開口部にこだわった新築レポート -東京都 M邸-
住宅形態 | 木造地上2階建 |
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住まい手 | 世帯主 |
敷地面積 | 61.6m2 |
延床面積 | 50.5m2 |
シリーズで初めて、今回は一人暮らしの新築をお訪ねしました。
都心とは思えない閑静な住宅街の崖上。都内の一等地に建つ、スタイリッシュなM邸の竣工は2010年3月。2008年秋から土地探しをはじめられ、1年半の月日をかけて手にした「一人暮らしのための一戸建て」です。
家づくりは一生に一度の大事業。その上一人暮らしのための一戸建です。相当な覚悟が必要だったのでは?
「いや、マンションを買う、ローンを組む。今なら、その金額で、一戸建てが建てられる。ならば、家を建てよう。そんなことだったんです」
さらりと振り返られたMさんには、もう一つの大きな理由がありました。
「愛車、バイク、ペットとの同居です。マンションでは難しいことも、一戸建てならば「なんだ、実現できるじゃないか」と。
一人という自由を愛し、大切な「コト」や「モノ」をちゃんと大切にすること。積極的な選択の先に、「一人暮らしのための一戸建て」がありました。
Mさんは、理想の住まいについて、極めて明確な考えをお持ちでした。
機能むき出しの男らしい空間にざっくりと住めたらいい。
ワンフロアは一つの箱としてドカンとあればいい。
余計なコストはかけたくない。
外見も内装も素うどんのような渋い家にあっさりと住みたい。
そんなMさんの考えは、まさに建築家の志田茂さんが手がける「LWH(Light Weight House)軽量住宅」のコンセプトにぴったりでした。
「LWHは、いくつかのタイプから選べる企画住宅です。企画住宅といっても、必要に応じて家の形を変えることもできるので、いわゆるセミオーダーハウスですね」
土地探しを始めると同時に、志田さんのことを知ったMさんは、まずメールを送ったのだそうです。
「一人暮らしのための家を建てたいとメールをいただきました。メールにあったMさんの考え方そのものがLWHのコンセプトにぴったりだったんですよ」と志田さん。
12坪から建てられるのもLWHのコンセプトの一つです。
帰宅が深夜になることも多いため、利便性第一で土地探しをしていたMさん。
「土地にこだわりはないので都内の山の手から下町まで候補地を探しましたが、限られた予算で都心に探すとなると、必然的に10~15坪ほどになってしまいます」
そんな点からも、志田さんが提案する住まいは、ぴったりだったわけです。
「この土地は、実は一度あきらめているんです」
崖地のため、擁壁にかなりのコストがかかってしまうことが原因でした。
「でもやはりここが忘れられなかった」
問題もあるけれど「ここに」とMさんが思われた要因に、崖地ならではの開放的な景色がありました。
お訪ねしたのは夏の終わり。玄関を入ると正面に大きく取られた窓いっぱいに緑があふれています。
「わが家のモチの木と、借景の欅です」。一気に空気が澄んでいくようなこの景色は、都会ではなかなか手に入らない贅沢。
「新緑の季節は本当に美しい。蛍光グリーンのような色合いなんですよ」とMさん。
1階はダイニングキッチンとバスルーム、2階はリビング&書斎スペース&寝室スペース、そしてロフト。壁はできる限り作らない、ドンと空間が広がる「1DKの一戸建て」。いたってシンプルで機能的な間取りです。
シンプルな間取りをすっきりと見せるための工夫も随所にあります。
システムキッチンにはせずに、フレームキッチンを採用。戸棚は電動吊戸棚にして、壁面の圧迫感をなくしています。
階段隣の引き戸を開けると、洗面・トイレ・バスルームが一つの空間に配されています。区切りがないためこちらも広々と開放的です。
こだわったのが、バスルーム。大き目のバスタブとガラス扉をどうしても入れたかったのだそうです。ガラス扉のバスルームが実現できたのも、他人の目を気にする必要のない一人暮らしだからこそ。
休日には緑につつまれたダイニングでゆっくりカフェの気分を味わっているというMさん。一人暮らしを満喫されている様子に「うらやましい」と志田さんも微笑んでいらっしゃいました。
2階の大開口にも緑があふれています。同じ木々の景観も、視線が高くなった分、見晴らしもよく、前方の抜けは崖上の醍醐味です。
開口部に設えられた木の十字は、外と内を自然につなげてくれるモダンなアクセント。
本来はFIX窓にしてもよかったのですが、という志田さん。
「掃除や風の通り道も考えて引き違いのサッシにしました。でもそのままではアルミがむき出しになって、人工的になりすぎる。そこで、木の風合いを添えることにしました。窓の下は崖面ですので手すりの役割もあります」
通常なら隠してしまう、天井の垂木や、筋交いは、Mさんの希望でそのまま露出することに。「コストの問題もあったから」と言うことですが、むきだしの垂木や筋交いが、シンプルな空間にリズムをつくり、家全体の気持ちのいい個性になっています。
ライティングは間接照明のみでいいとのこと。
「平日は帰宅が遅いので、必要最低限の明るさで充分です。ゆっくりくつろげることを重視しています」
一つひとつ光の向きにも丁寧なこだわりがありました。
リビング中央のソファにゆったり座り、ウサギ(愛称β)の愛らしい動きを見ている時間は、疲れが解きほぐされる至福のひとときだそうです。
「せっかく家を建てるのだから、どうせなら自分でやってみたい」と、引き渡し前2回の週末を使って、ご自身で塗られたという漆喰の壁と一部の天井。
真珠のような色合いの美しいタイルをキッチンまわりに施されたのもご自身で。貼る作業よりタイルを切ることが大変だったそうですが、フレームキッチンに良く似合って、生活感が出るスペースを上質な肌触りに変えています。すべて初めての経験だったそうですが、味のある見事な仕上がりです。
暮らしの中でついていく傷や汚れも「徐々に体に馴染んでいくような感覚」と愛しそうに表現されるMさんは、家を建てられて一番変わったことは?の質問に、「コーヒーを外に飲みに行かなくなったことかなぁ」とおっしゃっていました。
「小さな楽園」と呼ぶ、念願の「一人暮らしのための一戸建て」には、一人暮らしを愛するMさんの考え方そのものが隅々まで行き届いていました。