開口部にこだわった新築レポート -栃木県 T邸-
住宅形態 | 木造地上2階建て |
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住まい手 | 夫婦+子ども2人 |
敷地面積 | 516.97m2 |
延床面積 | 298.14m2 |
リズミカルに配置された天窓とともにおおらかに伸びていく、個性的な切妻屋根の家。2010年8月に竣工したTさんご一家の新しい住まいです。
妻部分にだけ赤と黒の彩色を施したアルミ外皮の家を「ロールケーキか巻き寿司みたいでしょ」と、設計を担当した西崎さん。
細長く、南と北の両方向で道と接する敷地を見て「中庭と通り庭のある構成が好ましいかな。最初にそんな考えが浮かびました」と振り返ります。
土地の西側には駐車場があり、南側の道路は商業地域のため交通量も比較的多め。お住まい手のTさんも「音の問題やプライバシー保持のためにも、外部に対しては少し閉じた、中庭のある家をつくりたかったですね」と話します。さらには周囲への配慮から"あまり大きく見えない建物に"との思いもあったそうです。
ロケーションが投げかける与件と、住まい手の希望と。多様な要素から導かれた解決は「切妻屋根の現代町家」でした。
T邸の平面は敷地に素直に従ったシンプルな矩形。大きな道路でにぎやかな南側に置かれた外庭から北側の勝手口まで通り庭が続きます。建物の1階は客間を兼ねた和室から始まり、中庭をはさんでリビングとキッチン。2階も同様に水まわりから子ども部屋・主寝室と、北に行くほどプライベート度が上がっていくのです。
南北にリニアな配置となった空間は、通り庭と併行して室内を走る土間と、東西両端部の吹抜けとで結ばれました。意図的に壁を上部までつくらず部屋同士をつなげた箇所も多く、家全体が同じ空気を共有しています。
「お子さんもまだ小学生なので、ご家族同士の気配が感じられるようにしてあげたいと思って」西崎さんの思いがかたちとなり、大きめのボリュームながら誰がどこにいても音や気配でわかりあえる内部空間になりました。
"大きめ"といいましたが、外から見るT邸は中にいる時より小ぶりに感じられます。実はここに「建物が小さく見えるように」との住まい手の気遣いにこたえる設計の妙がありました。
「屋根の形を切妻にし、さらに2階は天井を張らず直接屋根裏にすることで、1.5階くらいの高さにしてあります。下げられるところはぐっと下げたので、壁があまりないんですね(西崎さん)」
軒の高さをおさえ、そのぶん切妻屋根を伸ばすことでコンパクトな外観を実現したT邸の2階スペースは、なるほど東西の低い壁以外"ほぼ屋根で囲まれた"ともいえる空間になっています。 このフォルムこそ、8枚もの天窓を持つ町家・T邸誕生の大きな要因のひとつでした。
西崎さんは言います。「壁の高さがないと窓はつけられませんよね。ならばどうしても屋根から光を採らなければならない。そこからトップライトのアイディアが出てきました」
壁に代わって2階の開口を託された屋根に切られた天窓は、全部で8枚。すべてLow-Eガラスです。朝の洗面スペースをさわやかに演出するもの、キッチンや子ども部屋を終日照らすもの、リビングまで光を落とすもの…と、それぞれ役割を持って配置されています。
「構造的な制約ももちろんありますが、基本的には"場所をサポートする光"ですね(西崎さん)」
さらに、1階部分も含めて多くの自然光を天窓から取り入れるT邸には、もうひとりの役者がいます。
屋根から壁まで一体となり、高い断熱性能を持つ建物外皮が、ここでは欠かせない存在となっているのです。
「この家は天井裏スペースがないので、屋根でしっかり断熱しないと成立しないんですよ」と西崎さん。
遮熱シート・吹付けの断熱材・空気層の設置など複数の技術を組み合わせ、建物をまるごと包む断熱を実現しました。
暑さの記憶が残る昨年の夏ですが、T邸でもっとも屋根が近い寝室でも「断熱材が効いているみたいで、全然暑くなかった(Tさん)」「冷房もあまり使わなかった気がする(奥様)」そうです。
冬は冬で、1階の床暖房の熱が吹抜けを通って2階まで届き「去年の冬は暑くて暑くて(笑)」とTさん。Low-Eガラスの天窓と屋根の断熱力とが功を奏し、上部に昇った暖かい空気が外に逃げることはありませんでした。
西崎さんも初めてチャレンジしたという現代の断熱テクノロジー。その成果は上々といえそうです。
「ダイニングテーブルに座ると、通り庭に面した土間の窓からの緑、ピアノ越しの中庭、木の柱や梁、リビング空間となにもかも見渡せる。気持ちいいんですよ」とTさん。
その言葉どおり、閉じた印象の外観とは異なる広々とした空間がT邸内部には広がっています。この感覚はどこからくるのでしょうか。
たとえば吹抜けで2階と空気を共有するタイル張りの土間は、大きな窓で外の通り庭や中庭ともつながり、半屋外的な空気をたたえて室内の開放感を高めています。
玄関やキッチンの建具を始めあちこちに使われているガラスは、視線や光を適度に透過して「遮られない心地よさ」を提供。
そして、ところどころに天窓をはさみながら連なるパイン材の垂木や太い梁は、建物の構造を直接伝えることで見る人に立体的な奥行きを感じさせます。
視線を投げかけるたびに場所の持つ広がりに気づく…この家のほうぼうに、そんな仕掛けが隠されているのかもしれません。
そしてTさんのもうひとつのお気に入りが、階段直下のスペースです。
ここに立ち、ガラス越しに外庭の芝生から屋根の垂木へと次々に視点を移し、吹抜けの2階の観葉植物を見上げたのち、趣味のワイン収蔵庫へと階段を上がっていくんですよ、といたずらっぽく笑いました。
「視線が動いていく開放感ですね。土間では垂直の視点、リビングでは水平の眺めが楽しめるんです」
室内空間の前後左右・水平垂直を、遮られない自由な視線で縦横に見渡せる、それが何より気持ちいい。自邸の魅力をつかみ、家とともに生まれた新たなライフスタイルへの喜びが伝わってくる、住まい手ならではの言葉と笑顔でした。