開口部にこだわった新築レポート -東京都 T邸-
住宅形態 | 木造地上2階建て |
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住まい手 | 夫婦+子ども2人 |
敷地面積 | 115.80m2 |
延床面積 | 90.50m2 |
都心なのに、森の中にいるよう。訪ねたお住まいを一言で表せばこうなるかもしれません。
「毎日が気持ちよく、帰るのが楽しみな"生活する別荘"みたいな家がほしいね、という気持ちでした」社宅の入居期限をきっかけに家づくりを考え始めたTさんご夫妻の思いは、住まいの完成までぶれることはありませんでした。
駅から多少距離があっても緑の多いところを、と2年がかりで探しあてたのは、北側に公園、南には小さな菜園という、東京都区内の住宅地ながら豊かな緑に囲まれた土地でした。
「この環境を生かそうと思ったとき、やはり開口部のことを考えました(Tさん)」「どの窓からも緑が見える家にしたかったですね(奥様)」
設計を引き受けたのは、自然素材を生かしたパッシブで快適な住宅づくりをテーマに、別荘の設計も数多く手がけている松原正明さんです。自ら週末住宅を持ち、薪ストーブ愛好家でもある松原さんは、ご夫妻の希望する別荘テイストの住まいのイメージをごく自然に共有しました。
敷地を見たときのアイディアを「北と南の緑が筒状に抜ける建物を考えたんですよ」と松原さんは振り返ります。「リビングダイニングを広く、その脇に水まわりをまとめて風景をドーンと抜きたい。そんな前提で設計を始めました」。
メインスペースの2階リビングダイニングは、シンプルな矩形をはさむ南北の壁ほぼ全面が開口部となり、緑の中に部屋が浮かんでいるようです。
水まわりなどの細かいユーティリティは、建物東側で1階玄関から上昇するスキップフロアにまとめ、生活の中心となる場はすっきりした空間に仕上げました。
豊かな緑を楽しむために、窓には検討が重ねられ、さまざまな工夫が施されています。
T邸の敷地は準防火地域で、窓にはいくつかの制約がありました。
ガラスは網入りを使うのが原則ですが、この眺めを大事にしたいと、松原さんはリビングの窓には網なしの防火ペアガラスの採用を提案。
当初ご夫妻が希望していた木製サッシも、防火仕様のものはゴツくて価格も高くなります。そこで、サッシはアルミを使いつつ柱を前面に出して枠を目立たないようにし、上框もスクリーンで隠しました。
また、FIX窓の下框は床やデッキと同じレベルにし「アルミが見えず、室内から外のデッキまで自然な連続性が出るよう意識しています(松原さん)」。
網戸にも気を遣っています。「とにかく蚊が多い」というT邸のロケーションで網戸は必需品ですが、使わないときに視界に残るのは残念と、サッシ枠に収納できるものを選びました。
大切にしたいもの=緑への視線をできる限り遮らないことで、別荘志向の空間としての質を向上させたのです。
窓外の緑風景は、リビングに限りません。
T邸のすぐ脇に立派な桜の木が立っています。公園内の植栽ですが「玄関やお風呂からもこの緑が見えれば」という奥様の願いもかなえられました。
玄関では、扉正面の高い位置にFIX窓が切られ、桜の真向かいにある中2階の窓へと視線が通ります。そして2階浴室の窓からは、手が届きそうな距離に桜の梢が。3段のスキップで配置したユーティリティ計画ならではの"技アリの窓"です。
内側には大きな収納スペースも擁するこのスキップフロアは、主役であるリビングの脇を固める、T邸の名バイプレイヤーといえるでしょう。
漆喰壁やカラマツ無垢材の床など、T邸の室内は自然素材を中心に構成されています。
リビングの存在感ある太い梁はベイマツ材。ソーラーシステムの白いダクトが、これもベイマツの丸柱と仲良く並んで空間になじんでいます。
南北の大開口と天窓から入る自然光が壁や天井に反射・拡散し、日中は照明いらずの明るさです。
室内環境は「北に窓があっても全然ジメジメせず、さらさらした肌触りが気持ちいい家です。リビングの床は、寝転ぶとまたいいんですよ」柔らかなカラマツ材の感触を楽しみながら子どもたちと公園の風景をよく眺めています、と奥様。
猛暑だった今年の夏も、緑に囲まれた環境に加え、窓を抜ける風や直射日光を遮る深い軒のおかげで、エアコンの使用は午後から就寝までのリビングだけ。1階ではスイッチも入れなかったといいます。
パッシブで快適なこの家では、冬の到来も楽しみです。低くなる太陽光は室内に届き、ペアガラスの窓やソーラーシステムが生み出す暖かさに、薪ストーブのぬくもりも加わるのですから。
「早く冬が来ないかなあ」お嬢さんの言葉に、みんな一斉にうなずいて笑い声があがりました。
リビングダイニングは家族みんながいつもいる場所です。ソファーにもたれ床坐でくつろぐTさんの隣で子どもたちは宿題をしたり遊んだり。
緑を眺めながらの料理が楽しいという奥様は「このキッチンになってから、いろんなことが億劫でなくなりました。粉を使うフライやピザとか、以前はやりづらかったことも子どもたちと一緒にできるようになったし」
家族や友達みんなが使いやすいオープンキッチンになった、と笑顔で話してくれました。
デッキスペースでの食事は、T邸の新しい習慣です。思いついたのは子どもたちで、引っ越してすぐ「外で食べてもいい?」とおにぎりや飲み物を抱えて飛び出す姿に、じゃあ休みの日の朝は外で食べようか、となったとのこと。
「せっかくデッキを作ってもあまり使わない方もいますが、お子さんが小さいとか気軽に外に出る気持ちがある人にとっては、すごく楽しいと思います」と、松原さんは目を細めました。
「住む環境が気持ちいいことは、こんなに精神を豊かにしてくれるのだと、ここに住んで初めて知りました(奥様)」「社宅は与えられた環境で"自分たちで何かを変えられる"ことがなかったんですね(Tさん)」。
キッチンやデッキの活用、家族総出で薪集めをする楽しみ、子どもたちを仲立ちに始まったご近所との親密なおつきあい…緑あふれる新しい家は、ご一家にたくさんの出来事を運んできました。
そして、この先も次々生み出されていくだろう新たな暮らしの場面とその輝きを思う時、改めて「住まいの持つ力」に思いを馳せずにはいられません。
「できたときに一番きれいなものと、歳月を経てさらに味わい深くなるものと。家って、その両方がありますよね」
家とともに成長していこうとする住まい手の確かな意志が伝わってくるような、奥様の言葉でした。