-福岡県・Fマンション-
立地 | 福岡県春日市 |
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住宅形態 | RC造4階建賃貸集合住宅 (2004年竣工) |
リフォーム工期 | 2015年10月・2016年4月・ 2017年2月(各1日間) |
窓リフォームに 使用した主なガラス |
エコガラス(マンション改修用) |
西に背振、東に三郡の山塊にはさまれ、福岡都市圏の一角をなす春日市。今回のエコリフォームは、緑豊かなまちのほぼ中心に建つ賃貸集合住宅・Fマンションが舞台です。
各フロアに2住戸が入るコンパクトな建物は竣工以来、連日34~37℃を記録する酷暑と高い湿度にさらされる夏を過ごしてきました。
南西に大きな開口があり、夏は昼過ぎから日没まで窓越しの日射熱が室内に入ります。
冬は冬で気温が氷点下になる日も珍しくありません。内陸的な気候の地なのです。
父の仕事を引き継ぐ形でFマンションのオーナーとなったNさんは、もとは鉄鋼メーカーのビジネスマン。「住まい手の方が『暑いから退去する』のは絶対にいやでした」と話します。
賃貸住宅経営という新たな世界に飛び込み、学んでいく中で“家主の義務のひとつとされる〈快適な住環境の提供〉を具現化し続けることが賃貸住宅経営存続の胆(キモ)”との考えに至りました。帰郷後しばらくこのマンションに住み、室内環境を実体験していたのも手伝って「西日をどうにかしてあげたい」思いが強くなったといいます。
どうやって環境改善していけばいいのか…悩みながらも環境関連の展示会や建築セミナーに足しげく通い、前職で身に着けた物理化学の知見と生来の探究心から建物の断熱・遮熱を学び続けます。そして5年が過ぎた2015年、転機が訪れました。
勤務先の近くに店舗を構えるガラス施工販売のプロ・中林靖貴さんと出会い、全国でもあまり例のない“賃貸マンションエコリフォーム”がにわかに現実味を帯びてきたのです。
Nさんがもっとも惹かれたのは「既存サッシを生かしてガラスだけ交換する工事もありますよ」という中林さんの言葉。「文字通り飛びついた」と振り返ります。
窓の断熱・遮熱化で西日を防ぐことが快適な室内環境形成のカナメと理解しつつも、工事コストに対する不安があったNさんにとって「ガラス交換はサプライズでした」
メーカーは広報が足りないよね、と笑顔でチクリ。
中林さんは「ガラス交換でマンションの西日対策をご希望と聞き、2種類のガラスを提案しました」
今回の窓リフォームで求められたのはふたつの性能。
ひとつは西日を防ぐ遮熱力。もうひとつは、建築基準法に基づいて防火地域に建つ建物に適用される“開口部の耐熱性能”です。
この条件に応えるエコガラスを熟考し、①真空ガラス②新しく出たマンション改修用エコガラス の2種を中林さんは採用候補に選びました。
真空ガラスは1997年以来多くの窓リフォーム現場で採用され、断熱・遮熱性能はお墨付きのエコガラス。耐熱面では金属網を入れることで条件をクリアしています。
一方、マンション改修用エコガラスは2015年に登場した新しいエコガラスで、採用実績は真空ガラスに遠く及びません。しかし耐熱強化ガラスを採用して金属網をなくし、すっきりした視界を実現しました。加えてマンションに特化したガラスとして高層階の風圧に耐えるという特長も持っているのです。
一長一短ある中で最後にNさんが選んだのは、マンション改修用エコガラスでした。なぜ? の問いに返ったのは「新しもの好きだからね(笑)」
前述した通り、賃貸マンションの窓リフォームはまだほとんど例がありません。そこに自らチャレンジし楽しもうとするNさんのスタンスが透けて見えるような言葉でした。
実は提案者の中林さんのイチオシもこちらでした。理由は隣接しているマンションにあります。
似通った外観のこの建物もNさんが所有・管理するもので、2年前に窓リフォーム。今回Fマンションで採用したエコガラスのメーカーが出していたアタッチメント付エコガラスが使われたのでした。
中林さんが着目したのは、その“色”です。
「2棟のマンションはデザイン的に統一されています。異なるメーカーのエコガラスを使って窓の色だけ変わったらバランスが悪くなる、と思いました」
賃貸住宅である以上、建物の見栄えは借り主に訴える要素になり得ます。美しい外壁タイルが生み出す瀟洒なイメージが空室を埋める一助となるのは、想像に難くないでしょう。
加えて金属網が入っていない窓なら「お部屋から周囲の緑豊かな風景が楽しめます」とうたい、賃貸物件としてのアピールポイントを増やすことも可能に。
