開口部にこだわった新築レポート -東京都 K邸-
住宅形態 | 鉄骨造および鉄筋コンクリート造 地上3階地下1階建て |
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住まい手 | 夫婦+子ども2人 |
敷地面積 | 80.584m2 |
延床面積 | 166m2 |
間近に川の流れる都心住宅街の一角、柔らかなカーブを描いて佇む白銀の家は、道行く人もふと足を止める存在感です。
「一番心配したのは日当たりでした」と、お住まい手のKさんご夫妻。お母様から受け継いだこの地に居を定めるにあたり、両脇に建つ既存住宅の採光への影響、さらに「オーディオルームとして使える地下室を持ちたかったので(Kさん)」川沿いの土地独特の弱い地盤が気がかりだったといいます。 こういった周辺環境を考え「普通に建てるのはやめよう」と、おふたりは当初からハウスメーカーではなく建築家との家づくりを指向しました。
コンペ形式で3人の建築家から提案を受け、伊坂道子さんの手になる模型を見た瞬間を振り返って、奥様いわく「私たち、これにほれぼれしちゃったんですよ」
4階建東側の壁は、地上から屋根までひと続きの優美な曲線で構成されていました。懸念の日当たりについては、階段室を全面ガラス張りにし採光を確保することで解決を図ります。
建物全体は細めの鉄骨を網の目のように組んで地震に柔軟に対処する構造を持たせ、地中にコンクリート状の柱を形成する地盤改良を行えば地下室の設置も可能、という提案です。
ご夫妻の心をとらえたこの計画は、ほぼかたちを変えず現在のK邸の姿になりました。
招き入れられた室内は、曲線の壁に沿って上昇する吹抜けが、ビルトイン車庫上部に配置され中2階とも感じられる1階リビングと、天窓のある2階をつなぐ広々とした空間です。「曲線は空間の広がりやふくらみ、宇宙を感じさせるようで、内部の一体感を出すことができます」と伊坂さん。
特注したというインパクトのある鉄骨の梁も曲線、2階の南北2室を結ぶホールの床を支えています。
そして曲線の壁に相対し、K邸の計画の要といえる西側の階段室は、日本の伝統的家屋である町家に見られる「通り庭」を伊坂さんが現代的に再解釈・構成したもの。
建物全階を貫き、全面をガラス張りにして家全体の採光を担うこの開口空間は、窓の一部を曇りガラスにすることで外の視線をカットしました。隣家が近くに迫っていても、プライバシーに不安はありません。
さらに奥様は「これがあることで、家全体の空間がとてもつながり合うんです。小学生の娘の友達が大勢遊びにくると、階段に腰掛けたり鬼ごっこしたりして遊んでいます。階段というよりも、ひとつの場所として使っているようですね」。
半透明の「立体通り庭」は、縦に長い室内空間を自然につなぎながら、新たな楽しみをもつくり出しています。
階段室以外にもK邸にはたくさんの窓が切られました。配置の工夫が功を奏し、竣工以来窓越しに隣人と視線があった経験はないとのこと。
「家の中から月がよく見えるんですよ。満月とか西に沈む様子とか。上の階からは花火や富士山もね」奥様のこの言葉も、建物に囲まれる環境下でのすぐれた開口部計画を証明しているようです。
「晴れた昼間は照明がなくても不便を感じません。パンチングメタルを使ったホールの床からも、光が落ちてきます」とKさん。採光不足という最大の懸念は、階段室を始めとする多くの窓によって見事払拭されたといえるでしょう。
一方、開口部と密接に関わる「温熱環境」は?
エネルギーの研究に携わり、この方面に造詣の深いKさんは、実は新築時の必須項目として、採光・構造のほか「断熱」も掲げていました。
要望に応え、伊坂さんは外周壁に等級の高い充填断熱を採用。開口部のガラスは、階段室はすべてエコガラスで西日の遮熱と冬の断熱を、各居室や天窓はペアガラスを使うことで断熱性能を確保しています。
なるべくエアコンに頼らず、窓の開け閉てや換気扇の活用を心がけているK邸。
猛暑だったこの夏はさすがにクーラーが活躍しましたが、奥様は「帰宅して玄関を開けた時のムッとする熱気のこもりは、以前の住まいよりもかなり軽減されています。こんなに窓があるのにどうして前の家より暑くないんだろう、って思いますね」。
Kさんも「この家は南側の窓から階段室の窓に向かって風がよく通ります。上階にいくほど暑くなるけど、リビングはそうでもないですね」。
さらに冬は「K邸の曲線」がその力を発揮する時期です。リビング中央にはガス暖炉が設置され「冬場はほぼこれしか使いません」とKさん。
暖炉がつくり出す暖かい空気は吹抜けの空間を包む曲面の壁に沿って対流し、建物全体に流れ伝わります。各居室にエアコンはあるものの、家全体の暖房を基本的にこれ1台でまかなっているそうです。
ただし、と奥様は笑いながら「実はリビングは上の部屋より少し寒くて、家族の人数分の膝掛けを用意しています。寒いときはホットカーペットも敷いていますね」と打ち明けてくれました。
高い吹抜けの空間を暖めるのに必要なエネルギーについて、考えさせられる言葉といえるでしょう。
でも、と奥様は続けます。「空間の居心地の良さは、すべてに勝るかな」。
「リビングの天井レベルで水平のロールスクリーンを入れれば、暖房効率はずいぶん違うはず」との伊坂さんの言葉に向けて返されたこの一言には、家に対する住まい手の愛着がこめられていました。
「広々とした空間がこの家の一番の魅力。ふたをしてその良さが失われるより、ちょっと工夫を凝らせば気持ちよく過ごせますから」。
Kさんも「リビングのソファは特等席で、いつも家族で取り合いです。みんながここに集まってくる。そんな場所なんですね」と付け加えます。
この家に住み始めてから家族で外食しなくなった、とも。
「家でゆっくりくつろぎながら食事したい、という人が多いんですよ。休日に外出して、晩ご飯は天ぷら揚げたてがいいよねと思いながらも「買ってもいいから家で」となります(笑)みんな家が好きなんですね。子どもも、早く帰ろうって言いますよ」
おふたりの言葉は、K邸という住空間の持つ魅力を見事に表現しているのではないでしょうか。 真冬も薄着で過ごせる家の良さと、膝掛け一枚かけながら世界中のどこよりも心安らかに過ごせる家の良さ。比較することはきっとできないのでしょう。
リビングスペースに華を添えるガラス扉のワインセラーは、暖炉とともにKさんこだわりのインテリアです。
「帰ってきたくなる空間。そんな家だと思います」奥様の言葉に「家で飲みたいからって、そういうのもあるかもしれませんね」いたずらっぽく言い添えた笑顔に、家じゅうの空気がまた少し、暖かくなったようでした。