開口部にこだわった新築レポート -岩手県 I 邸-
安土桃山時代に開かれ栄えた南部藩の城下町・盛岡市は、中心部に北上川が流れ、名峰・岩手山をのぞむ美しいまちです。同時に、北上山地と奥羽山脈にはさまれた寒暖差の激しい盆地で、冬にはしばしば「今朝、本州で一番冷え込んだ土地」と報じられる厳しい寒さが、その特徴でもあります。
転勤族として東北各地をめぐり、定年を機に夫の生まれ育ったこのまちを終の住処に選んだ I さんご夫妻が、新しい家の条件として最初に挙げたのも「とにかく寒くない家」。さらに今後の暮らしを思い「年を取っても使い勝手がよく、安全なバリアフリーの住まいを、と考えました」
設計と施工は「土地の気候風土をよく知り、省エネ住宅やオール電化も手がけておられるので」と、盛岡を中心に地元密着の家づくりを続ける工務店・岩手ハウスサービスに託すことに。
岩手ハウス社長の安藤敏樹さんがご夫妻のために提案したのは、基礎から屋根まで建物全体の外皮を断熱材で包む「外張り断熱工法」の家でした。
マイナス10℃以下の寒さの日でもエアコン1台で家じゅうが暖かくなる「断熱・気密性能では岩手県内の住宅の上位20%に入る(安藤さん)」という高性能住宅です。
設計時の留意点を、安藤さんは「一番は冬場の日射ですね。どんなに性能のいい家でも熱源なしの無暖房の家なんて盛岡ではありえませんから、それをできるだけ使わずにすむように、日射はすごく重要と考えます」と話します。
南面1階には4つの窓が一直線に並び、リビングダイニングと和室の採光をそれぞれ担っています。一方、2階の窓は中央寄りに2つ。これはメインスペースである吹き抜けリビングの高窓にあたり、 I 邸でもっとも明るい空間を作り出しています。
「太陽高度の計算をし、冬至の日でも上の窓から十分、日射が入るようにしています。2階建てのお隣があってもね」と安藤さん。家で過ごす時間が多くなる I さんは「2階よりも居間にいることがきっと多いでしょう。それならふだん一番使うところを明るく、日を入れようと」
取材にうかがった10月半ば時点で、光はリビング奥まで届いていました。
リビングを優先的に考えるのは、住まい手も同じです。
同じ空間内の北側に配置された引き戸のトイレは「年を取って体が動かなくなったときでも行きやすくて安心」と I さんのお気に入り。奥様も「以前の住まいでは、寒いときに廊下に出てトイレに行くのが大変でした。この家は寒さを感じずに入って出てこられます」とうなずきました。
トイレの窓も含め、 I 邸の窓はすべて樹脂サッシ+アルゴンガス入りのエコガラス。しかも一部のFIX窓を除けば全部が横すべり出しタイプで、リビング等で一般的に見られる掃き出し窓もありません。
ここには安藤さんのこだわりがありました。
「うちは引き渡し時にある程度の気密をお客さまに保証していますが、引き違い窓は構造上どうしても気密が悪く、古くなるに従って建付けも悪くなるので、ほとんど使わないんです。木製サッシも含めて、大開口の外に開くタイプを使っています」
外張断熱+開口部の徹底した断熱化により、 I 邸のQ値*1は1.4。北海道の住宅の次世代基準が1.6、盛岡市で1.9ですから「抜群の性能ですよね(安藤さん)」
取材時、盛岡の最低気温はすでに4~7℃程度まで下がっているとのことでしたが、 I さんいわく「前の晩に少しエアコンを回して就寝前に切ると、朝になっても暖かさが抜けず、部屋の温度は13~14℃あるんですよ」
「どちらかというと、エアコンはつけたり止めたりするのはダメなんですよ。最低でいいからずっとつけておく、18℃くらいの温度設定をしてね。そうすると室内の温度差がなくなるんです」快適さとトータルな省エネ効果を考えた安藤さんの言葉です。
暖かい空気はいったんは家の上部にたまるものの、断熱がきちんとしていれば外部に逃げることなく、家全体へと回っていきます。 I 邸では14~15畳向けのエアコンの性能で、倍以上の床面積の空間を弱い出力で安定的に暖めることができ、断続的にスイッチをオンオフするより効率がよいのです。
盆地気候で暑くなる夏も、南の高窓からの日射を庇とカーテンで遮り、1階レベルの窓は網戸にして風を通せば「外が32℃だったときも室内は28~29℃。エアコンは本当に暑いときだけつけて、あとは窓を開けておいた方が涼しかった」と、引き渡し直後の夏を I さんが振り返ります。
もともとミラー効果があり、外から内部が見えにくいエコガラスですが「網戸にすると一層見えづらくなり、レースのカーテンもしなくて大丈夫でした」。
通風も、谷沿いに吹き抜ける南北の卓越風の恩恵で、南面窓を開けさえすればいつでも確保できるそうです。
このように家自体の性能・特徴をふまえた暮らし方は、これからの省エネ住宅の住まい手にとって、暮らしの中のひとつのポイントとなっていくのでしょう。
「生活の仕方は、住む人たちがいろいろ工夫してやっていくべきもの。だからこそ、そのための器はしっかりつくらないと。そう思っているんです(安藤さん)」
三角屋根の I 邸は一見、どちらかといえば小ぶりのかわいらしい外観です。しかし玄関ホールを抜けてリビングに一歩入ると、迎えてくれるのは予想外の豊かな空間。実はここにも高性能住宅の秘密がありました。
家をまるごと断熱材で包む外張断熱工法では、内部の気積*2がすべて暖房の対象となります。気積が大きければ、使うエネルギーも当然ながら増える…「その無駄を省きましょう、とご提案いただいたんです( I さん)」
設計側が考えたのは、気積を減らすために建物の高さを低く抑えること。かつ住み心地を犠牲にしないよう、リビングは天井を張らない吹抜けとしました。
床から小屋裏までの高さは約5m。縦に伸び上がる空間が、外からは想像がつかない開放感を生み出しています。
「中に入ると、外見よりはかなり大きいと思います。それはちょっと自慢できるところですね」お隣の家より低くて、前の道からはすごく小さく見えるんですが、と奥様がにっこりしました。
吹抜けの両脇に配置された2階のふた間も、同様に小屋裏をそのまま天井として圧迫感を軽減しています。「屋根で断熱するので、小屋裏も暖房空間に入っています」と安藤さん。
屋根勾配が床上1mまで下がるため現在は間仕切りして納戸になっている南側も、必要があれば「部屋として使えますよ」。将来、吹抜け部分に床を張ればもう一部屋作れるし、と、可変性についても話は尽きません。
断熱性や可変性以外にも、配管部分へのさや管採用や床下点検口の設置、バリアフリー性と、補助金申請こそしていないものの、その仕様は長期優良住宅にほぼ合致する、小さな体に大きな性能を秘めた I 邸です。
安全な上り下りに配慮した階段の途中、踊り場に設けられた窓からは樹齢300年の立派なケヤキが眺められます。足元に清水も湧く地域のシンボルツリーは、 I さんご夫妻もお気に入り。
さらにリビングの高窓からは「今の時期、月がきれいに見えるんです。真っ暗な空を背景に、一枚の絵のようになりますよ」仙台育ちでこの土地は初めてという奥様をやさしく迎え入れて輝く、盛岡の月あかりが目に浮かびました。