-神奈川県・S邸-
立地 | 神奈川県川崎市 |
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住宅形態 | SRC造7階建テナントビル内のオーナー住戸部分(1992年竣工) |
住まい手 | 夫婦 |
リフォーム工期 | 2015年1月より検討開始、 2016年12月工事完了 |
窓リフォームに 使用した主なガラス |
エコガラス |
川崎市溝の口界隈は、江戸中期に庶民の間で流行した『大山詣』の宿場町として古くから栄えたエリア。
Sさんは元禄時代からこの地に根づいてきた一族の末裔です。先祖から引き継いだ土地で営んできたテナントビルの中にある自邸を、建物の大規模修繕と合わせてフルリフォームしました。
かつてご両親がお住まいだった最上階を“高齢期を迎える夫婦の暮らし”を支える新たな住空間としてしつらえたのです。
リフォームを決めた当初の思いを「年老いていく者にとっての“良い住まい”といっても、なかなか難しい。でもわからないなりに考えてみると“暖かくて明るい・段差がない・風通しがいい”ことかな、と。あとは空を見るのが好きなので(笑)バルコニーが大切ですね」とSさんは振り返ります。
リフォーム以前の温熱環境についてうかがいました。
ご両親が住んでおられた当時のご夫妻は、ひとつ階下で窓の仕様が同じ住戸を住まいとしていました。真っ先に挙げた困りごとは「窓の結露です。ひどくて、毎日拭いていました」
さらに「西日がきつくて、父はまいっていましたね。遮光フィルムや遮光カーテンでもダメ。市販のすだれも使いましたが、強風時は不安でした」と、西日対策の手を尽くしておられたことも。
この経験から「エコガラスは知らなかったけれど、断熱はきちんとしたい」と最初から考えていたといいます。
これらの意向に奥様が希望された家事室とアイランドキッチンの設置を加え、リフォームの計画は植本俊介さん(植本計画デザイン一級建築士事務所主宰)に託されました。
当時を振り返って植本さんいわく「お施主さんにとっては最後のリフォーム。予算を頭に入れつつも、必要なことはちゃんとやりたい気持ちがまずありました」
コストアップがほぼ不可避のため通常は避けられがちな間取り変更もあえて俎上に載せ、設計の自由度を高めました。これは同時に、窓の配置や大きさも既存のくびきから解放されることを意味します。
“ゆったりと空を眺められる明るい家”をめざし、計画が始まりました。2015年のことです。
S邸の開口部には、建物自体のロケーションがよく反映されています。
敷地南側はすぐ脇に鉄道線路が走り、防音を考えれば大きな窓を取るには不向き。いきおいメインの開口は北側となり、建物の向きが多少振れているため西日も射し込んでくる…という状況です。
これを受け入れて対策しつつ“北側をより開く”ことを、植本さんは提案しました。
太陽が回ってこない北から入るのは、柔らかく安定した“間接光”です。
この性質を生かすため、天井を高くして室内全体に光を拡散させることにしました。
ここで求められたのが、大きな窓です。
リビングダイニングとデッキテラスの間には、3枚引きの掃き出し窓が2箇所つけられました。
どちらも幅3m、高さ2m超の大開口で、下枠に立ち上がりがなく室内の床との段差もないため、内と外は自然につながっています。「思わずバルコニーに出たくなる」とSさん。
採光と開放感の双方が実現され、同様の窓は隣接する寝室にも採用されています。
木製サッシの窓に入っているのはエコガラスです。
リビング2箇所は西日対策として遮熱タイプ、寝室では網入り仕様も求められたため断熱タイプが採用されました。外気の影響をやわらげる断熱性能+落ち着いた木の風合いが居心地の良さに直結するのは、想像に難くありません。
断熱面の強化は他にもみられます。外部からの熱の伝わりを遮断するため、ウレタンフォームの断熱材を天井と壁に新たに付加しました。
「ヒートブリッジをなくすために、梁形にも入れました」と植本さん。屋上からの熱の影響を受けやすい最上階であることを考えた、念入りな配慮といえるでしょう。
もうひとつの大きな改修は、水まわりでした。
