終えた地という歴史も持ち、自然と文化が豊かに共存しています。
島のほぼ中央に建つ町立海士中学校は1学年1クラス+特別支援学級1クラスの計4クラス、全校生徒57名の小さな学校です。「だんだん(ありがとう)の心を育むまなびや」をテーマに、2007年度から2008年度にかけて、学校・住民・行政・建築技術者そして在校の子どもたちも検討会に参加し、島の環境を十分に意識したエコスクールをめざす島ぐるみの学校エコ改修を行いました。
改修の中心のひとつが日本海の厳しい寒さを考慮した断熱です。生徒や教諭・職員が長い時間を過ごす普通教室や職員室、地域開放スペースなどが入る校舎1・2階部分では、南側の窓の大部分がエコガラスに入れ換えられました。3階にある理科室や美術室など特別教室の窓は、ペアガラスに交換されています。
壁の断熱には地場産木材を活用しました。校舎北面の外壁と教室の内壁には、既存の壁の上に海士町産の杉材が張られています。「断熱材を入れなくても、外気温と室内の温度は2度は違います」とは、海士中学校長の宇野和福さんの話です。
子どもたちも口々に「改修してすごく変わった」「家よりも寒くない気がする」と寒さ軽減の実感を伝えてくれます。3年生の田口啓くんは「毎日つけていた教室のストーブを、改修後の冬は数回しか使いませんでした」と、エコガラスと外断熱の効果に太鼓判を押してくれました。
一方、夏の暑さをパッシブに和らげているのが校舎南面につけられたエコフレームです。特徴的なファサードを生み出すこのフレームには、ルーバー・緑化ボックス・太陽光発電パネルが設置されています。 3段重ねの水平ルーバーは真夏の直射日光を遮断し、冬場は反射光を教室内に導くライトシェルフの役割を担っています。緑化ボックスではつる性植物を育てて緑のカーテンをつくり、自然の力で太陽の熱を遮る壁面緑化に挑戦中。子どもたちも水やりに余念がありません。
1階正面に新しく設けられたウッドデッキも地面からの輻射熱軽減に一役買っています。AMAエコプラザと名付けられたこのスペースも地場産杉材でつくられ、海士中の新しい顔になりました。
加えて多く聞かれたのが「風がよく通って涼しい」との声。開閉できなかった階段室の窓を突出し窓に換えたことで校舎全体の通風は格段によくなっています。さらに改修前は校舎1階右寄りにあって、普段は閉め切っていた玄関と昇降口を中央に配置換えして、夏場は開放するようにしました。「ここから入る風も、廊下を通って各教室に抜けているかもしれません」と、設計を担当したアイエムユウ建築設計事務所の山根秀明さんは言います。
地域産木材の多用も目につきます。断熱やデッキに使われた海士町産杉材のほか、教室と廊下の床に張られたのはお隣の島・隠岐の島町産の黒松材です。改修前の廊下は水蒸気のように立ち上る湿気で濡れることが多かったとのこと。「ジメジメしてみんな滑っていたんです。今はそれが全然なくなりました」と話すのは3年生の宇野遥さん。木材の吸湿性が功を奏しているのでしょう。
木ならではのあたたかみのある表情は校内の雰囲気も明るくしました。「木が張ってあるときれいだし、やさしい感じがしていいです」と、同じく3年生で環境美化委員長の中村優花さんはにっこり。木質空間の快適性を素直に表現するこの言葉は、近年、木の質感を生かした学校建築が増えていることにも関係がありそうです。
海士中エコ改修のさらなる特徴は、まちそして住民との密接な関わりでしょう。地域に開かれた学校としての存在感がそこにはうかがえます。
エコ改修検討会発足時から工事が完了し現在に至るまで、改修のすべては総合学習の中の環境教育プログラムにリンクしています。「改修プロセスを考え、環境体験学習のあとは設計者を交えたワークショップを開催し、最後にどんな校舎にしたいかを子どもたち自身が設計・提案しました」と、海士町教育委員会環境教育コーディネーターの井上さやかさんは話してくれました。
提案の目玉のひとつが「エコメディアセンター」です。3階にあった図書室が1階に降ろされ、生徒と住民が一緒に使える情報基地へと生まれ変わりました。床も家具も木で統一された明るい空間は子どもたちに大人気。「朝も昼も子どもの姿が絶えません」とは常駐の図書スタッフの言葉です。
廊下を挟んで向かい側の「だんだんホール」新設も海士中生のアイディア。ここには電気や水道使用量などの省エネデータがわかるモニターやグループ学習に使う大きな机が置かれました。地域交流スペースとして開放しているため、子どもたちと地域住民との自然なふれあいの場にもなりつつあります。
エコ改修に限らず、子どもなくして語れないのが海士町のまちづくりです。「海士中が発信し、町全体で実行することがかなりあります。それがこの学校の特色」と宇野校長。島内の商店を対象とした「エコポイントカード制度」など、現在施行されている町の政策のいくつかも、毎年行われる「子ども議会」で出された提案を採択したものだそうです。
「中学生が言うなら大人もやろう、という土壌がこの島にはあるかもしれません。町の総合振興計画の環境分野の座長も海士中生が務めて、大人の意見をまとめました」と語るのは海士町教育委員会地域共育課長の松前一孝さん。「町で何かするときはまず学校に声をかけて子どもたちを誘います。環境活動も島外との交流事業も中学生の力が大きいです」と井上さんもうなずきました。
大人たちの理解と力添えのもと、学校での環境教育のほか、まちづくりにも関わりながら育つ海士中生には、明るくほがらかな海士町気質とともに、今回のエコ改修の経験がそのまま地球環境の保全につながっている、という自覚と広い視野もしっかり身についています。
「いろんな人に海士中を自慢しています。そうするとみんな学校に来たいと言ってくれるから。今やっていることを実際に見てもらって広めたいんです」と宇野さん。中村さんは「島内でも島外でも、海士中での節電節水や総合学習について話して、一緒にやってくださいって呼びかけていきたい。地球温暖化をストップさせるために」。田口くんは「温暖化防止は自分からやっていくことが大切だと思います。大人と協力して植林とかをしていきたい」。さらに続けて「僕の夢は教師なんです。いつか子どもたちに海士中での経験を教えていこうと思います」と話してくれました。
小さな島の中学校のエコ改修が、未来の地球環境を担う頼もしい世代を着実に育てている。感動とともに、彼らのために今の大人たちは何ができるのだろう、そんな想いを呼びさまされる出会いでした。