事例紹介/リフォーム

高窓のある吹抜けの家で
心大きく住まう

埼玉県・I邸

Profile Data
立地 埼玉県さいたま市
住宅形態 木造軸組2階建
住まい手 夫婦+愛猫
建築面積 156.92m2
延床面積 189.10m2



今月の家を手がけた建築家:金海純二(一級建築士事務所 住環境計画)


新築のきっかけは東日本大震災

俯瞰で見るI邸。前面道路から最奥に建物を配置し高さも抑えたため、実際のボリュームよりも小ぶりで穏やかな印象がある。緑青を吹いた屋根がかかる木戸はお父様の代からあったもの。両脇にモミジとマツのシンボルツリーが立ち、来訪者を迎えてくれる

さいたま市の北部は、副都心らしい利便性に加えて、周辺部には河川や市民公園などの豊かな緑も点在するエリアです。この地に長く暮らしてきたIさんご夫妻は2014年、眼科医師だったお父様の病院を新しい住まいに建替えました。

「病院は昭和40年代に建てられた鉄骨造で、閉院後は倉庫になっていました。リフォームするか建替えるかで悩んでいたときに東日本大震災が起こり、大きくダメージを受けて、新築するしかなくなったのです」当時は同じ敷地内の小さな家に住んでいたというおふたりは、新築のタイミングをこう振り返ります。
以前から相談していた金海純二さんに、そのまま新築住宅の設計を依頼しました。

住まい手が願ったのは“明るく、風通しよく、うるさくない家”。吹抜けのリビングに加えて趣味の音楽室と茶室をつくり、さらに敷地内に立つ2本の樹木と屋根付きの古い木戸を残したいと伝えました。防音を希望したのは、敷地にほど近い鉄道線路の音にずっと悩まされてきたため。

ここに耐震・安全・防犯・省エネそして快適性を付加して、金海さんは設計に取り組んだのです。


高窓と吹抜けのある家は、その基本に風水の考え方も

全面を吹き抜けにしたリビング。高窓から落ちる光が、職人の手で塗られた本漆喰の白壁に拡散し明るい。耐震強度を上げる2本の梁も壁と同様に漆喰で覆われ、どこか教会建築を思わせる雰囲気
玄関ホールから直接和室に続く内路地には地窓が切られ、茶庭を思わせる緑の風景を取り込みながら足下を照らす
キッチンの上げ下げエコガラス窓からは庭の緑がよく見える。青色で統一された空間は“東の青龍”という風水の考え方を取り入れたもの

梅雨入り少し前に訪れたI邸は、1階中央のリビングダイニングを中心に、周囲を水まわりや和室などで囲むプランでした。

天井まで5m半ほどもある吹抜けのリビングは高窓が並び「心が大きくなる感じ」という奥様の言葉どおりにのびやかな雰囲気。
北側には床の間のある和室や茶室、レッスン室など趣味性の高い空間が並びます。和室には玄関から続く内路地を通って、リビングを通らず直接入室が可能。お茶会を想定した工夫でしょう。

キッチンや浴室などの水まわりが集中するのは東南側です。
パントリーや勝手口もあるユーティリティエリアがここに配置されるのはあまり聞かないため、理由を尋ねると「風水の考え方ね」と奥様。漢方に造詣が深い奥様と、家相にも詳しい金海さんが文字通り“あうんの呼吸”で決定したそうです。

高窓が頭上に並ぶ階段をのぼると、2階はつくりつけの低い書棚とカウンターがあるホール、寝室、収納そしてルーフバルコニー。ファサードを低く抑えて落ち着いた印象のある外観とは裏腹に、ゆったりとしたスペースが広がっていました。

では、この家の窓を見にゆきましょう。


東西南北に大小さまざまなエコガラス窓

2階ホールからの眺め。リビングに光を落とす南の高窓は中央にFIXの連窓、両脇にオーニング窓を配置し、装飾性も感じられる。天井に並ぶのはタモ材のルーバーだ。「床と天井の間を行き来する音が響きすぎない工夫です」と金海さん。かつて建材メーカーに勤務し防音技術を極めた異色の経歴が、機能をデザインへと美しく昇華させた
3枚引きの掃き出し窓と三連窓が並ぶ、リビングダイニングの開口。大きな軒のかかったウッドデッキは、庭でさまざまなハーブを育てる奥様の作業場でもある。愛猫用の猫窓も設置
三角形の“吹抜け”から、キッチンの窓に光が落ちる
タイル張りの浴室は東と南の2面採光。天井の浴室暖房がヒートショックの不安を解消する
和室の雪見障子越しに見る広縁。内路地は玄関からここにつながっている。3枚引き掃き出し窓の外には石庭がしつらえられていた

