開口部にこだわった新築レポート -埼玉県 浅野邸-
秩父山地の自然と穏やかな気候、丈夫な地盤に支えられた「森林文化都市」飯能市。この地で育まれたスギ・ヒノキは、江戸時代から「西川材」と呼ばれる優良な木材となります。
浅野さんご夫妻の住まいは、西川材を使った家。竣工から1年経った現在も豊かな木の香りに包まれています。結婚を機に家づくりのパートナーに選んだのは、飯能を拠点に西川材を積極的に使った建築を手がける設計者で、住まい手の父親でもある浅野正敏さんでした。
建物の1階は浅野さんが経営するライブハウスで、住居部分は2階です。繊細な手すりのついた鉄製階段を上り、玄関扉を開けた瞬間、あらわしとなった小屋組の美しさに目を奪われました。
柱、梁、床、野地板まで、木材は100%西川材。圧倒的な木の質感にモノトーンのインテリアが調和する、シンプルでひろやかな空間です。
もとは平屋だったライブハウスの上に「載せる」かたちで建てられた浅野邸は「スペースが決まっている以上、夫婦2人で最低限の生活ができるワンルームでよいのでは」という考えのもと、浴室とトイレ以外は天井も張らず、すべてがつながる一室空間として構成されました。
壁が囲むのは北側に集められたユーティリティコーナーと寝室のみ。その寝室も天井はなく、リビングとの境は鏡張りのクローゼットが衝立てがわりになっています。「家じゅうを吹き抜けにすることで空間をより広く、贅沢にできると考えました(浅野正敏さん)」
開口部の計画も明快です。
敷地の周囲は隣家や駅が間近に迫り、今は空き地になっている南側にもいずれビルが建つと予想されます。この環境下で開口部は、プライバシーを保ちつつ将来的にも光が遮られないよう「大きなガラスは上部につけ」、目線の高さでは「風を抜く小さな窓」として計画されました。
最も大きな窓は西面に並ぶ高窓群で、コーナーを経て南面まで続きます。キッチン上部には天窓も切られました。
対照的にアイレベルの開口はどれも小さめ。縦に長い外開きの窓が連なり、室内に一定のリズムを与えています。
住まいのイメージについて、浅野さんは「父がどういう建築をつくるのかよく知っているので、信頼して任せました。自分より妻の方が独自のイメージがあり、それを伝えて形にしてもらった面が多いですね」と話します。
奥様の思いの中心にあったのは、モノトーンのステンレスキッチン。カタログやショールームで集めた情報からお気に入りのメーカーを見つけ出し、自ら購入手配まで行ったといいます。
浅野邸のデザインは、西川材の使用とキッチンを基本に進められたといっていいでしょう。
ほかにも、イームズのシェルチェアやレトロ風味の食器棚などこだわりを感じる家具が目につき、もの自体が少ないことでその存在感がいっそう強められています。
「デザイン色の強いインテリアを置くために、できるだけすっきりした空間にする家づくりでした」と振り返る浅野正敏さんに「今は建物のデザインを壊すものは置きたくない、という気持ちなんですよ」と答える浅野さん。設計者と住まい手の思いが響き合う姿です。
自ら塗り上げた珪藻土の壁には、浅野さんの思い入れがこもります。「自分たちでやりたかったんです、より愛着が出るんじゃないかと思って。やってみたら大変だったけど」
そこへ「このへたくそな塗り方が逆にいいんですよ。いろんな表情が出る、それを狙ったんです。プロの左官屋さんは、適当に塗ってくださいと頼んでもきれいになっちゃうので」と浅野正敏さんが笑いながらフォローしました。
手作りのぬくもりを感じる壁の魅力は、窓にも生かされています。
リビングの風抜き用窓の周囲は「窓枠をつけずに珪藻土を厚く塗りこみました。壁の質感が違ってきて、素材感を肌で感じられます」改めて見直すと、黒いサッシの開口部は室内から少し遠ざかり、外と内との中間に位置しているよう。壁の厚みと存在感が感じられます。
硬質なインテリアときなりの壁が共存する空間を包み込むのが、伝統工法による西川材の木組みです。普通は天井を張って見えなくなる屋根裏ですが「それがデザインになることをよく知っている大工さんと一緒に、見せてしまうことにしました」と浅野正敏さん。
柱も梁もすべて無垢、塗装もせず素地のまま仕上げられた部材は、金物を使わずに貫(ぬき)や楔、込み栓(こみせん)といった伝統的な日本建築の技術で組まれ、迫力ある美しさです。
材となっても生き続ける無垢の木は、息をしているため建てた後にも割れが続きます。「夜な夜な割れて、すごい音が(笑)最近やっと落ち着きました」と浅野さん。
浅野正敏さんが標榜する、合板や集成材を使わない「本物の家づくり」ならではの風景でしょう。
大きなFIX窓が連なるエコガラスの高窓からは「朝、キッチンに立つとパーッと青空が見える。ガラスがないのではと思うほど雲や空の表情がよくわかって、本当にすごいと思います」ほかでは味わえない贅沢ですよね、と浅野さん。
