北海道・T邸
札幌市の中心部から西へ約5km、円山公園や大倉山ジャンプ競技場のある住宅地に、T邸は建っています。
「反対側に家がなく、視線を遮るものもあまりない、山のきわなどを探しました」という敷地は、円山原始林や北海道神宮所有地などの豊かな樹林帯から札幌市街地の街並までが見渡せる眺望です。
この土地で〈外の自然と室内がつながれる家〉をつくりたい。Tさんご一家の希望を受けて家づくりのパートナーとなったのは、北海道に根付いて設計活動を続ける遠藤建築アトリエでした。
寒さ厳しい気候風土の下、一年を通じて内と外とがつながる住まいをめざし、できあがったのは、大きなガラス窓と吹抜けを持ちながら高い断熱力を備えた暖かい家。
2014年春、札幌市街のマンションを出て、家族3人の新たな暮らしが始まっています。
2階LDKの大開口は、T邸最大の特徴でしょう。リビング正面から吹抜けの階段を経てダイニングスペースまで、東側のほぼ全面が窓になっています。
両脇にテラスに出られるドアがあり、階段踊り場に回転窓がつく以外は一見するとそのまま外部のよう。設計者が名づけた〈宮の森SKYHOUSE〉の愛称どおり、建物ごと空中にあるような浮遊感をおぼえます。
正面の山はジャンプ台も見え「四季ごとに彩りが変わってきれいです。開放的な眺望で、リビングにいるとすごく癒されますね」とTさん。「キッチンに立っていても、顔を上げると山が見えていいですよね」と奥様もうなずきました。
薪ストーブのある1階土間にも大きな窓がつき、緑の風景とつながっています。アウトドアが趣味のご夫妻は「外遊びの道具がすぐに持ち込めるし、スキー板のメンテもできる場所です」
ストーブは上部で調理ができるものを選びました。冬場、火が入ったときには「ピザやアップルパイを焼き、絨毯でゴロゴロしつつリビングのように過ごしています」
家にいながらファミリーキャンプも楽しめる第2のリビング、そんな使われ方もされている土間空間。設計担当者のひとりである遠藤建築アトリエの長谷川拓也さんは「敷地の環境を生かし、札幌に住みながら自然に近い生活ができる、そんなイメージで設計しました」とにっこりしました。
眺望を取り込む大開口は、寒さ厳しい土地ではリスクをともないます。室内と屋外の間でもっとも激しく熱が出入りする箇所は窓。眺めがいいかわりに寒さの我慢を強いられる、そんな家になりかねないのです。
T邸の室内環境設計について、長谷川さんは「大きな開口でも絶対に寒くない、結露もさせない、冷たい空気を室内に入れない。大きい窓に必要なことをすべてやりました」と力をこめました。
ガラスはガス入りのエコガラスとトリプルガラスに限定され、窓枠は木製と樹脂製。形式は浴室1箇所を除いてFIXかすべり出し、あるいは回転窓にして気密を確保しています。
リビングの窓際では、フローリングの床にガラリが走っています。中には温水を通す放熱器が仕込まれ「ここから窓のコールドドラフト*を引き込んで暖め、室内に戻します」
窓際によくあるヒンヤリ感や結露を防ぐ配慮です。
窓そのものの高い断熱性能で熱の出入りを遮断するとともに設計面での工夫も加え、大開口を備えながら寒さにも結露にも無縁の家となりました。
さらに、日差しをうまく取り込むことで、大きな窓は暖房機器の役割も果たします。
冬の日、T邸のリビングでは、低めの太陽がたっぷりと日差しを与えてくれます。日射がじかに当たることで室内の床や壁を暖めるこの〈ダイレクトゲイン〉は、代表的なパッシブエネルギ−。外の冷気をシャットアウトしつつ光は通すエコガラスの、得意分野のひとつでもあります。
その一方で、夏場の日射熱は暑さの元凶。札幌でも盛夏は気温30度を超える日があり、強い日差しが降り注ぎます。
T邸2階では東面と南面に900mm超の庇をつけ、高い位置を回る夏の太陽光が窓から室内に入り込まない配慮がなされました。
結果、真夏もエアコンは使わず、窓を開けて風を通すだけで過ごせる室内に。札幌の気候や敷地標高はもちろん、日射遮蔽の効果が感じられます。
太陽が低くて庇の効果が出ない朝のみ、ロールスクリーンが下ろされます。「熱を感じるからではなく、まぶしさ防止ですね」とTさん。
