Designer’s Voice 建築設計者の声

暖かい家が人を自由にする(前編)

岡江 正(おかえ・ただし)
1957年まれ。一級建築士。美術系大学卒業後、1983年より竹山実建築綜合研究所でオフィスビルや公共建築等の設計・監理業務に携わる。1991年、岡江組4代目代表取締役に就任、同年岡江建築設計研究所+CIRCLEを設立。1999年『水槽の中のコリドラス~JIJIの家』で環境・省エネルギー住宅賞、2003年『第一印刷社屋ビル』で長野県建築文化賞優秀賞、2011年『安曇野市穂高交流学習センターみらい』で長野県建築文化賞最優秀賞・長野県知事賞受賞。

アトリエ系建築設計事務所育ちならではの洗練されたデザインと高いレベルの環境性能を兼ね備えた住まいづくりを標榜。安曇野固有の気候風土や景観を考慮した住宅・建築の創造をめざして日夜研究・奔走する。高齢者や障害者が住まいで直面するバリアーを除去する取り組み<ハウスアダプテーション>にも造詣が深い。穏やかな物腰と誠実な対応が、施主や子どもも含めたその家族から絶大な信を得ている。


高性能な家づくりは人もデザインも自由にする

手がけた安曇野の住宅には、高さ2.2m超の掃き出し窓が連なる。アルゴンガス入りLow-Eガラスの入った製品を採用することで高い断熱気密性能を取得し、大開口でも寒くない室内環境を実現した
開口部をフィックスと開き戸に限定するのをやめたことについて「引戸の掃き出しで出入りしてきた日本の暮らし方は変わらないと思います。だとしたら、性能のために無理やり開き戸の生活に変えさせることは不合理。性能は落ちるかもしれないけど、それなら引戸でもいいじゃない、という気になってきたんです」と笑う。和の生活文化に対する尊重の姿勢はこんなところにも

――快適性を保ちながら、複数の断熱手法やCASBEEの評価軸を取り入れて経済性・環境保全とバランスする〈感響(かんきょう)住宅〉という独自の家づくりをしておられます。

快適な室内環境は、そこにいる人を自由にしてくれるんです。寒いからずっとストーブの前にいなきゃいけないとか、なんでも南側にもってこなくちゃといった調子で縛られることがない、ということ。

感響住宅は、たとえば真冬の室内で安曇野の雪景色を大きな窓から眺めながらコーヒーが飲める、そこからいろんなことを感じ取れる、そんな家です。そこに暮らすことに対して気持ちが自由になり、その中で感じることと響き合える。そういう住宅をめざそうと名づけました。

ーー家じゅうどこにいても寒くない、ストーブやこたつにへばりつかず、好きな場所で過ごせる家。

身体的にも精神的にも解放された、〈心のバリアフリー〉をつくりだすような一面も、高性能住宅は持っていると思います。 こういう仕組みを一般に広めていくためには、やはりコストをいかに抑えるか、そして数多くつくっていくことで多くの方に気づいてもらうことが大事だと思いますね。

ーー室内の温熱環境を均一化できることは、デザインにはどのように影響してきますか。

ある意味で自由度が増えます。断熱材をどこにどう入れるか次第でデザインが自由になってくる。外で断熱できているから、中の空間はどう使ってもいいんです。

窓についても、一時はフィックスと開き窓だけの家をつくっていましたが、引戸の性能がかなりよくなってきたので、今は大きな引き違い窓も使えるようになりました。 ただ、ヨーロッパ並みの性能レベルまでいくには、やはり樹脂サッシやトリプルガラスくらいの製品が標準になってリーズナブルに使えればね...。設計する側として、その望みはあります。


営業はしない。自らの仕事を体感・判断してもらうのみ

施主からの信は厚い。家づくりの相談に訪れた人を、自ら手がけた既存住宅に案内することもしばしばだが、多くの施主がふたつ返事で内覧を快諾してくれるという
安曇野で設計・施工した家は、切妻の瓦屋根と塗り壁の和風住宅にもかかわらず、まぎれもない現代住宅の仕上がり。このデザインセンスにひかれて訪れる施主も多い

ーー高性能な住宅を志向する方はよく勉強されている方が多いですが、お施主さんの傾向は?

