開口部にこだわった新築レポート -東京都 M邸-
住宅形態 | 木造(一部RC造) 地上2階地下1階建 |
---|---|
住まい手 | 夫婦+子ども1人 |
敷地面積 | 57.77m2 |
延床面積 | 135.07m2 |
大きな窓がたくさんあれば家は明るくなる。ふだん、わたしたちはなんとなくそう思ってはいないでしょうか? そんな「なにげない思い込み」を払拭してくれる住まいが、武蔵野市のM邸です。
古くからの住宅街の一角、道路から引っ込んだ家の、アプローチから見える外観は壁と小さな細長い窓だけ。少し謎めいているようにも思えます。
しかし、玄関の扉を開けると同時に目に飛び込んだのは、天井まで届く窓ごしに揺れる、明るい日差しを浴びた緑でした。それを合図に、外側からは思いもつかない開放感あふれる内部空間へといざなわれたのです。
住んでいた賃貸マンションの窓が少なく暗かったため、新居は明るく開放的な感じにしたかったというMさんご夫妻。充総合計画の杉浦さんに設計を依頼したときは、当然のように「窓は大きく数を多く」と思っていたそうです。
「それがいかに間違っているか( 笑) を杉浦さんには教えていただきました。必要な場所に必要な大きさの窓を、ということだったんです」
ご夫妻と2才の娘さん、3人暮らしの中心をなす2階は、キッチンからダイニングスペースを経て吹抜けのリビングまでを一望できる空間。パイン材の梁と珪藻土の壁、ホワイトアッシュの無垢フローリングのリビングは、南側のバルコニーや高窓、さらにはDKの窓からの光がよく回り、さわやかな明るさです。
隣家との距離はほとんどありませんが、バルコニーには木製の目隠しをつけ、DKスペースの窓は高い位置に切ることで外からの視線を遮断して、光だけを取り込むことに成功しています。
バルコニーと反対側の壁には、アプローチから見えた横長のはめ殺しスリット窓。実はこれ、サッシを逆に取り付けて外側にフレームが回らないようにした、設計者こだわりの窓でした。
「カーテンなしでも外から室内が見えないし、高さもちょうど良くて、気兼ねなく外をのぞけるんです。監視用(笑) としても重宝しています」とMさん。最初は開き窓を希望していた奥様も「こっちは西日が射す方だし、南や東に開口部をとっていて明るいので、今はこれくらいでよかったと思います」。
周囲に建物が密集する環境では、単純に窓を大きくしても「プライバシーがとれなければ結局カーテンを閉めることになります」と語る杉浦さん。カーテンやブラインドといったフィルターにできるだけ頼らず開口部を生かすために、M邸ではすべての窓の大きさや位置が十二分に検討されました。
リビングのほか、寝室をはじめとする1階部分の居室もその好例です。主寝室は東と北に小さめの窓があり、どちらも天井寄りの高い位置に置かれています。木製のブラインドを閉め切ることなく就寝中のプライバシーが確保でき「朝は東側の窓からさんさんと光が入って、明るいんです」と、こちらも明るい奥様の声です。
M邸の窓には「横すべり出し窓」が多く採用されています。密集度が高く庇をつけにくい東京都内の住宅の設計では、雨除けにもなるのでよく使っています、と杉浦さん。
その言葉を裏づけるように、奥様は「引っ越してきてから雨や雪が多かったのですが、ちょっと開けておいても入ってこない。すごく気に入っている窓です」
洗面所とお風呂場の窓にはくもりガラスがはめられました。ここでは雨除けのほか、換気のために少し開けても窓じたいが目隠し代わりになります。
「くもりガラスで北からの光が柔らかくなっているところが、なおさらいいですね」と、ここも奥様の太鼓判。
