長野県・K邸
日本有数の山岳地帯・北アルプスや美ヶ原高原に抱かれ、国宝・松本城を擁する松本市。美しい風景や城下町ならではの多彩な文化を誇るとともに、冬は気温−10℃以下、夏は35℃以上を記録する土地です。
関西から転居し、10年前から信州に住むKさんご夫妻は、終の住処として北部の大町市からここに移ってきました。
家づくりのポイントを問うと「平屋・南向き・全館暖房です」と、明快な答えが。
京都出身のKさんは、密集した住宅地に建つ北向きの二階家に育ったといい「結婚して鉄筋コンクリートの集合住宅に住んだとき、南側から入ってくる日差しの暖かさと、平屋の暮らしがこんなにも楽であることを初めて知りました。それで、家を建てるなら南向きの平屋をと」
家事で楽をしたいんですよね、と屈託なく笑いました。
そこに「寒い松本に暮らす限りは」と全館暖房の希望を加え、地元の工務店・岡江組に家づくりを依頼しました。
設計を担当した岡江 正さんは、分譲地の一角にある敷地を見て「数年後には、まわりは隣家で囲まれます。当初から平屋をご希望だったので、内側にしっかりした空間を持ち、家の中でも楽しく面白い住まいを考えました」と振り返ります。
片流れの大屋根の下、キッチンとリビングを中央に据え、両脇に寝室や水まわりを配置するシンプルな平屋ができあがったのは、2013年の秋でした。
22畳弱のリビングダイニングには真南を向く掃き出し窓が並び、その先には木製デッキと庭。対面型キッチンの幅2.5mの開口からは家じゅうが見渡せ、息子さんの遊ぶ姿も確認できます。
北にいくほど高くなる勾配天井はキッチンカウンター部分で約3.7mあり「子どもとボール投げして遊べる(Kさん)」開放的な空間となりました。
キッチンを挟む2本の廊下は、室内に回遊性も生み出しています。「息子が友達を連れてくると、ずっと走り回っています」とKさん。
「廊下はみんな極力省きたがりますが、この家では遊びに使える空間になっているんですね」」家の中に楽しさを、と考えていた岡江さんから、してやったりの笑顔がこぼれました。
K邸のメインの開口は、南面に3つ並んだ掃き出し窓。ふたつはリビング、残りのひとつが主寝室用です。
既製品ながら幅は1.9mと広めで高さも2m超、採光・視界ともに申し分なく、いずれ整備される庭との一体感も期待できそうです。
一方、建物西側の子ども室やゲストルームの窓は、お隣の家がすでに間近にあるため採光と風通し用に割り切り、シンプルな腰高窓としました。
東面もいずれ隣家が建つのが前提で、小さめの窓がつけられています。
しかし玄関近くに配置された趣味スペースの土間だけは例外で、外から出入りできるくもりガラスの掃き出し窓を作りました。
さらに土間とリビングの間の室内壁にもガラス張りの建具と腰高窓が。これはKさんの希望で「隣にどんな家が建ってくるかわかりませんが、朝日をもらえるならと岡江さんにお願いしました」
くもりガラス+緩衝帯ともなる土間で視線を遮りながら採光し、室内窓では圧迫感を軽減。さらにはお気に入りのものたちをリビングから眺める楽しみまで考慮した工夫です。
そして北の壁には、高窓がつけられました。キッチン裏につくられたウォークインクローゼット上部はロフトになっていて、そこに切られた横長窓が高い位置から光を落とすのです。
岡江さんいわく「2階の小屋裏になんであんなに大きな窓がいるの? と言われるのですが、北側からの安定した光が入ってきて夕方まで明るいし、白い天井に反射して家全体を照らせます」
同じく北側にある子ども室と廊下の窓は通風を担当し、開ければ南の掃き出し窓に向かって家じゅうを風が流れるとのこと。
東西南北4面の窓はすべてアルゴンガス入りのLow-Eガラス。それぞれ明確な役割を持ち、快適な暮らしに貢献しているようです。
K邸はCASBEE*1のSクラス評価を受けた低炭素認定の住宅。長野県のエコ住宅基準『ふるさと信州・環の住まい*2 低炭素認定型』にも適合し、80万円の助成金を受けています。室内の温熱環境や省エネルギーは、どうなっているのでしょうか。
オール電化のK邸では暖冷房はエアコンのみで、メインとなるのは床下暖房です。寒冷地用高効率エアコンの温風を床下に入れ、家全体の床を暖めています。
「24時間暖房で、11月から寝るときも外出するときも入れっぱなしです。設定温度は20℃くらい。25℃にしてもあまり変わらない気がするんですよ」去年は23℃くらいでしたが、とKさん。
真冬は外気温−10℃以下になる土地で設定温度20℃はさすがに寒いときもあるのでは? と心配になりますが、住まい手の体感は「じっと座っているとちょっと冷えるかな、くらいですね。子どもはランニングとTシャツ、裸足で遊んでいます」
基礎断熱+外張り断熱+充塡断熱にLow-Eガラス窓を組み合わせ、高いレベルの断熱性能を確保した成果が現れているのでしょう。
南窓によるダイレクトゲインの効果も、そこにはプラスされています。
夏場は、比較的過ごしやすい土地柄に加え、1.2mほど出ている軒が日差しの入り込みを防ぎ、さらに窓や壁が外の熱気をシャットアウトするため「エアコンをつけずに閉め切っていて涼しい。かえって開けない方がいいです。涼しさは抜群!」とKさん。
エアコンをつけるのは1シーズンに10回あるかないか、だそうです。
さらに省エネ面では、最大5kW/hの太陽光発電パネルを備えており、電気料金は「年間でプラス」。売電価格切替前の施工とはいえ、オール電化の住まいとしてはまさに〈ゼロエネルギ−ハウス〉といえます。
デザイン的な魅力もまた、K邸のあちこちで見られます。
勾配天井には存在感ある梁が並び、ナラ無垢材の床と呼応しながら、白い室内にリズムを与えています。
ストライプ柄の天井は、公共施設などによく使われる吸音材で仕上げられました。ご近所への気遣いのほか「壁を固めの自然塗料で塗ったので、触らない部分は柔らかい素材に。きれいですよね」岡江さんがにっこりしました。
リビングからキッチン後方まで、壁に連なる丸い明かりも目を引きます。これは長野県内のレンズメーカーが開発した業務用照明器具を、住宅向けにアレンジしたLED照明。
天井につけるとメンテナンスが大変になることを考えて設置は壁面にし、室内の白さで光を反射・拡散する仕掛けです。
店舗建築のような雰囲気を取り込んで住まいに個性を与える。さりげなく、しかし常に新しいデザインを追求しようとする設計者の思いがにじんでいるようでした。
この家を一言で表すなら? の問いに、Kさんは「シンプルな白い家、ですね。庭づくりもまだまだこれからだし」と答えます。
飾らないその言葉と笑顔に、平屋であることを忘れるほど不思議に広いこの住空間は、たくさんの建物に囲まれようとも、そのおおらかさも楽しさはいつまでも変わらないに違いない、と思いました。