設計者の浅野正敏さんは「想定していた内と外の一体感が、目線の上にあるFIX窓から感じられて生活の中に生きている。嬉しいですね」
ガラス越しに通る視線は、さまざまな箇所に生かされています。
浴室では、浴槽の中から透明ガラスを通じて小屋裏、高窓までが見え「一番小さいタイプのお風呂ですが、狭さを感じずにすんでいます」。
天井にガラスを張った玄関にもたっぷり自然光が落ち「中と外の中間みたいなところです」と浅野正敏さんが言うとおり、どこか坪庭的な雰囲気。「リビングのソファーに寝転ぶと、ガラス越しに空が見えます」と浅野さんがにっこりしました。
一方、ダイニングキッチンの3つの窓は、リビングの窓と同様のフォルムながら、こちらは木の枠がはめられています。古風なフリクションステーがつき、ガラスも単板ガラスです。
浅野正敏さんいわく「父が建具屋をやっていましてね。この窓は私の姉の家を建替えたときに外して、とっておいたものです。これが入るように設計して、再利用したんですね」
歴史を重ねた美しい窓を「完璧にアンティークでしょ」と言いながら大事そうに見つめる浅野さんの姿に、ここでは過去と今とが窓でつながれている、と思いました。
内と外とをつなぐ窓は、建物の外観にも重要な要素です。
道路に面した浅野邸の高窓は、日が暮れて室内に明かりが入ると中の小屋組が道からよく見えるようになり、大きく張り出したダイナミックな庇と相まって強烈な存在感を発揮します。
住まい手の生活が作り出すライトアップは、1階にあるライブハウスをアピールする看板の役割を果たし「お店としての存在感を出してほしい、との希望にこたえてもらいました」と浅野さん。
ご子息の思いを受けとめつつ「この家では、通る人の目に入る景観・景色についても重きをおきました」という浅野正敏さんは、コンクリート造の店舗に木造住宅が載るこの建物が、自然さを持ちつつお店としての存在感を示し、さらに地元の木である西川材を感じられるデザインをめざしました。
室内のスポットライトに照らされ、闇の中に木組みが浮かび上がるガラス窓は、まさにそのカナメとして機能しているのです。
体感的な住み心地は? 浅野さんに尋ねると「風通しがいいので、基本的には真夏でも窓を開けています。エアコンをつけたのはほんの数日くらい」
冬は床暖房と、リビングに設置された30畳用のエアコン1台で過ごすとのこと。大きな吹き抜けは寒さが気になりますが「窓から差し込む日光で暖かいし、ストーブも買わずにすんでいますね」。
ハイサイドライトがメインとなる採光も「天窓からも高窓からもまぶしいくらい光が入って、すごく太陽を感じます(笑)当初はロールカーテンをつけようかとも話していましたが、エコガラスのおかげか普通のガラスよりも全然熱が遮られる。1年住んでみて、なくても大丈夫ということになりました」
夜間の光源は、室内各所にあるスポットライトと、リビングの壁を照らす間接照明です。
「シーリングライトは暖かみがなくて嫌いなんです。ワンルームなので、どこかでひとつ点いていれば家全体がうす明るくなるし」聞けばなるほど、住まい手自ら選んださまざまなスポット照明があちこちで個性を主張しています。1個の電球で全部の生活が可能、エコですよ! 浅野さんの言葉に笑いの輪が広がりました。
印象的だったのは、常日頃から奥様が口にされるという「ある程度の便利さを失うことになっても、この家のデザインを壊すものは置かない。夫婦2人で必要なだけのもので生活する」との言葉です。 「そう思わせるだけの空間なんでしょうね」と浅野さん。
確かにものの少なさは、浅野邸の特徴です。テレビ台やパソコンデスクの本棚は西川材の造作家具ですが、普通なら本や装飾があるはずのスペースはどれも空いたまま。キャビネット類も見当たらず、寝室の収納すらおそらく一間はないでしょう。
「妻はシンプルな暮らし方が好きで、あまりものを持たない、収納に入らないものは買わないという考えなんですね。自分は以前はものに依存するタイプでしたが、ちょっと考え方が変わりました。そこは影響を受けたなあと思います(笑)」
ショールームのように整然としたキッチンも「料理は毎日していますよ。だからすごく掃除しますね、油を使ったりしてもすぐに」
ここに住んで、なんでもすぐ片付ける習慣がつきましたと笑いながら話す浅野さん。その姿に、住まい手のライフスタイルを変え、その変化をこんなにも楽しませてしまう「家の力」を、思わずにはいられません。
今も建てて間もないかのようにふくいくたる香りを放つ白木の西川材を「それでも1年でずいぶん飴色になりました」と浅野正敏さん。人と家とが長い時間を共有しながら互いに変化し成長していく…その一場面に、立ち会わせてもらった気がしました。