すべり出し窓のほか、引き違い窓やはめ殺し窓も含めてM邸の窓はすべてペアガラスです。建物の外皮には断熱材が厚く入れられ、とくにメイン空間であるリビングの小屋裏には100ミリの押出発泡ポリスチレンフォームを張っています。
「天井が高くても、床暖房だけで室内環境を保つことができる断熱性能を持たせました」杉浦さんの狙いどおり、M邸のリビングは真冬もほぼ床暖房のみで快適そのもの。日差しがよく入る晴天時にはそれも切るほど部屋の中は暖かくなるそうです。
「カーテンを使うのは、昼間の日差し対策だけなんですよ」冬場でも暑いくらいでね、と、まだ春まもない取材にもかかわらず半袖姿のMさんが笑いました。
耐震等級3を上回る安全性の獲得とともに、次世代環境基準をきっちりクリアしたM邸です。
珪藻土の壁や無垢材フローリングなど自然素材が生み出す心地よさ、床や壁の手ざわりの良さや調湿作用・脱臭効果が住まい手自身によく感じられていることも印象的でした。
「ほんとうに居心地のいい空間です。外に出なくてもいいくらい、快適なんですよ」リビングが大好きという奥様の言葉は、その空気感を何よりも雄弁に語っているのではないでしょうか。
この家の名前は「TREASURE BOX」。日常の中で変化する気分にその都度こたえ、心地よい居場所となってくれる多様な空間があったら、というMさんご一家の希望をつめこんだ宝箱... そんな意味をこめて、杉浦さんが名付けました。
メインスペースの2階、寝室のある1階以外にも、個性的な空間があちこちに見られます。
Mさんの仕事部屋兼書斎は地下1階。1階から下る階段の壁はコンクリート打ち放しで、他の空間とは明らかに違う雰囲気が感じられます。天井まで届く本棚がぐるりと取り巻き、星の光を思わせる照明が濃紺の天井から落ちてくる部屋には、瞑想空間と呼びたくなるような静謐な空気が満ちていました。
光あふれるリビングとの強いコントラストが印象的なこの無窓空間は、著述や翻訳の仕事に携わるMさんの「地下深く沈潜するような時間がほしい」という思いが形になったもの。杉浦さんデザインの音響スピーカーを通して、好きなジャズ音楽も楽しむ大切な場所です。
2階に戻ると、ダイニングの向かいには地窓付きの畳敷多目的室があり、床からかさ上げされた部分はすべて収納になっています。まだ小さい娘さんの着替えや昼寝に活用されているほか、Mさんにとってもお気に入りのくつろぎスペースとのこと。
「和のテイストを入れてもスタイリッシュな空間にできることを、杉浦さんに教えていただいた感じです」
さらにDK上部にはリビングから上がれるロフトと、そこからつながるルーフバルコニーが。昼は太陽の光を受けて子どもたちが遊び、夜は星を眺めながら大人たちが杯を傾ける、楽しい場所になっているそうです。
地下から屋上まで、さまざまな表情の多彩な空間が連なる家。その隠れたコンセプトは「人を迎え入れる家」だとMさんはいいます。
「僕が生まれ育ったのは、留学生とかいろんな人の出入りが多い家でした。この家を建てた時も、両親は『自分たちだけでこもるのでなく、常に客人を招き入れる心持ちでいなさい』と。何を言おうとしているのかは、よくわかるんです」
家の中心を支える太い梁は、M邸内でとりわけ目を引く印象的な風景のひとつ。設計者の杉浦さんは、この小屋組を自然な形で見せるために多くの時間をかけました。
「家を支えているもの、建物の構造・フレームを見せられたらいいな、といつも思っています。それが住まい手の愛着につながっていくんじゃないかと」
大きな窓と、小さな窓。明るさに満ちた空間と、闇と静かに語り合う空間。
住まい手の心のうちにある豊かな光と陰影を、光の三原色がとけあって輝きを増すように美しい構造で編み上げた宝箱は、招き訪れる無数の人々の思いをも彩りに加えながら、愛され続けていくに違いありません。