I邸の窓はすべてエコガラスで、1階には防犯要素も加えています。

メイン空間であるリビングダイニングには全部で9つの窓。南・東・西の3面に切られた高窓がたっぷりと光を落とし、白を基調とした空間を照らしています。十分な採光が確保され、日中は照明要らずとのこと。
高窓は床から4m超の位置にあるため、一部を除いて開け閉めとカーテンは電動にし、就寝時はすべて閉じて休みます。

南にはデッキテラスにつながる掃き出し窓と、ダイニングテーブルに光を入れる上げ下げ三連の出窓。大きく出された軒のおかげで強い日射はカットされ、雨風の日も安心です。

キッチンの窓もダイニングと同じ並びですが、ここには不思議な明るさがあります。見上げてみると軒の一部が切り抜かれ、その先に青空が見えました。この“屋外の吹抜け”は、デッキに実のなる植物を育てようと奥様が希望され、設計者が応えたもの。軽やかな遊び心がうかがえるディテールです。

東南端では洗面・トイレ・浴室がほぼ一室空間をなし、多様な窓が使い分けられていました。
浴室は突き出し窓やFIX+片引き+コーナーの出窓、トイレはくもりガラス。どれも大きめで、ユーティリティコーナー特有のプライバシーは守りつつ明るさや通気をきっちり確保することを念頭に置いたとうかがえます。

これと対照的なのが、北面に並ぶ趣味室群でしょう。
レッスン室はバンド練習用の防音室仕様で、窓はつくらずガラスブロックによる採光を選択しました。

床の間の明かり取りや仏壇スペース、茶室水屋の開口は、どれも地窓のように低い位置に小さく切って障子をつけました。単純な明るさとは別の機能が求められたことがわかります。
それを補うように和室の採光は広縁の掃き出し窓が担当し、障子も雪見となっています。

2階に上がると、居室は主寝室のみ。ルーフバルコニーに面したテラス窓と上げ下げ窓、さらに北にも窓がある三面採光です。
ただし枕元の1箇所は「シャッターもめったに開けません」3階建てのお隣が思いのほか近く、加えて採光や風通しにも大きな影響がないのがその理由、とのことでした。


通気と遮蔽。窓を上手に使い、夏涼しく冬暖かい室内

和室の一角にある仏壇スペースに切られた北向きの地窓。1m角に満たない開口だが、実は夏期の通風の主役だ。ここから流れ込む風がリビングを通って南のテラスまで抜け、エアコン要らずの室内環境をつくる
軒の出は2m以上あり、日中の日射をがっちり遮る。リビング南面の三分の一はあえて開口にせず耐力壁を入れて耐震性能を高めた。それでも、高窓も備えたリビングの採光に問題がないのは前述のとおり。設計者の緻密な計算と決断が安全性と快適さを両立させた
北面壁に1.7×1.6mのガラスブロックが入ったレッスン室。バンド練習のほか、ご夫妻共通の趣味であるゴルフの練習場としても活用している。上部にある寝室の天井高を確保するため床レベルを下げており、夏は地下の冷熱の影響で涼しい。「風呂上がりはここで音楽を聴きながら涼んでいます」とIさん
ルーフバルコニーから見るリビングの高窓。中央のFIX窓を挟んだ2枚の縦滑り出し窓という構成

暑さや寒さに代表される室内の快適性について、聞いてみました。

「夏は風通しがいいので、よほど暑くない限り日中はエアコンを使いません」
和室と水屋とに切られた地窓・勝手口・1階南側の窓を開け、さらに室内扉を開放すれば、北からの風が気持ちよくリビングや水まわりを通り抜けていきます。

日射熱も気になりません。朝と夕方は高窓から日が入るものの、エコガラスの活躍で「感じるのはまぶしさだけ」。日中の強い日差しは深い軒が遮るので室内には入ってこないとのこと。金海さんの狙い通りでしょう。

夜、Iさんの帰宅後はリビングのエアコンをつけますが、就寝前にはスイッチオフ。窓もカーテンも閉め切れば「翌朝までひんやりしています」

反対に熱がたまりやすい2階は、日中は閉め切ります。「夜になったら窓を開け、外気を取り入れるんですよ」とIさん。
気温が高い時間はエコガラスや壁の断熱材で断熱し、日没後涼しくなったところで外気を取り入れて室温を下げる。これは、夜間の冷気を利用して建物の躯体を冷やす“ナイトパージ”という省エネ手法にも似たやり方です。

