開口部にこだわった新築レポート -東京都 N邸-
東西に長い東京都の上端部、特別区内では北西に位置する練馬区は人口約70万人。市区部全体では世田谷区に次いで第2位を誇り、転入世帯数も多いまちです。
多くの人々が暮らす住宅街の一角、窓・ガラス・アルミ建材専門店を営むNさんの住まいを訪ねました。
エコガラスをはじめとする機能ガラスのプロの自邸、<超断熱>や<無暖房>などなど最先端の技術を集めた住宅に違いない… と思いきや、待っていたのは<ゆるキャラ>ならぬ<ゆるエコ>を旨とする、一見ごく普通の木造3階建でした。
N邸は1階に仕事場、2・3階に居住空間がある事務所併用住宅です。
家づくり当初の思いは?「暖かい家、がコンセプト。窓については<どうやって太陽をつかまえるか>だけを考えました」
敷地は道路側を除く三方を建物に囲まれた、典型的な都市部の住宅密集地です。太陽をつかまえる=日射を生かすこと。「これは窓の仕事です」Nさんの言葉を待つまでもなく、ここでは、窓の配置が決定的な要素となります。
Nさんは現場が更地の段階から何度も足を運び、太陽が当たる角度から風の道までを確認しながら設計者とプランを練っていきました。
メインになった窓の配置は東側と南側です。さらに2階は二面ガラス張りのインナーバルコニーでリビングと玄関ホールに光を入れ、3階では西側にも大きめの窓をつけました。
その一方で集合住宅と向かい合う北側は、玄関の明かり取りを除いて開口がありません。窓をつけなくても採光・通風に問題がないことを確認した上でのこんな割り切りは、密集地での家づくりを考える際の参考となりそうです。
リビングダイニングからキッチン、子ども室、主寝室まで、それぞれの使い方を考えて決定した窓の配置。夏と冬とで日の入り方はどうでしょうか。
「夏の2階は、東と南の窓から光が入ります。その後は家の真上を太陽が通っていきますね」
リビングは真南に窓がありますが、太陽高度が高いため直射日射はあまり入らず、光の恩恵だけを受けて明るい室内となっています。
では、西にも窓がある3階は? 庇もあまりないですよね、と問うと、Nさんは平然と「3階は南の隣家の壁がなくなるので、日の入り方は2階以上。西日もバンバン当たりますよ」。
これには驚きましたが、<新築時点で、窓に入っている遮熱エコガラスの性能データを取る>というプロとしての目的があり、西日対策はあえてカーテン1枚のままにした、と聞いて納得しました。
測定を終えた秋には、東側を除く3階すべての窓にはエコガラスの内窓がつけられています。
一方、冬は「リビングは午前10時半から午後4時まで、ずっと日が当たっている場所があります。3階も午後3時まで日差しが直接入りますね」
リビングのひだまりを作るのはインナーバルコニーの開口で、とくに午後から入る直射日光が無垢フローリングの床から部屋全体を暖めてくれるといいます。
さらに3階は南と西の窓から直射日光が入って同様に床が暖まり、階下から上がってくる暖かい空気と相まって、無暖房でも「ぽかぽか状態なんですよ」
一年を通して太陽の動きを読み、窓で上手につかまえて、その恩恵を最大限に受けているN邸です。
一連の窓配置計画では、住環境シミュレーションソフトが活用されました。採光のほかに通風、太陽光発電、省エネ計算まで、多くのシミュレーションが短時間で行えます。
Nさんのような住宅設備関連のプロや工務店、設計者の一部に普及し始めているこれらのコンピュータソフトは、その有効性から今後ますます存在感を増していきそうです。
窓そのものの力=性能に、目を移してみましょう。
「スーパーエコ住宅とかゼロエネ住宅を建てるつもりはなかった。窓を工夫することでどこまで温熱環境が変わるのか、それを知りたかったんです」
太陽光発電・高度な換気システム・創エネといった現代技術の粋を集めるのではなく、自分の専門分野である窓=開口部とそれに密接に関わる建物の断熱に着目し、コストとのバランスを見ながら<一番いいあんばい>を探る… この家の室内環境は、そのすべてがこのNさんのスタンスをもとに計画されたといっていいでしょう。
ソーラーパネルやオール電化、高性能の暖冷房機器を買い込むのではなく、開口部の充実と躯体の断熱とにエネルギ−を注いだのです。
その結果、N邸の窓は大きさや位置や用途を問わず全部エコガラスに。防火地域のため、複層ガラスの片方には耐熱強化ガラスを採用しました。アミ入りガラスの煩わしさがなく、視線が気持ちよく通ります。
なかには毛色の変わった窓も。
主寝室の掃き出し窓は白い樹脂のサッシにガラスが3枚入った、通常の掃き出し窓より重いものです。
「洗濯物を干すのにどれだけ不便か、商品として試そうと思って」笑いながら話すNさんに、試験対象? となった奥様から「全然大丈夫です」の一言が添えられました。
ダイニングスペースにふたつ並んだ装飾性の高い木枠の窓も、同じくトリプルガラスです。
日本のエコガラスがはめ込まれている北欧からの輸入品は、以前から奥様のお気に入りで「家のどこかに使いたいと思っていました」
デザインのみならず十分な断熱性能があり、Nさんのお眼鏡にもかなった窓です。
あとからつけられた内窓にも、存在感がありました。
竣工後、ガラスの遮熱性能を把握するためNさんは真夏に室内外の温度を測定。その後、主だった窓にエコガラスの内窓をつけ、迎えた冬に今度はその断熱性能を調べたのです。
