松本 寛(まつもと・ひろし)
1948年生まれ。大学では経済学を専攻、卒業後大手銀行に入行。国際金融畑を歩み、香港やニューヨークなど海外勤務を重ねる。2009年豊建入社、2011年住環境事業部設立。2012年同社代表取締役社長、2016年同会長に就任。現在に至る。
会社は1987年の創業より大手ゼネコンの下請け工事会社として基礎及び仕上げ施工に従事。専門工事会社として中部エリア全域の工場・商業系大規模建築物の新築建設に関与してきたが、ここに新たな業態として省エネの視点を持ち込み、住環境事業部を立ち上げた。
環境不動産創出に寄与する提案・コンサルティング・施工を一貫して請け負い、小中規模の既存オフィスビル・教育施設・商業建築の省エネ改修を実現。2014年名古屋市よりエコ事業所表彰。2015年愛知県より愛知環境賞優秀賞を受賞。
2016年よりCO2削減ポテンシャル診断推進事業診断機関認定、同年、国交省既存建築物省エネ化推進事業(省エネルギー性能の診断・表示に対する支援)の第1回採択事業で、本社ビルが国内第1号として採択される。2017年ZEBプランナー認定。
豊かな国際経験で培った幅広い視野と教養で会社を引っ張る。パリ協定やSDGsなど地球規模の世界動向を基に新たなビジネスモデルを探求する姿勢は、国内建築界で稀有かつ貴重な存在
2008年のリーマンショックがきっかけですね。中部地域の経済が厳しくなり、新規事業への模索が社内で議論になっていました。
私は翌2009年7月に入社したので、しがらみもなく自由に考えることができたのです。
同じ年に洞爺湖サミットがあり、経産省に次世代エネルギーや社会システムについて考える協議会が発足しました。そこから建築物のZEB化に関するレポートが公表され、国内の建築物に関する省エネ対策全体のベースができました。
銀行時代の先輩との会話も影響しています。大手不動産会社に移った先輩から「MIT*1の教授と“これからの建物はどうあるべきか”という議論をしている」と聞いて、建築工事会社として取り組むのは面白いと思いました。
既築建物をやらないと、日本の省エネは進まないんですよ。
国内の非住宅建築物の床面積は現在約26億㎡といわれていますが、年間で新築はその1.3%程度。膨大な既築ストックが省エネ性能の高い新築へとすべて入れ替わるには70年もかかります。
しかも建物全体の床面積の半数近くを占めるのは、3000㎡以下くらいの中小既築建物です。これをなんとかしなければならないのですが、省エネ改修事業に携わっているのは数少ないコンサル会社や設計事務所のみ。
私たちの対象はここです。資金力のない小さなビルを相手にコツコツとやっていくのがビジネスモデルとして面白いのでは、と思っているんです。
『働き方改革』がうたわれ、快適かつ生産性が上がるオフィス環境が重要視されはじめました。日本は工場の改善は進んでいるものの、事務系の執務スペースは世界的に見てまだまだという状況です。
狙うところはここで、“快適なオフィスにしながらの省エネ”をめざします。従来のような“我慢の省エネ”ではありません。
削減量5030万klのうち、40%を工場系以外の民生部門でやらなければならないんですよ。
オフィスの省エネを考える際のキーワードは3つあります。
ひとつめはSDGs*3。17ある目標項目のうち6つを、私たちも掲げています。
ふたつめはESG投資*4です。投資対象となるためには、建物に要求される環境性能もあるのです。
そして3つめがRE100*5。世界の企業約90社が加盟しています。日本ではまだ数社ですが。
これらのキーワードに関して必ず出てくるのが、既存建物の省エネなのです。しかも国内ではまだあまり進んでいません。
大手ゼネコンがやるのは主に新築です。
欧米では『ディープ レトロフィット』という、躯体と設備両面で建物全体を高度に省エネ改修する手法や、比較的ローコストでできる改修『グリーン レトロフィット』の事業化が進んでいます。
日本国内ではまだ潜在的なこのマーケットを、私たちは少しずつ作っていこうとしています。が、“燃費のいい建物”の価値が上がる社会をめざすには、国内の各地で同様の企業が出てこないと。
環境負荷が相対的に少ない・快適に働ける・ZEB Readyをクリアしている、の3点でしょうか。ZEB Readyについては、改修の実現にあたって補助金をうまく使いたいという思いがあります。
既築のZEB事例は少しずつ増えてはいるものの、まだまだ少ない状況です。
