窓から快適、リフォームレポート -千葉県 N邸-
立地 | 千葉県山武郡芝山町 |
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住宅形態 | 木造平屋建(江戸中期竣工) |
住まい手 | 夫婦+子どもひとり+両親 |
間取り | 3LDK+和室(母屋) |
建築面積 | 185.91m2(母屋) |
リフォーム工期 | 2011年8月 |
窓リフォームに使用した主なガラス | エコガラス・複層ガラス |
田園風景の中を大型旅客機が轟音を立てて飛んでいきます。N邸は成田空港のすぐ近く、飛行機進入路の直下に位置しています。
茅葺きの大屋根がかかるこの家が建てられたのは江戸中期。広い土間と大黒柱、縁側を持つ伝統的な日本の農家として、二百年もの間、住み継がれてきました。
改修話が持ち上がったのは、2002年のサッカーワールドカップ開催に合わせて空港のB滑走路が使われるようになったとき。
「やはり一番大きなきっかけは騒音ですね。進入路の真下なので、飛行機が飛ぶたびにテレビも電話も途切れてしまう」とNさんは振り返ります。
ほかにも、床板の隙間から入り込む冷気、現代の暮らしに合わない間取り、防音用サッシの重さを支えるため土台に補強が必要になるなど、解決しなければならない要素は多く「トータルに考えて、大改修しかないかなと思いました」
もうひとつ、Nさんの背中を押したのは「この家を残してほしい」というご長男の言葉です。
「防音や省エネだけ考えれば、平屋で50坪の広さなんていらないんです。でも、この屋根を残すとなると構造的に減坪が無理なので、お金もかかるんですね」
掃除も大変、工期も長い…悩みつつも、最終的には「残せるなら残した方がいい」が、Nさんの下した決断でした。
防音・断熱・耐震。現代の住宅に不可欠の技術と伝統家屋を融合させる「古民家エコ改修」は、Nさんの大学時代の同級生であり、多くの古民家再生を手がけてきた倉敷建築工房の大角雄三さんが設計を担当し、2011年8月に完了。
計画の立案から、8年の月日が流れていました。
改修では、建物の骨組みである柱・梁と土壁、茅葺き屋根がほぼ残されました。基礎は打ち直し、土台を補強したものの、厚い床板は再利用。真っ黒にすすけていた土壁も、上から塗り重ねて往年の姿に戻しています。
同時に、従来のたたずまいを壊すことなく、現代の暮らしに合わせて多くの変更もなされました。
天井は一部を残してはがし、リビングダイニングや茶の間は小屋組をあらわしにして、その上に半透明のプラスチックシートを張りました。屋根につけられた天窓からの明かりを通す「光天井」としたのです。
縁側と窓は、形はそのままに建材だけを新しくしました。縁側は地松とカンボ松が張られ、サッシは増築した水まわり部分も含めてすべて交換しています。
窓ガラスについては「防音が第一でした」とNさん。
建物の防音には空港と自治体による助成があり、新築・改修を問わず<窓には厚さ5ミリのガラスを入れること>が規定のひとつとなっています。
これを念頭においたうえで「省エネを考えるとLow-E複層ガラスかなあ、と。でも窓が多い家だから、全部入れると金額的には厳しかった」
最終的には、5ミリ厚のガラスを使ったエコガラスを南面と西面の窓に、北と東は同じく5ミリ厚の複層ガラスを採用。天窓は網入りガラスを加えたトリプルガラスとなりました。
サッシなしのFIX窓も、そこかしこに見られます。
これは、開口部からの騒音の侵入をできる限り減らしたい住まい手の思いと、<伝統的な日本家屋としてアルミサッシはなるべく入れずにおきたい>という設計者の思いが一致した結果生まれた、N邸の特徴ともいえるでしょう。
刻んできた歴史を尊重しつつ、現代のライフスタイルを受けとめ支える家へ。過去と未来を融合する大規模改修です。
改修後、メインスペースは茶の間とリビングダイニングの2部屋になりました。
ご両親が過ごす茶の間の配置は改修前とほぼ変わらず、障子を開ければ外の様子も手に取るよう。光天井の効果で、昼間は照明要らずの明るさとなっています。
その隣が家族で食事をし、くつろぐリビングダイニング。ダイナミックな小屋組と暖炉、大テーブル、漆喰の壁を持つ、この家の象徴ともいえる空間です。
この2部屋を中心に、東に客間、北側にはご長男の部屋とご両親の寝室。これらの居室を縁側が取り巻く配置は、二百年前と変わらないN邸の<住まいの風景>です。
強い北風が吹き、外気温は-5℃まで下がるなど、冬場のN邸は首都圏近郊としては比較的厳しい気候条件にさらされます。
一方、夏は昔から、周囲の田んぼをわたる風が開け放った窓を通じて家の中を通り、過ごしやすい季節でした。
