開口部にこだわった新築レポート -東京都 T邸-
豊かな光と風を常に感じられる家に住みたい。多くの人が望みながらも、こと都会の住宅地では難しいこの願いをかなえた住まいを、東京に訪ねました。
Tさんご一家は、ご主人のヨーロッパ勤務に伴い、家族そろっての海外生活を長く続けてきました。日本国内への赴任と息子さんの中学校入学という節目を迎え、ご主人の生まれ育った土地での家づくりを決めたといいます。
<光と風>は家づくりの当初から念頭にあった要素。「ベルギーで暮らしていた頃は、見晴らしと陽当たりがよく、背の高いガラス窓をいつも開けっぱなしにして住んでいました。自分たちの家を建てるときも、窓にカーテンを引かず、開け放して風を通せる明るい家がいい、と思ったのです」
設計依頼を受けたカサボン住環境設計の井田晋介さんは「床暖房や全館空調など、設備を重視するお客さまは多くおられます。でもTさんはその逆。拝見した要望書から、周囲の自然環境を積極的に取り入れた家が求められているのだな、と感じました」と振り返ります。
環境設計・施工面でタッグを組むのは、<都市型パッシブデザイン住宅>を標榜し、科学的シミュレーションを土台に、温熱環境や省エネルギー面での高い性能と品質を追求する家づくりで知られる工務店・参創ハウテックです。
周囲の家が間近に迫り、窓開けひとつもプライバシーや防犯に気を遣う街なかでの<光と風をうまく取り入れ、窓にカーテンのない明るい家>への挑戦は、シンボリックなトップライトをつけた<オープンルーフのある家>として結実し、平成24年度建築環境・省エネルギー機構(IBEC)サステナブル住宅賞受賞へとつながっていきました。
家づくりは更地状態の敷地のシミュレーションからスタートしました。
「光・熱・風といった自然との<接点>はどこか、さらに<時間軸>をそこに与えることが、シミュレーションの考え方です」と、環境設計と現場監督を務めた参創ハウテックの阿式信英さんは話します。
通風シミュレーションでまず着目されたのは、掃き出し窓のあるテラス。
敷地の東側を通る道路は風の道になっていて、卓越風が一年を通じて吹き抜けます。この風を効率よく室内に取り込むために、リビングのある2階に配置するテラスの位置が東側に決められました。
家族の寝室が並ぶ1階も同様に、風をつかまえ取り入れる工夫がされています。縦滑り出し窓を多用することで、窓自体にウインドキャッチャーの役割を与えたのです。
昼間の奥様の活動場所となる2階では「夏場は窓を全部開けて、風がとても気持ちいいです」
風の道に面した南西の窓はもちろん、隣家の壁と接する東側に切られた窓からも涼しい風が入り、真夏でも午前中はエアコンなしで過ごせる空間となりました。
シミュレーションをふまえての窓の配置や形態による通風操作が、見事に実証されたといえるでしょう。
並行して進められた採光計画は、通常とは少し違っています。
すぐ近くに集合住宅が隣接するため南側に大きな開口を設けず、家事動線を検討して水廻りを配置することにしました。
その上で、メイン空間となるリビングダイニングに十分な日射を入れるため井田さんが提案したのが、ハイサイドライト(高窓)とトップライト(天窓)の2種類のアイディアです。
採光シミュレーションでは、光の射し込み方などのほか、壁や天井からの反射も含めて<室内がどれだけ明るく保たれるか>が検証されました。
結果「トップライトにすると、リビングのある北側の奥まで光が入ることがわかりました。ロフトも作れます」と井田さん。
一方ハイサイドライトでは光が奥まで届かず、テラスに面して立ち上がる外壁が圧迫感を与えることも判明。トップライトに軍配が上がりました。
そして今、北側のリビングは「冬の昼間はすごくあったかい。日が当たって気持ちいいです。北というイメージがありません」と奥様。Tさんも「この家では北は単純に南の延長。天窓のおかげで<どこまでいっても南>なんです」と笑いました。
採光シミュレーションの確かさを証明する、住まい手の実感が伝わる言葉です。
T邸の象徴であり、採光・温熱環境のカギを握るトップライトは、電動式の可動扉が付き、幅1250mm高さ2400mm。
一般的な掃き出し窓のサイズが幅910mm高さ1800mm程度であることから、当初はそのボリュームにTさんご夫妻も驚きを隠せず「天井から落ちて来ないの? って思いました(奥様)」
大きさによる圧迫感や落下の不安を解消するため、住まい手と設計者がそろって工場におもむき、実際の大きさや設置方法を確認した上で採用が決定されました。
位置決めの段階から、シミュレーションが活躍します。南寄りから北寄りまでそれぞれ配置した場合の「光の通り方や見え方、明るさまで全部見せていただきました」とTさん。