内窓は、2階はリビング周辺、3階は主寝室の高窓および子ども室の3つの窓につけられました。どれも、暮らしの中で家族が感じる温度や快適さに影響を与えやすい窓です。
新築時の窓+内窓=合計4枚のエコガラス窓にすることで断熱・遮熱力を向上させました。
一方でキッチンや水まわりなど室内環境への影響が少ない窓は対象外に。
「ある程度の面積以下の窓なら、内窓があってもなくても熱量は変わらないんですよ」プロの知識に裏打ちされた判断です。
加えて、窓同様に高い断熱性能を与えたのが壁と床、そして天井でした。
壁は外張り+充塡+付加断熱で、断熱材の厚みは合計175mm。同様に天井裏は350mm、1階駐車場の上に載っている2階リビングの床には450mmのグラスウールが詰め込まれています。
家の表面=外皮を分厚い断熱層がぐるりと包み込んでいるのです。
この数字は、国土交通省が定めた<住宅の省エネルギー基準=次世代省エネ基準>において、国内ではもっとも厳しい<I地域=北海道と東北の一部>の数値と同等か、それを上回るもの。
「施工してくれた工務店さんと話をしたら『北海道基準の家を東京に持ってくれば、コストと快適さのバランスが取れた家が実現できる』と言われたんですよ」
こうなると気になるのは、温度の測定データです。
まずは夏。7月の3日間の外気温と、1階・2階・3階それぞれの室温がグラフに記載されています。1階事務所はエアコンを使っていますが、2階3階は無冷房で窓を開けた状態。
外が36℃を超えるときも2階は33℃、3階も34℃以上になっていません。湿度が最大で72%、加えて常に風が流れていることを勘案すると、室温の数値から与えられる印象より過ごしやすい環境になっていることが考えられます。
一方冬は、1月のある一日を3階の主寝室で測定。
外気温が3℃から明け方には氷点下1℃まで下がっても、無暖房の室内は19℃を下回りませんでした。
3年前の東日本大震災では多くの家が停電し、暖房のない室内で寒さに耐えることを強いられたが、高断熱の家では普通に過ごせた…という話を、改めて思い出させるデータです。
測定数値だけでなく、住んでいる中での実感こそ住まいの性能、といった面もあります。
夫の仕事を助けつつもっとも長い時間を家で過ごす奥様に、夏と冬の暮らし方をうかがいました。
「真夏も朝から夕方まで、2階・3階とも窓を開けっぱなしにしています。ダイニングの窓とバルコニーの掃き出し窓を開ければいい風が抜けますから。温度計は30℃を超えているのですが、ものすごく暑い! という感じがしないんです。エアコンをかけるのは子どもが外から帰ってきてからですね」
以前の家では、エアコンがなければ死ぬ!と思うくらいの体感でしたが、と笑いました。
この差はどこからくるのでしょうか。Nさんいわく「この家は壁や床、天井が熱くないんです、どんなに暑い日も35℃以上にはならない。断熱材が薄い家の壁はもっと上がります。湿度も70%を超えることがないので、それも関係しているんじゃないかな」
人の温度の感じ方は、周囲の壁や床の表面温度によって変わります。同じ30℃の室温でも、壁の温度が30℃なのか40℃以上なのかで体感温度は違ってくるのです。湿度についても、カラッとしているかムシムシしているかで感じ方が変わるのは、誰もが経験しているはず。
N邸でも家族の帰宅後には窓を閉め、エアコンのスイッチを入れます。しかし「温度設定は28~29℃で、それでもすぐに止まります。これより下げると冷えすぎますね」
これは断熱材のほか、室内外の熱の出入り口となる窓をエコガラスで固めることで、涼しい空気を外に逃がさず保っていることを示しています。
そして冬期、暖房機器は2階リビングのFF式ガスストーブ1台のみ。エアコンは使いません。
しかもストーブが作動するのは起床後30分と日没後から就寝するまでで、昼間はエコ運転となりほとんど動かないそうです。
取材にうかがったのは2月。朝10時の時点で外気温は約0℃でしたが、室内は19℃でストーブは停止していました。「外が氷点下でも、中はこれ以上下がりません」とNさんが言い「私は一年中裸足ですが、全然冷たくないんですよ」と奥様がにっこりします。
うかがった光熱費は「盛夏でも電気料金は月に1万かかりません。冬のガスはストーブとお風呂と調理を合わせても、一番使った時期でやはり1万円くらいだと思います」
予想以上の高い省エネ効果にも、もう驚きはありませんでした。
「はじめにあったのは<とにかく寒くない家>。超高断熱とか欲張ったことはあまり考えず、低予算かつゆるい感じだけど、気づいたらなんだか光熱費が安い… そんなところを狙っていました」とNさん。
その言葉は一見気楽で、少々アバウトな印象を受ける人もあるかもしれません。
しかし、コストと性能のバランスを冷静に見きわめ、おさえるところをきっちりおさえて取捨選択するこのスタンスこそ、潤沢な予算を持たないごく普通の人々が<真夏も真冬も心地よい住まい>を本気で実現するための、ひとつの切り札ともなり得るのではないでしょうか。
「前の家ではエアコンもストーブもつけっぱなし、そうでないといられなかった。でもこの家では、そのつもりはなくてもいつのまにか節約につながっているんです」
Nさんの成功を静かに、しかし誰より雄弁に物語る奥様の言葉でした。