開口部にこだわった新築レポート -光を取り込む壁を持つ家 神奈川県 S邸-
窓は、単なる家のパーツではありません。光の取り込み、風の通り道、断熱・防音、眺望、インテリアetc……と、 生活を快適に保つさまざまな役目をあわせもっています。そう、開口部にこだわるということは、生活にこだわるということ。 そんな生活にこだわるご家族のお住まいを拝見しました。
今月の家を手がけた建築家:足立 幸寿
取材企画協力:OZONE家づくりサポート
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神奈川県の閑静な住宅地。北西角地に建つ直線的なシルエットのS邸は、外装の素材が木とガラスという個性的な外観のお宅です。とはいえ、使用している木材はペンキを塗るなどの加工は一切ほどこされていません。木の風合いがやわらかで、落ち着いたたたずまいです。
「じつは木がエイジング効果でねずみ色になってくるのを待っているんですよ」とS様。まっさらだった木が、年月を経て色を出してくるのが楽しみだとのこと。目指しているのは、昔なつかしい木造の小学校の古くなった校舎だそうです。
竣工は2004年7月。「最初は普通の杉の板でしたが、4年たってだんだん目指す色に近づいていますね」と目を細めます。
当初は木の外装にあまり乗り気ではなかったという奥様も、「天気によっても家の色が変わりますのでおもしろいですよ」と、楽しんでいらっしゃるようです。
もともと自然素材で家を作りたいということで、オゾンさんを通じて建築家の足立さんを知ったというS様。新素材を使わずに家を作っている足立さんにすべておまかせしたのだそうです。
最初は、木は腐るのではと心配されたS様ご夫妻でしたが、「木は乾けば腐りません」と、足立さんは外装材の内側に空気の通り道を設けるなど工夫しているそうです。
S邸は、地下1階地上2階の、木造の3階建てです。T字金具やボルトを使い、地震に強く開口部を広く取れるというSE工法によって建てられています。最初は2階建てでいいと思っていたご夫妻ですが、同居していらっしゃるお父様の書斎を作るためにも3階建てにする必要があって、このような工法になったとか。コンクリートではなく、いたるところに木を使っているので外観は軽やかな印象です。
そして通りに面した地階と1階部分、さらに階段のガラスがエコガラス。「ガラスが壁のような働きをしているんですよ」とS様。なるほど、光を取り込む壁というわけです。通りに面した部分を曇りガラスにしたり、透明なガラスの一部は内側に木のボードを配置していますが、外の光は十分すぎるほど入ってきます。
とはいえ、西側は曇りガラスにしているので夏の西日はほとんど気にならないそうです。また3重構造のエコガラスなので壁なみの断熱性能もあり、騒音や強度も心配ありません。もちろん、ガラスの上の部分にはレンガなどの重い素材は使えませんが、もともと重厚な外観は望んでいなかったので問題はなかったそうです。
やや北側に傾斜のある敷地の、北面に面した地下1階が正面玄関、そして東側と西側の二箇所に階段があるのもS邸の特徴です。地下から2階まで3フロアをつなぐこの階段に面した窓ガラスもエコガラス。四季を通して明るい光をもたらしてくれます。さらに、ステップの間がふさがれていないので、入ってきた光は3フロアを縦に巡ります。
「この近所は緑が残っているうえに、庭をきれいにしているお宅が多いんですよ。階段から縦長の絵のような風景を借景として楽しませてもらっています」とS様。
光が巡ると、空気も巡ります。フロアを行き来する中で気分もリフレッシュできそうです。
1階の地下部分の南面には半分地下のドライエリアがあります。ここは地形の関係上、南側が地下になるため、どうしても南からの光を取り入れたと設けたスペースです。夏は玄関などから入る風が流れ、冬は南に面した大きな窓から日差しが差し込むという空間です。夏はひんやり涼しく冬はほのあたたかい空気が循環することで、家中に程よい暖かさと涼しさをもたらしています。
「夏はエアコン要らずですし、冬も晴れていればエアコンはつけなくてすんでいますよ」と奥様。
この地にやってきて40年以上になるというS様ご一家。住み慣れた土地で家を建て替えるということで、それまで隣にお住まいだったお父様と同居できる家をと新築されたそうです。
お住まいになっているのは、S様ご夫妻と社会人の娘さん、そしてS様のお父様の4人。
おとなが4人お住まいならではの、一味違った間取りには感心させられます。
まず地下1階。玄関をはさんで西側にあるのは、天井までの書棚が圧巻の書斎。94歳になられるお父様のたっての希望で作られた空間です。お父様は、家庭用エレベータを使って1階の居室と行き来し毎日この書斎で本を楽しまれているとか。東側は奥様のスペース。ここでお花の教室をなさっています。普段はフローリングですが、ユニット畳をしけば和室に早変わりするとか。
1階はお父様の生活空間が中心です。生活し慣れた畳の間でコンパクトに生活できるようになっています。もちろんバリアフリー。1階の東側にはS様のご趣味である無線室。昼は、庭の一角に建てられた大きなアンテナに面したこのお部屋で過ごされることが多いそうです。
そして2階。S様ご夫婦と娘さんの生活空間です。LDKのほかに寝室などのプライベートなスペースが配置されています。いちばん日当たりと眺めのいい一角は24畳のLDK。三方にある大きな窓から外の景色がみえる落ち着いた雰囲気のお部屋です。
「このLDKの配置は、永年すんでいた前の家と同じなんです。東側が台所で、動線などもよく慣れていて使い勝手がいいので、もとの家と同じにしてもらったんですよ」と奥様。家具や調度品も奥様が時間をかけて買いそろえたものばかり。
つまり、S邸では、ここに暮らすおとながそれぞれ自分の時間を持てるようになっているのです。それぞれが自分の好きなことをとことんできるように、という間取りなのです。家族として積み重ねた年月があるからこそ、あえてこれからはそれぞれが自分の時間を有意義に過ごせたらという思いが感じられます。
その一方で、ほっとひと息つける慣れ親しんだ空間、コミュニケーションをとれる場をきちんと確保してることも見逃せません。ともに暮してきた歴史のあるご家族ならではのお宅です。