そして就寝前に全部の窓を閉め切り、寝室のエアコンを少しだけ回してスイッチオフ。これで翌朝までしっかり冷気を保ってくれるそうです。
暑さで目覚めることもありません。

寒い時期はどうでしょうか。
首都圏の一部を形成しながらも“気温は都心より3~4℃低い”というこの土地の冬も「使うエアコンはリビングの1台、しかもエコ運転で朝だけ。朝食後は暑くなるので切っちゃいます。床暖房もありません」

日中は膝掛けとリビングに置いたコタツのみを使います。
「和室はスースーしますが、引戸を閉めればリビングはまったく大丈夫。キッチンも寒くありません」と奥様。エアコンをつけている間に寝室の扉を開け、上へのぼる暖気を取り込んでおくという“コツ”も披露してくれました。

吹抜け空間は寒いという定説もここでは覆され、たくさんの窓にも結露は見られないとのこと。
さらに、冷えやすい浴室やトイレには浴室暖房を設置してヒートショックの不安を解消し、雪の降る日も安心・快適な家となりました。


修正を重ねて、より豊かな住まいに

仲良くソファに腰掛けるご夫妻の背後には、ガラスの腰板が回っている。窓辺に置かれたガラスのダイニングテーブルがカラーイメージの源泉
申し分ない陽当たりのルーフバルコニーはその反面、床から室内への照り返しを生む。I邸では簾リフォームでの対応を選択した
床の間の明かり取りは東向き。障子を閉めても光が強すぎるため、外付シャッターでリフォームすることに。「住んでみないとわからないことがあるんですよね」
幅2.6m高さ2mと和室広縁の掃き出し窓は大きく、3枚引きにしても「やっぱり重いですね」と奥様。2枚のガラス・中間層・Low-E膜で構成されるエコガラスに、I邸では防犯ガラスが加わっており、全部で3枚のガラスが入っているからだ。面格子が不要となる一方で、こういった一面があることも覚えておきたい
建具、食器棚など、I邸ではそこここでステンドグラスを目にする。これはキッチンと浴室の間の明かり取り窓の一角にはめられたもの。お父様がカトリック教会の聖歌隊で指揮をしており、信者ではない奥様も幼少時から教会に親しんでいたとのこと。「ガラスは憧れです」と微笑んだ

I邸は“ガラスの多い家”です。窓はもちろん、愛猫のツメトギ対策として設計者が提案したのはガラスの腰板。「店舗ではよくありますけどね」との金海さんの言葉どおり、住宅ではあまり見かけない内装ながら淡いグリーンがしっくりとなじんでいます。

そういえばキッチンまわりやソファー、浴室や寝室の壁も青~緑色系が多い気が…奥様に問うと「最初にガラスのダイニングテーブルがあって、それを基本に色を決めていったからかな」とにっこり。
「この家に暮らすようになって、ガラスは冷たいというイメージが払拭されました」こちらはIさんの言葉です。

暮らしていく中で、窓に関する“改善点”も出てきました。

I邸のルーフバルコニーは半透明の手すりに囲まれ、明るく開放感がありながら洗濯物は外から見えないスグレモノ。しかし十畳ほどもある床に差す日射が強い照り返しとなり、テラス窓を通じて寝室に入って、エコガラスでも防ぎきれない熱を招いてしまうことがわかりました。
そこで金海さんは小さなリフォームを提案。夏を迎える前に、窓の外側に簾用の取付金具を設置することになりました。

同様に、床の間の明かり取りの“明かり”が強すぎるのも発覚。
「本来は掛け軸の文字が読めるか読めないかくらいの光がいいんですよ」と、茶道をたしなむIさんが笑いながら説明してくれました。こちらもリフォームでシャッターをつけることに。

また、奥様いわく「テレビを窓側に置けばよかった」。
リビング南の掃き出し窓と連窓からは庭の緑が見渡せるのに、テレビを見るにはそちらに背を向けなければならず残念、とのこと。「つくづく、窓があっての植木だなあ、って思ったんですよ(笑)」
次の模様替えは、テレビの位置が基準になるかもしれません。

家は竣工=ゴール、ではないはず。I邸のように気づいたところから手を入れ、暮らしに合わせて修正していくことも、豊かな住まい方のひとつではないでしょうか。
窓と住まい手が手を取り合い、さらに快適で居心地のいい我が家に向かって歩んでいく… そんなイメージがふと、わいてきました。



取材日:2017年6月11日
取材・文:二階 幸恵
撮影:渡辺洋司(わたなべスタジオ)

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