ガラス面に直接日射が当たる時間帯には、ブラインドやすだれなどの遮蔽物で快適さを保つ。エコガラスを上手に使いこなした一例といえます。
開口部以外にも、暖かい家づくりへの工夫が随所で見られるT邸。ストーブの煙突を抜くため、寒くなりやすいといわれる吹抜けを躊躇せず採用したのもそのひとつです。
長谷川さんいわく「弊社の設計は吹抜けが多いんです。考え方としては、家全体を断熱材でしっかりくるみ、ひとつの四角い建物として室内環境を均一にする。吹抜けの有無は関係なく、1階も2階も温度は変わりません」
外張り断熱工法のスタンダードな考え方でしょう。
暖房機器にはガスのパネルヒーターが選択されました。シンプルな矩形の建物平面にバランスよく配置して24時間稼働し、家全体を均一に暖めて一定の室温を保っています。
断熱材は、壁は厚さ100mmのグラスウール+50mmのFP板の付加断熱。天井裏にはグラスウールを吹き込みました。さらに基礎断熱も行って、建物を上から下まで丸ごと包み込む状態に。
「下の市街地から帰ってくると、ここは1~2℃違うと感じます。雨が雪になっていたりするし(Tさん)」という、札幌市内でも厳しい寒さにさらされる土地柄に配慮し、徹底した断熱が施されたのです。
そもそも〈寒くない家〉は、子どもの頃古い家に祖父母と同居してとても寒かったと語る、札幌育ちの奥様がとくに望んだ要素でした。
マンション住まいの頃の口癖も「寒い寒い」だった伴侶が、この家にきてからは「寒いって言わなくなったよね」とTさんは笑います。
そのTさんの足元は裸足。駆け回る3歳の息子さんも同様で、年間を通して変わらないそうです。床暖房はキッチン部分だけといいますから、室内の暖かさが想像できるというものです。
薪ストーブも気になりますが「設計では薪ストーブの性能は暖房計画に入れていません」と長谷川さん。
Tさんいわく「実質的な暖房機器として考えると、焚くのも薪の調達も大変になると聞いたので」趣味の範囲で楽しくやりたい、という住まい手の意向を尊重したのです。
それでも週末、ひとたび焚けば「真冬もパネルヒーターを全部切ります。それで家じゅう暖かい」とそのパワーはお墨付き。ストーブの性能と住まいの断熱性能の総合力でしょう。
「上まで熱気がよく上がるので、2階に寝室があると夜は暑くて寝られない、といったこともあります」長谷川さんの言葉です。
<木の多用>もまた、T邸に感じる居心地よさの一因でしょう。
窓は水まわりなど一部を除いてタモやヒバ、パインなどの木製サッシを採用し、フローリングは無垢のナラ材。家具も木調で統一されて、壁・天井のシンプルな白と窓外の緑に調和しています。
木は住まいの外装にも使われました。
ツートンカラーの1階部分は、道産トドマツ材の羽目板張りです。木ならではの柔らかな風合いが上階の黒いガルバリウム鋼板を支える外観は、設計者が提案しました。
「北海道で外壁に木を使うのは、雨水や雪で腐りやすいなどリスキーな面もあります。それでも木の風合いを持たせたいと思い、塗装はもちろん、雨除けをしっかりやって木部に水分がたまらないようにしました」
ルーバーの多用やフレームを強調するデザインで軽やかな印象を放つT邸は、その意匠の中に建物を守る機能をも隠していたのです。
建物を囲む樹々もまた、T邸をかたちづくる役者です。
前庭にはシンボルツリーのヤマボウシのほか、アカシデやアオダモ、白いコデマリやユキヤナギがそよぎ、その足元にはナスやトマト、ズッキーニなどが育つ小さなキッチンガーデンも。玄関脇の和室の窓は、そんな様子を楽しむのにうってつけの開口でもあります。
竣工から1年、発展途上の外構は住まい手と設計者が今も二人三脚中。「今の暮らしがもっと外に広がっていく外まわりが作れたらいいですね」内と外をつなげる家づくりのスタンスは、こんなところにも現れていました。
「以前は土日になると必ず出かけていたんですよ」と奥様が振り返るほどマンション暮らしが嫌いだったというTさんが、この家に住んでからは家でのんびりすることが多くなったといいます。「家にいるのも快適だよね」とTさん。
街なかからほど近い場で森の中のように住まえるこの家なら、そうなるのも当然かも? ライフスタイルを変える住まいの力にまたひとつ、出合いました。