「早く安く工事するには、水まわりの位置を変えないのが鉄則です。でも『せっかくだから使いやすくなるようがんばりたい』とご希望をいただいて…計画もやりやすかったです」と植本さん。
南面西側にあった水まわりを4mほど東に水平移動し、洗面と浴室は寝室とクローゼットに直結する配置にしました。
結果は「とても使いやすいです」と奥様もSさんも絶賛。リビングダイニングのような家の中の“半公共的空間”と、日常生活の基本スペースとが柔らかく分離されたため、来客時の気遣いが減るなどの利点も生まれました。
ガラスの壁で仕切られた洗面と浴室には、複層ガラス窓が全部で5つ、つけられています。「明るくてとても暖かいんですよ」と奥様。「洗面の場が明るいのはいいと思います。朝から違ってきますよね」植本さんがにっこりしました。
北側の狭い空間になんとか押し込むような扱われ方も多い水まわりですが、快適な暮らしのために果たしてくれる役割が決して小さくないことを、改めて思い出させてくれるお話です。
取材にお邪魔したのは2月の初め。エコリフォームした室内の体感はどうでしょうか。
「冬の朝は北風が強く吹くのですが、起床時の室温は17~18℃に保たれています」とSさん。
奥様は、エアコンの使い方が変わったと指摘されました。「以前は部屋の中にいる限り、常につけていました(笑)今は気がつくと『つけていなくても暖かい』という感じ。一度つければ、その後に切ってもずっと暖かさが続きます」
空がお好きなSさんは、起床後まず窓を開けるのが習慣です。とりわけ湿度が上がりやすい浴室・洗面・寝室は真冬でも全開して風を通すのが常とのこと。「風と季節が感じられますよ」
この習慣にずっとつきあってきた奥様は笑いながら「窓を閉めてからはもちろんエアコンをつけますよ。でも9時すぎにはもう切りますね。夕方になってやっと“ちょっと寒いかな”とまたスイッチを入れる感じです。日が当たれば暖かいですし」
リビングには床暖房も入っていますが、使うことはあまりないそうです。
年齢による暮らし方の変化を見据えたリフォームの経験者としてのアドバイスもいただきました。
「やはり、どこにどれくらいかけるか。予算配分が大切だと思います」
線路に面したS邸の南側には浴室・洗面から納戸、書斎が直線的に並びますが、どの窓も小さめのアルミサッシ複層ガラスで、北側の大開口エコガラス窓とは違う様相。断熱面をうかがうと、住まい手いわく「居る時間が少ないし、窓自体が小さめのせいか、結露もあまりないんですよ」
設計を担当した植本さんも「防火・防音面で開口を小さくした効果が出ていると思います」とうなずきました。
書斎の温湿度計の針も20℃を指しており、リビングとの温度差は見られません。
限られたリフォーム予算。自身の暮らし方を考えて優先順位をつけ、柔軟に考えることは大切なポイントのひとつでしょう。
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「新しくなった家は、きれいに住んだらもっと楽しい。そう思っています」リフォーム後の暮らしを笑顔で語るSさんは、水まわりの水栓をはじめとするステンレス器具をこまめに磨く習慣ができたといいます。
「コツコツと手をかけて良い環境を保つ、それに値する住まいになりました」
はじけるような笑顔で「お料理のやる気が出て、キッチンに立つのが楽しくなりました。散らかっていてもそう見えないし」と話してくれたのは奥様です。
リビングが一望できるアイランドキッチンは、両脇にスペースがあり大人数の来客にも対応しやすい動線。しばしば友人知人が集まるパーティー空間になるというリビングの主役といえる存在感を放っていました。
「窓が大きくて天井が高い家は、気持ちがいいですよ。そして暖かいこと。暖かさは気持ちをゆったりさせてくれますね」
かみしめるようにおふたりが語ってくれた言葉に、新たなライフステージを迎える暮らしと住まいの関わりについて、無言の示唆を与えられた気がしました。
* ヘーベシーベ:引違い窓をハンドル操作でコントロールすることで、大きくて重い掃き出し窓なども軽快に開け閉めでき、気密も保てるサッシ機構