ZEB化補助金申請用の書類を書く人やコンサルはたくさんいます。しかし彼らがやるのはそこまで。ビルオーナーや施工会社が本当に趣旨を理解しているか、心配です。
私たちは相手の立場に立ち、1年以上のコンサル契約を結んで最初から最後まで面倒を見る“テイラーメイド型”で提案をしています。計画から施工、工事完了後はBEMSによる分析もします。運用で稼ぐという言い方もできますね。
飛び込み営業で始めた当初は、詐欺まがいの会社と思われたりもしましたよ(笑)でも、直接出向かないと相手の気持ちが実感できませんからね。
そんな時には、施工実績を示すことでビルオーナーに安心してもらえました。
省エネ改修は、お金をかけ始めたらきりがないんですよ。例えば地中熱を使うとかね。
でも、どんな会社にも当然予算がありますから、バジェットと省エネレベルのバランスをどう取るかが重要です。
愛知環境賞をいただいた東海共同印刷さんのZEB化改修では、社長さんが高い次元でエネルギーについて捉えておられました。
事業の予算と得られる効果のバランスに関してこちらと同様の思考形態を持つお施主さんとは、建築関連でなくても話はかみあいます。
現状の提案では、マニュアルを使って理論値の計算をしています。でも、これが大変(笑)専用の価格表とリンクさせ、限られた中でどう組み合わせていくかをその場で見せられるようになれば、ビルオーナーにももっとわかりやすく、効果的に提案できると思うんですが。
ALCなど建材のノウハウを持つ仕上事業部があるので、まず建物の外皮性能を見て改修方法を考える、といった面もありますね。
開口部の影響力はものすごいです。改善すれば断熱性能アップに大きな効果がある。ガラスは大切ですね、Low-Eが標準にならなければと思っています。
ただ、やはり値段が高い。提案しても予算面でまず削られるか、フィルムに行ってしまいます。
また、断熱性能向上を考えるなら、もうサッシにアルミを使ってはいけないのではないでしょうか。
ニーズはありますから、メーカーさんは手軽で断熱性能の高いユニット製品など、質を保ちつつローコストな革新的商品を出していかれればいいと思います。
圧倒的なストックに対し、向かっていこうとする会社がないのはさみしい限りですね。
ヨーロッパでは築50年でも扱いは新築。そこにオーナーがDIYをして価値を上げ、高く売り抜けているのです。
スクラップ&ビルドをやめ、省エネ性能を上げた既築建物を“グリーンプレミアム”*6として認知する社会にしていくためには、「今あるものを長く使う」という思想を、時間がかかっても入れていかなかければなりませんね。
“もったいない”の本当の意味は、“そこにエネルギーが集約されている”ということだと思っています。
*1:Massachusetts Institute of Technology(マサチューセッツ工科大学)の略
*2:京都議定書に続き2016年に発効した、気候変動に関する国際協定。世界の平均気温上昇を2℃未満に抑え、今世紀後半には人間活動による温室効果ガス排出量を実質的にゼロにすることを目標とする。2017年10月現在、世界169カ国が批准
*3:Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)。
2015年の国連サミットで採択された、2030年を期限とする17項目の国際目標。「誰一人取り残さない持続可能で多様性と包摂性のある社会」の実現、人間、地球および繁栄のための行動計画として掲げられた。貧困や飢餓の撲滅・ジェンダー・エネルギー・労働・まちづくり・環境保護・平和など内容は多岐にわたる
*4:利益率などの財務情報に加えてEnvironment(環境)、Social(快適や健康性)、Governance(ガバナンス)の3要素を非財務情報として考慮し、企業の価値を測る投資行動
*5:Renewable Energy 100 。2014年に創設された、事業運営に使うエネルギーを100%再生可能エネルギーで賄うことを目標とする世界的プロジェクト。2018年9月現在、EU諸国やアメリカのほか、インドや中国など世界全体で約150社が加盟している
*6:省エネ性や低い環境負荷など環境に配慮した“グリーンビルディング”が高い市場価値を持ち、経済的優位性を備えること。反対語として“ブラウンディスカウント(環境性能を持たない建物が市場価値を低く見積もられること)”がある