開口部にこだわった新築レポート -岐阜県 A邸-
室町時代からのやきもの文化を誇り、さらに江戸期には中山道の宿場町を擁して栄えてきた岐阜県東濃地域。ピンク色の木肌が美しい銘木「東濃(とうのう)ヒノキ」を産するとともに、毎年、国内屈指の寒暖差を記録する土地柄でもあります。
そんな中、標高約500mの緑豊かなエリアに建つA邸を訪ねました。
一度は独立した娘さんご夫妻が、両親の体を心配して再び共に暮らし始めたのは約3年前のことです。しかし築30年の家はシロアリの害があり、結露もひどく真冬は凍りついて窓が開けられないほど。さらにAさんの奥様が足を悪くしたことから「大人4人が気持ちよく暮らせるバリアフリーの家に建て直そう」と、家族総出で展示場や内覧会を見てまわる日々が始まりました。
設計・施工を担当した金子建築工業は、岐阜の地で超高断熱住宅に特化した木の家づくりに取り組む工務店。Aさんご一家との最初の出会いは新聞折込広告でしたが、最終的な依頼の決め手は「金子一弘社長の自宅の暖かさ」でした。
「ある工務店の冬の新築見学会に母と夫と3人で行ったのですが、寒くて見ていられなくて。その日のうちに金子さんに『ご自宅を見せてください』とお願いしました」と娘さん。
上げてもらった離れは「今日は暖房していないし、閉めきりで日を入れていないので寒いですよ」との言葉にもかかわらず、冷えた体の芯まで届くような暖かさだったといいます。
このとき、それまで伝統的な和のデザインにこだわっていたA邸の家づくりは「外見より機能」にシフトしました。「父は伝統的な日本家屋が良いと言い続けていましたが、あんな寒い家には住めんよお父さん! とね(笑)話しました」
2011年12月に完成したA邸は、黒瓦の切妻屋根に黄褐色の土塗壁を持つ、Aさんご希望通りの「和のたたずまい」。玄関ホールのすぐ右手にリビングダイニング、その奥にAさんご夫妻の寝室が続きます。
柱はすべて東濃ヒノキが使用され、真壁造の壁に映えています。1階の床は無節の東濃ヒノキが張られ、柔らかい足ざわりは「お客さん用のスリッパもおいていないんですよ」と、揃って裸足の住まい手が太鼓判を押す心地よさ。
「ある家の内覧会で、柱が1本も見当たらないことを息苦しく感じて…。木の見えない家は絶対にダメだって、そのとき思いました」という家族の思いにこたえる、豊かな木の空間です。
南側には3つの掃き出し窓が並び、ウッドデッキに面した2つは幅2mを超える大きさです。
冬場の日差しを取り入れるとともに「将来、奥様が車いすを使うことになった場合に、段差昇降機をつけてデッキから出入りできるようにと考えました」と、設計を担当する金子妙子さんは話します。
このほかにも、車いす利用の可能性を考慮したバリアフリー仕様があちこちに見られます。床は段差が少なく、各室の出入口は80cm以上の幅を確保。引き戸も採用されました。
2階に続く階段にも東濃ヒノキが使われ、蹴上げ15cmのゆるやかな勾配になっています。
「私でも上れます。リハビリの先生からも練習しなさいと言われました」以前の家の階段はとても上れなかったんですよ、と奥様。とたんに上に住む娘さんから「そんなに上がってこなくてもいいよ(笑)」とツッコミが入りました。
2階は娘さんご夫妻の寝室と書斎。1階同様に南側が大きな開口となっています。「朝日と良い風が入って気持ちがいい」という、ベッドの頭上にある東の窓には、日射が入りすぎないように大きな庇がつけられていました。
床に張られた節のあるヒノキが、1階とは少し違ったリズミカルな雰囲気を作り出しています。「私たちは節ありで全然かまわないんです。ゴミも目立たないし」娘さんがにっこりしました。
木の香あふれる落ち着いたこの日本の家は、実は高い性能を備えた高断熱住宅です。
真夏は気温38℃、真冬はマイナス15℃にもなる土地で快適に住まうために、金子さんは「数十年間のノウハウと、そこで出会ったお客様のご意見とを集大成してつくりました」。
住み心地は「本当に快適です。周りの人と、今日は暑いねとか寒いねといったお話ができなくなりました。うちは涼しいよ、なんて言えませんから」。 奥様のこの言葉以上に、A邸の温熱環境を表現するものはないでしょう。
Aさんは「真冬のお風呂上がりでも肌着だけでいられます、この歳でね」と笑います。
「この家ではたいてい薄い長袖1枚です。今年の夏も、猛暑になってからやっと半袖を着たんですよ。冬はその反対ですね(奥様)」。1年を通じてあまり変わらない室温をよく表す言葉です。
室内外の熱の出入りやすさを表す指標に、熱損失係数(Q値)があります。この値が低いほど断熱性がよく居住性能が高いとされ、昨今の新築住宅では2.7~2.4程度の数値が多く見受けられるようです。
A邸のQ値は1.55W/㎡K。「寒い北海道(次世代基準1.6W/㎡K)でもいけるような数値です。夏も冬も6畳用の小さなエアコン1台で、1階も2階も全部オーケーです(金子妙子さん)」。