本当によく調べていて、どんな家を建てたいのか実感を持っていますね。「自分の望む家のスペックを出せる能力を持っているか、それだけの規模があるか」といったことをきちんと調べた上で、内覧会にやってきます。

今のお施主さんは、以前のように変につかまってどんどん営業をかけられる のを好みません。個人情報を含めて自分のことを知られたくないから、会話もしない。自分自身が見て「この工務店はいいな」と思ったところで、初めてやりとりが始まります。 会社の昼休みにうちの現場を見に来て、床下だけのぞいてそのまま帰り、あとで「お願いします」と電話をくださった方もいますよ(笑)

ーーいわゆる積極的な営業は逆効果、ということですね。

話をして説得して決め込むといったやり方は絶対できない、あくまでも来ていただいて判断してもらうしかないですね。やはり体感してもらうのが一番早いです。
そんな中で「自分の望む性能を出せるのはここしかないと思って、最後に来ました」と言ってくださる方もいて、そういうのはありがたいと思います。

ーー内覧会では何を見せておられますか。

まずは単純に温度計を置いて中と外の温度を視覚化したり、構造的なカットサンプルで説明します。

あとは、あまり奇抜なことはしませんがデザイン的に、他のお宅と違う部分の話を。
ちょっとした光の考え方や座ったときの目線、プロポーションなどについて、日本の文化や暮らしの中で「この部屋は畳ですから、座ったときに窓からちょうどあの景色が見えるようにつくっているんですよ」といったことです。
言われるまではけっこう気づかない、こんなところが「他とはちょっと違うんだ」と思っていただけるんでしょうね。


ここだから成り立つ、ここでしかできない新たなデザインを追って

かつて日本で一般的に見られた屋敷林の風景は、手入れの煩雑さや建材として使う習慣がすたれるなどで、全国的に減り続けている。1年を通じてアルプスから吹き下ろす北風にさらされる安曇野では、寒さから家を守る防風林としてその役割は健在だ。岡江さんらが作成したガイドラインでも、家の北側に中高木の常緑樹を植えることを推奨している 2010年発行の〈安曇野らしい家ガイドライン〉。景観を守る住宅デザインや持たせたい性能、当時実施されていた各種の補助制度まで、安曇野ブランドの家づくりを支援する提案・情報が網羅された

ーー〈安曇野ブランドの家づくり〉という、地域に根ざした取組のリーダーとして活動された経歴もお持ちです。

安曇野の景観条例施行にあたっていろいろな取組が始まったとき「安曇野ブランドをつくろう」ということでモデル住宅のプロジェクトを立ち上げ、2010年に〈安曇野らしい家ガイドライン〉を作成しました。

ーー安曇野の財産である景観や環境を保ち、引き継ぐために、家を建てる際の手引きとして地域にふさわしいデザインや性能を定めたものですね。

伝統・継承・調和の3タイプの家づくりの提案と庭など外構の提案があり、デザインのほかに耐震性や省エネ・エコも考慮してCASBEE評価Aランク以上を推奨しています。
ほぼ同時に始まった長野県によるエコ住宅の助成〈ふるさと信州・環(わ)の住まい〉事業にも連動させました。

こういったデザイン以外に、安曇野という土地の冬の過ごし方・夏の過ごし方も重要です。

たとえば屋敷林。このあたりは全国的にまとまった屋敷林がある地域らしいので「家の北側には常緑樹を植えて北風を防ぎ、南側は落葉樹を植えて、冬はお日様の光をもらい、夏はクーリング作用で涼しく暮らしましょう」と提案しました。

ほかにも、ガイドライン作成当時のガラスや断熱材の性能やおおよその費用の目安まで、全部入れました。国の第三者機関の出していた数字です。ここまでしなければこういう事業はうまくいかないですから(笑)

ーー安曇野の景観や暮らし方に対する真摯な思いが詰まったガイドラインだと思います。
故郷に対するこんな愛情を持ちながら、これからは何をやっていかれますか。

ここだから成り立つ、そして今までにない建築デザインをめざしていくこと。自分はここで何をつくるのか、をもっと考えていきたいですね。
たとえば「今はとても寒いけれど山が一番美しく見える季節だからそれを生かそう」とか、ここだからこそつくれる建築がもっとあるに違いない。

新しいデザイン=新しい素材ではないし、実は昔の中にあったり、形ではないものの中にあるかもしれません。安曇野でしかできない新しいデザイン、それはなんだろうということを、常に考えながらやっていきます。


取材日:2015年2月12日
聞き手:二階幸恵
撮影:中谷正人

株式会社 夢・建築工房
有限会社 岡江組/岡江建築設計研究所+CIRCLE
長野県安曇野市
社員数7名(常用大工含む)
事業内容/建築・大工・屋根・内装仕上げ・タイル等工事業、建築設計・施工監理

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