窓から快適、リフォームレポート -長野県 S邸 戸建て-
立地 | 長野県北安曇郡白馬村 |
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住宅形態 | 木造一戸建(1932年竣工/1956年第1回改修/1966年第2回改修・増築/1980年第3回 改修・増築) |
住まい手 | 母+夫婦+愛犬1匹 |
間取り | 5LDK+和室 |
リフォーム工期 | 2008年7月~12月 |
窓リフォームに使用したガラス | エコガラス |
青い空を背景に輝く、雪をいただいた山々。長野県白馬村は、飛騨山脈(北アルプス)北部の名峰・白馬(しろうま)岳のふもとに位置しています。日本の民宿発祥の地といわれ、夏は登山、冬はスキーと半世紀も前から数多くの観光客を迎えてきました。そんな歴史が育んだ「おもてなしの心」が今も人々の中に色濃く残るまちです。
今回訪ねたSさんが娘さん夫婦・愛犬とともに暮らす家からも、アルプスが一望できます。竣工当時は茅葺だったというS邸は、雪国の風雪に耐え、養蚕から民宿経営へと家業の移り変わりとともに姿を変えながら、77年のあいだ家族を守ってきました。
床や屋根の傷みがすすみ、民宿の廃業も決まり、不要な部分はなくして暖かい家をつくろうと考えたとき、解体・新築ではなく改修を選んだのは「おばあちゃんが大事にしてきたこの家がなくなってしまうのは申し訳ない」というSさんの強い思いがあったから。 5ヶ月をかけての工事が行われたのは2008年のことです。
S邸のエコリフォームは、曳家をして基礎や土台にも手を入れる大改修になりました。
竣工当時の躯体のみを残し、民宿時代に建て増した居室群や設備スペースはすべて撤去。土壁を取り去った壁面に新たに断熱材を入れ、畳中心だった床は和室以外はフローリングに張り替えました。窓ガラスや水まわりの設備も総入替し、パッシブなソーラー冷暖房システムも取り入れています。
工事が終わり、最初に建てた時とほぼ同じ大きさに戻ったとき、家は「小さく暖かく、より居心地のいい住まい」へと変身していました。
サッシごとエコガラスに交換された窓と新しい断熱材、さらにパッシブ冷暖房を取り入れた改修後の冬は、体感する寒さも消費エネルギーもまったく違っていたといいます。
「以前は各部屋ごと、廊下でも1日中ストーブをたいていました。改修した後はリビングのストーブ1台を朝と夜それぞれ2~3時間たくだけで、室温は15度以下になりません」とSさん。スキーのメッカとして日本有数の積雪量を誇り、真冬の外気温はマイナス7~8度まで下がる白馬村での話です。
民宿を営んでいた頃には、ストーブやボイラー用にひと冬で400リットル入りのドラム缶を6本使っていた灯油も、改修後の使用量は1本程度になりました。
冬だけではありません。標高差と四季を通じて吹く北からの風の恩恵とで避暑地としても名高い白馬村の夏は、北側の窓を少し開けていればクーラーいらずのさわやかな気候。しかしこの夏、S邸では真夏も窓を閉めたままだったそうです。
Sさんいわく「閉めておいたほうが、家の中がけっこう涼しくて快適なんです」とのこと。その言葉を引き取るように「土蔵みたいに、室内温度がいつも一定になるんですよ」と語ってくれたのは、改修を担当した美登利屋工務店の森さんでした。
エコガラスは冬の冷気はもちろん、夏場の熱気も遮断するため、四季を通じて窓から室内への熱の出入りそのものが軽減されます。そこに断熱を高めた壁とパッシブソーラーの効果が加わって、外が吹雪でも真夏日でも家の中はほとんど影響を受けない空間となったのです。
80年もの時を生き抜いてきた家に、現代の建築・建材技術が新たな快適さを吹き込んだといえるでしょう。
昭和30年代からスキー民宿を営んできたSさんにとって、営業をやめた今年は初めての「ゆったりした冬ごもり」です。「部屋が暖かくなると、身も心もなんとはなしに余裕が出てきて、いいですね」大きなガラス窓ごしに外の景色を楽しみながらゆっくりと何かやってみたい、と微笑みました。
その一方で今回の改修は、現在ではなかなか見られなくなった太い大黒柱や梁、本格的な和室など、旧い家に刻み込まれた歴史をできる限り残す努力がなされています。
長年の汚れが染み込んだ木肌を丹念に洗い、穴があいたところは埋め、低めだった床下は高さを調整しました。傷んだ梁を新材に交換する際も、輸入材ではなく長野県産のカラマツ材を選んでいます。施工の陣頭指揮をとった森さんは「大工が材木を現場で手刻みして、全部合わせていったんですよ」。
ていねいな仕事でよみがえった柱や梁は、リフォーム後の家に独特の風格を与えています。
床材や壁、吹抜けの階段や手すりなど内装の多くが新しいにもかかわらず不思議な落ち着きが感じられるのは、長い時を経たものが放つ重厚な存在感・空気感が家全体を包み込んでいるからかもしれません。
「建築は時代を反映する、だから楽しい。歴史の生き証人なんですよ」森さんの言葉は、昭和初期から現在まで、時代と家族の歴史を見つめてきたこの家をそのまま表すようでした。
そして今回のエコリフォームは次の1章の始まり。Sさんとご家族の新しい暮らしを支える快適なシェルターとして機能を発揮しつつ、積み重ね守られてきた家の時間と記憶に新たなページが加わっていきます。
「昔の人にとって、大きな家は望みというか、願いだったんですね。でも今は、余分なものは取って家が小さくなるのはいいことだと思います。暖かいし」家族総出の養蚕業からたくさんのお客が出入りする民宿、そして3人+1匹の暮らしへ。時代とともに拡大し、今また元のスケールに戻った住まいへの、Sさんの深いまなざしです。
不要なものは省き、エネルギー消費を抑える工夫と技術を駆使し、身の丈にあわせて豊かに暮らす――未来へ向かうエコのあり方のひとつではないでしょうか。
家族の歴史と最新技術と。旧さと新しさを内包して穏やかに佇む家を、白い山々がやさしく見守っているようでした。