実際、A邸のエアコンは2階の寝室に1台あるだけで、階段を通じて階下まで効き、家じゅうの空調を通年でまかなっています。上下階合わせて37坪もの広さの家で、なぜこんなことができるのでしょうか。
立役者は窓と壁、そして庇の効果でしょう。
A邸のすべての窓は、高性能の樹脂サッシにエコガラスがはめ込まれています。「ちょっと重いけど、壁の性能に近いような窓なんです」と金子さん。西日を避けるために西面は窓がありません。
これらの窓を住まい手は「すごいガラスなんですよ」と語ります。「外の気候が暑いのか寒いのか、部屋の中からはわからないんです。雨が降っても雷が鳴ってもわからず、外に出て道がぬれていることで初めて気づきます」
熱の出入りの約7割は窓を通じてのもの。ここを徹底して断熱・遮熱することで外界と室内環境の縁を切り、熱気や冷気、音の影響も大きく軽減していることを、この言葉は示しています。
壁を土塗にすることは、昔から土壁の家に住んでいたという奥様が強く希望しました。
蓄熱・蓄冷効果が高く調湿機能もある土塗壁は、庇による直射日光のコントロールや、夜の冷気を取り込む夜間換気と組み合わせることで、夏涼しく冬暖かい家を作る大切な役割を果たします。土蔵の中にいるように室温が安定する、と考えればわかりやすいかもしれません。
さらに庇は、1年を通じての太陽高度を計算した高さと寸法で取付けられています。
夏期、南からの直射日光はバルコニーと庇に遮られ「当たるのは外のデッキまでで、室内には入ってきません」。反対に冬は低い太陽からの日差しが「冬至の日はリビングいっぱい、北側にあるキッチンの手前まで入ってきます」と、金子さんがうなずきました。
そしてA邸は超省エネ、あるいは創エネとも言える家でもあります。
屋根に3kWの太陽光発電システムを載せたオール電化のA邸は「住まい全体の性能としては6kW程度のシステムで差引ゼロになる計算(金子さん)」とされつつも「エアコンは弱運転で冷房も除湿もしてくれるし、今は灯油ボイラーを使っている温水暖房機をいずれ床下エアコンに換えれば、実質ゼロエネルギー住宅なんですよ」。
窓を閉め切って断熱・遮熱することで夏涼しく冬暖かいA邸。24時間換気で室内の空気はいつも新鮮です。
住まい手は口を揃えて「この家ができてから、ほとんど窓を開けないんですよ。何もしなくても快適だから、開けようと思ったことがないです」。夏場は常に窓全開だったという以前の家と比べて、住まい方は大きく変化しました。
では、一年を通して窓を開けないことが、この家にふさわしいのでしょうか。
金子さんいわく「夏は、深夜から明け方にかけて換気するとより良いんです。窓を開けて土塗壁を冷やしておくと、翌日の室温が上がる速度を落とせるので、ピーク時の温度を1~2℃下げられるんですよ」
階段の踊り場や2階寝室北側につけられた小さな窓も、夜開ければ涼しい風が室内を通り抜けるといいます。
この「夜間換気法」は、高断熱住宅で住まう際の新しい常識となっていくかもしれません。
空気の流れと湿度をコントロールすることも、快適さを保つ重要な要素です。
取材時のA邸の室温は28℃、湿度は70%。外気温は34~35℃あり、小さなエアコン1台が2階で動いているだけとは思えないほど、リビングは快適です。
と、奥様から一言「快適ですが、ちょっと足が冷たいんです」。
そこでもうひとつ、金子さんがアドバイスしました。
「今はエアコンの空気が2階から滝のように流れ落ちて、リビングの床にたまっています。床に小さなサーキュレーターを置いて、この冷たい空気を天井の方に送ってゆっくりかき混ぜれば、足元だけが冷えずにすみますよ。エアコンは除湿よりも冷房で、大きな温度差をつけずに運転し続けた方が、温度が下がりすぎず、湿度の調整もうまくいきます。ちょっとした工夫で居住性が変わる家なんですね」
家族にとって一番心地よい状態を作るために、住まい手自身が目に見えない空気の流れを感じて、ほんの少し手を加える。住まいとの新たな関わり方がここにもありました。
金子さんは続けます。
「部屋ごとに扉を開けると5℃も10℃も室温が違う家では、とにかく暑い・寒いという感覚になります。しかしこの家では、慣れてくると床の温度が0.5℃違うだけで『こっちは冷たい、こっちは暖かい』と、わかるようになるんですよ。感性がどんどん磨かれてくるんですね」
そんな家の住人が今もっとも気になるのが、東濃ヒノキの床の傷だそうです。
「私や夫がちょっと何か落とすだけで娘が走ってくるんですよ(笑)長く住んでいれば傷はつくからって言ってるんですが」母の言葉に「私だけが、すごく気にしてるんですよね」と娘さんは苦笑い。たたみかけるような奥様の「ドライヤーとか湿ったタオルを持ってきて、うっとうしくて!」に、思わず全員が吹き出し、笑いの輪が広がりました。
竣工から1年。住まいへのこんな愛情こそ、この家が育み磨いた、もっともすばらしい感性なのかもしれません。