開口部にこだわった新築レポート -東京都 K・M・O邸-
住宅形態 | 木造地上2階建て |
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住まい手 | 祖母・母・娘夫婦 |
敷地面積 | 197.93m2 |
延床面積 | 217.26m2 |
祖母・Oさん、母・Mさん、そして娘のKさんご夫妻。約60坪の敷地に3世代、3つの世帯が暮らす家を、真夏の一日訪ねました。
住まいの歴史は昭和30年代までさかのぼります。木造平屋建から建替を重ね、その後Kさんが結婚・独立して10年ほど家を離れ、今回3度めの建替・新築にともない新たな世帯として帰ってきました。
それまでは、30年ほど前に建替えた2世帯住宅でOさんとMさんそれぞれが一人住まいでしたが、とくに高齢のOさん、そしてMさんも安心して暮らせるようにと、3世帯で住める家をつくることにしたのです。
多世帯住宅という選択。このとき、各世帯が同じ意志を持ちました。「自立・独立して自由に生活したい」という思いです。
80歳代で身の回りのすべてをこなすOさん。現役で仕事を続ける60歳代のMさん。そしてともに高齢者・障害者福祉に携わるKさんご夫妻は、互いに「生活スタイルも時間も全然違う、それぞれの暮らしがある(Kさん)」ことを認識し、ひとつの建物の中で「1世帯ずつ暮らす」住まい方を望んだのです。
同時に、事故や体調の悪化など互いの身に予期せぬ事態が起これば、すぐに気づいて対応できる家のつくりが求められました。
「3世帯でそれぞれ視線が合わず、しかも気配が感じられるというのは、かなり優先順位が高い希望でした」と、Kさんのご主人は振り返ります。
設計を引き受けた大川建築都市設計研究所の大川直治さんは「多世帯住宅では『それぞれの世帯がどのような関わり方で暮らしたいか』が、まず大切なポイントで、それぞれの世帯の数だけ多様な考え方がある部分です。お話を聞いて、ふだんは各世帯がそれぞれの生活をして、何かあったら駆けつけられるように、という思いを意識しましたね」。
そして提案されたのが、リビングから水回りまでそれぞれ完全に独立した3つの世帯が、中庭を通じてつながる家でした。
ヒメシャラのシンボルツリーが立つ中庭をぐるりと囲む建物は、1階をOさんとMさんの2世帯、2階はKさんご夫妻がそれぞれ占有するスペース。3世帯分のボリュームを確保するため、敷地の南側にも部屋をつくり、建物はロの字型です。
道を挟んで四方を隣家と接する環境下でのプライバシーも勘案され、建物外側には通風・明かり取り用の小さな窓、対称的に内側には大きな窓をたくさんつけて、明るく開放的な内部空間がつくられました。
1階中庭向きの壁は、北面のFIX窓を除く3面が掃き出し窓で、Oさん宅とMさん宅のリビングは中庭の木製デッキと直接つながっています。 昼間は照明いらずになるのに加え「こうすることで中庭が自分のテリトリーに見えてリビングが広く感じられます」と大川さん。
2階も同様で、中庭に面した壁はすべて窓。バルコニーや屋上庭園も設置されました。中庭全体を見下ろせ、屋根勾配を工夫することで周辺からの視線はほとんどカットされています。「内側に窓と緑があって、外からの視線が気にならないと、開放的な気分になりますね」とKさんのご主人。
「中庭に向いた側では、できるだけ内と外が一体になるような形で」大川さんの狙いは、見事に実現したようです。
中庭と大きな窓で異なる世帯がゆるやかにつながる家の住まい心地を、娘世代のKさんは「意識すれば見えるけれどそうでないときは見えない。そういうつくりになっているのは、生活し始めて実感しました」と話します。
1階の2つのリビングは、相対しないよう直角に配置されています。また2階は高さがあるため、階下の世帯と窓が向き合っても視線が合うことはありません。 中庭越しながら玄関の真正面にリビングを持つMさんは「丸見えの状態では(玄関やOさんの部屋からの)視線が気になります。窓には縦型ブラインドを立て、部分的にカーテンを引いて風を通しています」。 対称的にOさんは、日差しが強いとき以外は夜間もめったにブラインドを使わず開放的に過ごしているとのこと。
世帯ごとに違う窓の扱いには、Kさんいうところの「親子の関わりに対する捉え方や感覚の違い」が表れているようです。Mさんも「娘に見られることは、私は余り気にならないんです。それと同じように、私の母も私や孫娘に見られても、余り気にしないのではと思います」。
その一方で、長時間明かりがつかなかったり動作の気配がないなど異変があればすぐに気づくことができ「ふだんは自由、いざというときに安心感を」という、高齢の家族を気遣う住まい手の思いに、大きな窓はしっかりこたえています。
今後のヒメシャラの生長も考えあわせ「中庭をある種のバッファゾーンとして、住まい手同士の関わり方をコントロールできるだろう、という考えはありました」とは、大川さんの言葉です。
ジャロジー以外はすべてペアガラスが採用されたK・M・O邸の窓は、中庭型住宅の特長である風通しと採光の良さを担保するのはもちろん、内と外とをスムーズにつなぎながらすっきり見せたいという設計者の思いを映した工夫が見られます。
2階の窓は、窓台と小壁で上下の框を室内から見えないようにし、視界に広さが感じられます。奥行き52cmの窓台は、以前の住まいでKさんご夫妻が育てていたハーブの鉢を置けるように、との大川さんの心遣い。
大きなFIX窓を通して中庭が一望できる1階玄関も、印象的な空間のひとつです。訪れる人が扉を開けて最初に目にする風景を大事にしたい、との設計側の意図は、思わぬ効果をももたらしました。
「祖母は近所に知り合いが多くて、玄関でよく話をしているんです。視界が広くて奥に木があり、圧迫感もない使いやすいスペースになっているのでは(Kさん)」
窓によって外と内とが結ばれたこの空間は、もっとも長くこの地に住まってきたOさんにとって、ご近所との話も弾む縁側のような居場所となっているのでしょう。
「分かれて住んだというのは、正解だったと思います」Mさんの言葉です。
家族それぞれを一個人と認め、培ってきた習慣やライフスタイル、価値観を互いに尊重しながら共に住まう。加速する高齢化社会の中、核家族が再構成する新たな多世帯住宅のひとつの姿を、見たような気がしました。