住まい手による自邸窓リフォームとは違う、オーナー側ならではの視点がここにもあります。
工事は2015年から17年で3回実施され、それぞれ一日で完了しました。空室が出たときのほか、借り主が住んでいる状態つまり“居ながらリフォーム”も行われています。
施工対象はリビングと洋室に切られた2箇所のテラス窓。南西向きでベランダに面しています。窓はそれぞれ南北や東にもありますが「本当は全面やりたい、でもお金がないので少しずつ(笑)ひと部屋単位でも、だんだん周囲に話が広まっていけばいいと思っています」とNさん。
借り主さんが居ながらの工事はどうですか? と問うと「ベランダを片づけておいていただいたので、作業はやりやすかったです」と中林さんはにっこり。横からNさんが「家主がお願いすると、ちゃんと聞いてくれるんですよ」がつけたしました。
いわく“管理人や管理組合よりも、家主から直接依頼する方が借り主は協力してくれる”とのこと。経営・管理側からのリフォーム時には参考になる情報でしょう。「不思議なんだよねえ」笑いを含んだNさんの言葉に、一同思わず吹き出しました。
実際の断熱・遮熱効果はどうなのでしょう。
Nさんは真夏の空室を清掃するために入室した際、工事済と未工事の落差を身をもって感じたといいます。
「リフォームしていない部屋は入った瞬間の暑さが大変。急いで窓を開けて風を通しながら掃除しますが、汗がポタポタ流れます。ところが工事した方は閉め切った部屋のドアを開けてもちょっとモワッとしているだけで、暑さによる苦痛がない。窓を開けない方が快適に作業できるんですよ」
ひと足先にエコリフォームを終えた隣接マンションに入居している義理の娘さんにも、体感をうかがいました。今回の案件とほぼ同一の間取りの住戸に住んで約4年、エコガラス窓に換わってからの暮らしは2年目といいます。
「リフォーム前、ベランダ側の窓は夏も冬もカーテンを閉めていました。夏は西日が暑くてまぶしく、冬は寒さが厳しくて。今は時折、日差しがまぶしすぎるときだけレースのカーテンを引きます」とにっこりしました。
エアコンはリビングにある1台だけを使用。自動運転で夏場は28℃設定にしています。しかし「工事する前はリビングだけ閉めきって過ごしていました」
リフォームしてからは隣接する和室の引戸も開け、家族4人の寝室で涼しさを共有しているといいます。窓の断熱・気密力が上がり、部屋の冷気が外に逃げていかなくなったのでしょう。
「ゴーゴー回らないので、安心です」との言葉も印象的でした。
以前は常にめいっぱい回っていて、短時間の外出でもつけたままでは心配だったのが、今は同じ温度設定でも動作が穏やかになったそうです。スイッチを切って出かけても帰宅まで涼しさが保たれています、とも。
冬は窓辺の寒さがなくなって、空室の内覧で訪れた人からは「あったかいなあ」の声があがるといいます。新聞紙を貼って吸わせるほどだった窓の結露も、今は昔の話となりました。
Fマンションのエコリフォームは、賃貸集合住宅の在り方そのものに一石を投じる側面をも持っているように思えます。
長い間、日本の住宅政策は一貫して持ち家を推奨してきました。賃貸住まいは“通過点・我が家を持つまでの仮の宿”と見なされ、戸建や分譲マンションと比較してその住環境整備がなおざりにされてきたことは、論をまたないでしょう。
しかしNさんは「賃貸住宅にずっと住んでほしい」ときっぱり。
「生涯効率は持ち家よりも良いはずなんです。そのあたりを通じて賃貸住宅の良さを普及していければいい。持ち家至上主義を変える、そんな動きがあるなら参加していきたいですね」
国内のほとんどの賃貸住宅で、借り主が自室の窓を自由にリフォームすることは許されていません。ガラス交換はもちろん、仮に内窓がつけられても退室時には取り外して原状回復が求められます。
好みの家具は置けても、暑さ寒さや省エネへの影響が大きい開口部の改善はできない… このことは“賃貸に住んでいる限り住環境そのものをよくするのは不可能”という現状を示す一端ともいえます。住宅双六のゴール=持ち家にたどり着けない人々は、甘んじて受け入れるしかないのでしょうか。
建物オーナーがそこに着目し、住まい手本位の快適な室内環境をつくっていくことは、賃貸住宅を“仮の宿”から“終の住処”へと変貌させるひとつの要素になり得るでしょう。
それは新たな賃貸住宅経営モデルを生み出すだけでなく“住まいを所有しなくても心豊かに暮らせる”一見当たり前のようで、しかし長く実現してこなかったこの国の新しいライフスタイルを生み出すインフラとなるかもしれません。
そんな思いを抱かせてくれる、ぬくもりあるエコリフォームでした。