ところが今では飛行機の騒音で窓を開けることがなくなり、終日、家中を閉め切ってエアコンを回す暮らしが不可欠となっています。
このような環境の下、床面積約60坪の、天井が高く気積の大きい家で、冬も夏も快適に過ごすためにはどうしたらいいのでしょうか。
その答えとなる技術と知恵と工夫とが、N邸にはつまっています。
N邸の外皮(居室を囲む縁側のまわり)は、実は<ほぼ窓>。「ここだけで普通の家1軒分ぐらいの面積かな」とNさんが冗談まじりに言うほど、一部の耐震壁を除いてすべて窓です。キッチンまわりや母屋と離れを結ぶ廊下も、目立つのは壁より窓と、大屋根の下はガラスで覆われた家なのです。
改修にあたり、防音の次にNさんが重視したのは、この状態を前提とした<夏の快適さと省エネルギー>でした。
騒音防止のため、夜間以外は開口部を一切閉め切るN邸では、まず外気の熱を室内に入れないことが肝要。熱気を遮断した上でのエアコン調整が省エネにつながります。
この考えのもと、南中時の直射日光や西日を受ける南面・西面の窓には遮熱型のエコガラスが採用され、日射の影響が少ない東・北面は、コスト面も考えて複層ガラスが選択されたのです。
「夏場は常に冷房を回していなくちゃならない。そのランニングコストを考えなければならないんです」とNさん。
朝6時から23時まで、天候不順の時はそれ以降も飛行機の離着陸がある成田空港直下の土地ならではの事情が、そこにありました。
しっかり閉じられ、外皮で遮熱された室内は、通常2台のエアコンの運転で真夏も快適さが保たれています。
一方、冬場で活躍するのは、約4mの天井と広い床面積の大空間を効率よく暖める<暖炉>。「朝晩これをつければ、3部屋くらいは回りますよ」とNさん。
桟だけの建具と、梁の上で空間がつながっていることから、暖炉の熱は茶の間にもよく伝わり、あとはこたつがあればご両親が過ごすのに十分な暖かさになるとのこと。さらにふすまを開ければ、茶の間の向こうの客間にまで熱は回るそうです。エコガラスの断熱力で、熱が外に逃げることもありません。
一年を通して建物の内と外とを外皮で遮断し、熱や冷気は室内でしっかり調整する…N邸の空調管理の基本は、ここにあるといえるでしょう。
快適な暮らしをつくるのはエコガラスだけではありません。先人の知恵と工夫の数々が、N邸の室内環境を支えています。
厚さ70cm超の茅葺き屋根の断熱・遮熱力はもとより、熱容量が大きく、断熱材として近年見直されつつある伝統的な土壁も部屋の温度や湿度の安定に役立っています。縁側と室内を隔てる障子も「和紙一枚でかなり違う」とNさんも実感する断熱・遮熱力を発揮しています。
もっと言うなら、縁側空間そのものがN邸の断熱層。「普通の家なら壁で直接外に面するけど、ここは縁側自体が空気層の厚みの雰囲気(笑)その外側にエコガラスや複層ガラスが入っていますからね」
実際の省エネ面はどうでしょうか。
改修前まで、冬の暖房は「茶の間は石油ストーブと石油ファンヒーター、炭の掘りごたつ。収穫した根菜を乾かすために、土間には石油ストーブを2台くらい置いていました。隙間だらけで面積が広いから、それくらい焚かないと間に合わなかった」
現在の茶の間は、エアコンはあるものの「乾燥するから」とご両親はあまり使わず、普段はこたつとリビングの暖炉で十分といいます。
リビングダイニングは暖炉と床暖房がメイン。暖炉が安定するまで、朝晩それぞれ1時間ほど補助的にエアコンを使っています。
重視された夏の冷房は、全部で4台のエアコンが担います。とはいうものの、ご長男の部屋や寝室での使用は一時的で、通常は「リビングと茶の間の2台でとりあえず回ります」とNさん。
さらに気候のいい春や秋は、窓は開けないものの、暖冷房器具はあまり使わずに過ごせるそうです。
結果、家電や照明までオール電化のN邸の消費電気料金は、冬場(2011年11月~翌年2月)の平均が2万3000円弱、夏場(2011年6月~9月)は1万5000円弱。太陽光発電の売電分を差し引けば、さらに安くなっています。
離れも含めて74坪の建物で使われる全電力料と考えれば、その省エネ度はかなりのものといえるのではないでしょうか。
長い年月と、決して低くはないコストをかけて、先祖から受け継いだ古民家を現代の省エネ住宅としてよみがえらせたNさん。「夕食後に、リビングで暖炉の火を見つめながらくつろぐのが楽しみ」といいます。
取材の合間には、さらりと一言「エコガラスも夏と冬で逆使いできたらいいのにね(笑)FIXにして、サッシで回転させてカチャンとはめ込めるようにすればできると思うんだけど」。生活者の視点とプロの建築士の感覚が融合した、ありそうでなかったアイディアに、はっとさせられた瞬間です。
インタビューの間じゅう、頭上でかすかに響き続けた飛行機の音とともに、忘れがたい取材となりました。