開口部にこだわった新築レポート -東京都 S邸-
住宅形態 | 木造一部RC造 地階+地上2階建て |
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住まい手 | 夫婦+子ども2人 |
敷地面積 | 270.28m2 |
延床面積 | 214.31m2 |
「家の中にいるのに、外を散歩しているような。住んでいて楽しい家なんですよ」 冬晴れの日、部屋いっぱいに射し込む光と一緒に奥様が迎えてくれました。
S邸は2008年10月竣工。商業地域にお住まいだったSさんご一家が静かな環境を求めてたどりついたのは、都心ながら緑も多い閑静な住宅地です。
招き入れられた1階リビングダイニングは、吹抜けの天井まで届く一枚ガラスの窓がL字型に中庭を囲み、その開放感に、外が続いているのかと一瞬とまどいました。
2階に向かう階段の上部は天窓が延び、青空から自然光が落ちてきます。寝室へのアプローチにはテラス付きのサンルームが配置され、ここもトップライト。
設計者が名付けた愛称「光を抱く家」にたがわぬ明るい空間です。
旧知の間柄だったプライム一級建築士事務所の西島正樹さんに、Sさんご夫妻が住まいの設計を依頼したのは2007年の冬。土地探しから二人三脚の家づくりは、終始大きな信頼感のもとで進められました。
設計の基本的な考えについて、西島さんはこう語ります。
「緑豊かな周辺環境と呼応するように、庭を建物の中心にすえて、そこに向かって開放的に広がるような住宅をイメージしました」室内から奥行きと開放感が感じられること。2人の息子さんを含め大人4人の家族が個室を確保し、中央に共有部分を配置すること。そして3つに分節された建物を天窓のある空間でつなぎ、ほどよい距離感をつくること。
西島さんの設計のもと、S邸を構成しているたくさんの窓は、明るさのほかにも多くの役割を与えられています。
「リビング、キッチン、階段の上り下り、家事コーナー。どこにいても庭や緑が窓から自然と目に入ってきます。外にいる気分になる、飽きない景色があるんですね」と奥様。
リビングは両脇が窓になっています。庭に面した南側には大きな防犯一枚ガラスが連なり、北側にはユーティリティスペースを隔てる窓と階段のトップライト。外の緑を通じた視界の広がりや奥行きが感じられ、風通しも万全です。
また、家事スペースと寝室をつなぐ2階のサンルームは、ベイマツの梁が支えるエコガラスの天窓と南向きのテラス窓に囲まれ、S邸でもとりわけ「外」を感じる空間になっています。
西島さんいわく「リビングなどの共有スペースからプライベートな寝室に移動するこの空間は、少し「外部」が入り込んできている感じにしました。床も明るい色調の大理石を張ることで、落ち着いた色合いのチーク材フローリングの居室と対比させています」
その意図にこたえるように「サンルームだけど、ここは夜が気持ちいいんです。月が天窓の上を通って月光がこぼれてくる。家に居ながら月明かりを浴びて歩いているようですよ」豊かなイメージを喚起させる奥様の言葉が続きました。
トップライトにはエコガラス、他の窓もペアガラスを採用したS邸の冬はあたたかです。床暖房とエアコンは「朝と夜だけ。あとは曇りの日ですね。お日様の力はとても大きいようです(笑)」と奥様。
取材に訪れたのは真冬日でしたが、暖房器具を何も運転していない室内の気温は18度を示していました。
夏場はロールスクリーンが活躍します。日射熱の遮断のほか、紫外線による家具の負担も考えて、日光は床だけに当たるよう気をつけているとのこと。
「でもお日様は移動するので、その動きに合わせてスクリーンを開け閉てしています。常に下げたままではなく、調節しながら順番にね」一日のうちでも家の表情は変わり続け「楽しいですよ。四季を通じて太陽や自然とともに生きています」
窓を通して外の世界を感じながら、いそいそとスクリーンを上げ下げして回る奥様の姿が目に浮かぶようです。
夜は夜で、帰宅したご主人がリビングのロールスクリーンをすべて上げて、シンプルにライトアップされた庭の眺めを遅くまで楽しんでいるとか。
シラカシやモミジなどさまざまな樹々が茂る庭はS邸のもう1人の主役です。敷き込まれた華やかなタイルは「どの窓からも見える庭なので、絵を眺めるような楽しさも持たせたい」という西島さんのアイディア。「雨が降って濡れると、またすごくきれいなんですよ」と、ご家族もお気に入りの空間となっています。
光を抱く家は、住まい手のライフスタイルそのものにも変化をもたらしました。
奥様の趣味は写真撮影。しかもリビングやダイニングからガラス窓越しに、庭を訪れる昆虫や鳥、頭上を通る雲や飛行機を毎日撮っているそうです。
虫が大の苦手だった奥様が、夏の初めに庭に住み着いた一匹のきれいなトンボと出会ったことで大変身、窓やデッキにやってくる虫たちを接写で撮影しては図鑑で調べ、アルバムづくりに余念がありません。
キッチンで料理していても、珍しい虫が来たら鍋をほうってカメラをつかむとか。
「息子たちも『いったいどうしちゃったの?』って(笑)でも、楽しいんです。雲や飛行機もたくさん撮ります。必ず、家の中から窓越しにね」はじけるような笑顔に
「感激しますね。住まいでこんなふうに趣味が広がるとは、初めてお聞きしました」と、西島さんもうれしい驚きです。
緑の庭を照らしてめぐる太陽や月、雨や雪の降るさま、飛んでゆく鳥や飛行機…家と風景を融合するたくさんの窓に囲まれ「家や窓が人間に与える精神的なものって大きいですね。気持ちがゆったりするというか、前とは全然違うんです」と奥様。
外部環境から家族を守るシェルターでありながら、その心は自然に向けて解き放つ。住まいの持つ力と可能性とに、またひとつ出会った日でした。