可動扉を閉めたときの室内照度は500ルクスで調整。他の窓からの採光や壁からの反射も考慮してこの明るさを決めた阿式さんは「本が読める限界のレベルだと思います。暗い方がお好きな方の場合は、300ルクスまで落としますが」と振り返りました。
採光と並び、トップライトに与えられた役割はもうひとつありました。ガラスを通じた日射熱の取得と排熱です。
季節ごとの可動扉の操作を「夏は朝から閉め切り、夕方暗くなったら開けて、就寝前にまた閉めます」と奥様。
日没後に開ける理由を阿式さんは「夜間に外気温が下がると、室内の熱がガラスを通って外に逃げる。いわゆる<煙突効果>です。窓の面積が大きいことと、高い位置にあるので排熱には効果的ですね」と説明してくれました。
反対に冬場は、朝からずっと開けたままにし日没後に閉めています。たっぷり射し込む日差しの熱を壁や床が蓄え、輻射熱が部屋全体を暖めるため「昼間は全然暖房をつけません」。
温熱面のシミュレーションを行った阿式さんは、太陽の恩恵を生かすこの省エネルギー手法<ダイレクトゲイン>によって「ひと月で3000キロワットの熱が取得でき、エアコン1台分がいらなくなる。それくらい大きなレベルの話です」とにっこりしました。
T邸につけられた窓は、こうした日射取得を基本にそれぞれ性能が決められています。
冬場の日差しが期待できる南側は断熱タイプのエコガラス。反対に西日の熱を入れたくない西面では遮熱タイプのエコガラスが選ばれ、ダイレクトゲインの主役となるトップライトには、太陽熱を最大限に取り入れるため、あえて複層ガラスを採用しました。
実際の暖冷房費はどういった状況なのでしょう。
Tさんいわく「帰国してしばらく住んでいた賃貸マンションと比べて家の面積は倍、容積はもっと違う。エアコンの台数も2倍になったのに、電気代はあまり変わりません」。
トップライトによるダイレクトゲインに加え、エコガラスの窓と外張り断熱・充塡断熱を取り入れた高い断熱・遮熱性能による省エネ力がうかがえます。
運転時のエアコンはすべて、夏期冬期とも終始<お任せモード>。寝室では就寝時に消しますが、夏でも朝まで窓を閉めたままでいられるといいます。「エアコンなしで眠れない、ということは本当になくなりました」
T邸のメインスペースである2階は、南に水廻りとテラス、中央にダイニングを挟んで北にリビングが続き、キッチンや家事室、収納は東側に集められています。
周辺環境を与件に、採光から家事動線まで総合的に検討して導かれた配置ながら、一般的に<南に水廻り、北にリビング>はあまりお目にかからない間取り。
しかも北側は接道面で目隠し用の壁までつき、開口部も控えめです。さらに上部にはロフトがあり、かなり低い天井となっています。
ちょっと不思議なリビングには、Tさんご夫妻の深い考えがありました。
「屋根が高く明るくて、家族が集まる気持ちのいい場所は、僕らにとっては<食卓>だったんです。その一方で<居間>は、なんとなくウダウダしながら(笑)おやつ食べたりテレビを見ている<溜まり>のイメージでした」とTさん。
井田さんも「天井が低くてコーナー的雰囲気のある落ち着いたリビングを、とのご要望でしたね」と振り返ります。
開放的なダイニングと、巣ごもるように安心できるリビング。居心地の良さとは一面的なものではないことを、改めて教えられるようです。
そして夜、2階は違った表情を見せ始めます。
「食事時はリビングの照明を消すんですが、天井が低くて暗い向こう側があり、こちら側は明かりがついて天井が高く、トップライトから月も見える。暗いところがある中で、広くてちょっと明るく、そして空があるところで家族が集まって食事をする、この雰囲気がすごくいいですね。毎日の楽しみのひとつです」
ここで語られているのは明と暗、陰影の魅力でしょう。
夜間だけでなく「朝起きて、暗い巣のような寝室から2階に上がるとぱっと明るい。起きたなあ、という感覚を毎朝感じて気持ちがいいんです」。
空間が住まい手に働きかけ、その感性をより研ぎすましている…そんなイメージが浮かびました。
海外を含めて多くの家に住んできた経験を生かし、今の家族にふさわしい家ができました、と楽しげに語るご夫妻。
その喜びに寄り添うように「我々の想像を超える暮らし方や経年変化によって、この家は日々変わって行くと思うんです。そんな様子をこれからもときどきお邪魔して、確認させていただけたらと思います」と阿式さんが答えます。
その言葉の中には、家族によって生きられていく家を支え続ける作り手の喜びもまた、確かに息づいているようでした。