開口部にこだわった新築レポート -小さな美術館のような家 山梨県 K邸-
窓は、単なる家のパーツではありません。光の取り込み、風の通り道、断熱・防音、眺望、インテリアetc……と、 生活を快適に保つさまざまな役目をあわせもっています。そう、開口部にこだわるということは、生活にこだわるということ。 そんな生活にこだわるご家族のお住まいを拝見しました。
今回は、「ようこそ、我が家へ」初の建築家のご家族が登場します!
山梨県の北西部、有名なハーブ園がある駅から車で10分、表通りから1本中へ入ると、そこに広がるのは赤松の生い茂る国有林。野鳥の声を聞きながら、木漏れ日のさし込むひんやりとした林のなか、自然遊歩道を進むと、白壁のK邸が見えてきます。
自然を愛し、自然観察員の資格もお持ちのK様ご夫婦は、10年前に出会った甲斐駒ケ岳の美しさに魅了され、娘さんの独立をきっかけにこの山を望む場所で暮らそうと決断。50件以上の土地をまわり、やっと出会ったのがゆるやかな傾斜のあるこの土地でした。
「森の中で人の目をいっさい気にせず暮らせる場所はここしかありませんでした。もう即決でした」とK様。
この土地へのこだわりは、東京での仕事を辞めて、諏訪の企業に転職なさったことからも伺えます。
設計を担当した伊藤さんは、野うさぎやリスが時折顔をだす荒れ地だったこの場所に初めて立った時、木立の後ろに広がる雄大な山々を見て、「ストーリーのある家をつくりたい」と思ったそうです。
K邸は、玄関を中心に庭にむかって120度の角度で扇が開いたように設計されています。
広い玄関ホールを左へ進むと、大きな吹き抜けが印象的なリビングダイニングとキッチン、階段をあがると書斎。反対側の玄関から右のスペースは廊下から洗面所、ベッドルームと続くプライベートな空間です。
この120度という扇形の設計プランは、この家の中心であるリビングダイニングと、その2階部分のご主人の書斎だけからでなく、ベッドルームや廊下からも甲斐駒ケ岳を望めるように、との建築家の配慮から生まれました。
その結果、ご家族それぞれが思い思いに過ごしながら、ゆったりと同じ空気を共有できるLDKになっています。
この家のシンボルでもある「甲斐駒ケ岳」は、訪れる人が玄関の前に立ってもまだその気配を感じることはできません。
木製の玄関ドアを開けると、正面の大きな「窓」から突然まぶしいほどの光が射し込みます。訪れた人が息をのむのはその瞬間。その窓に切り取られた広い芝生の庭先の木立の上に美しい「甲斐駒ケ岳の姿」を望むことができるのです。
玄関ホールに切り取られた窓は、時間と季節でさまざまに変化する自然の景観を堪能できる、まさにピクチャーウインドウです。
「シンプルで美しい、小さな美術館のような森の家、というのが最初に伊藤さんにお話したコンセプトでした」とK様。
「まず甲斐駒ケ岳の眺望をいかすこと。さらに山小屋風ではなく、都会的なセンスのある家が理想でした。なかなか言葉で説明できない私たちのイメージをくみとっていただき、いい家になりました!」とご夫婦は嬉しそうに話してくださいました。
甲斐駒ケ岳のベストビューはなんといっても、高い吹き抜けのあるリビングのソファからの眺めです。大きなガラス窓の開口部から真正面にその姿が見えます。この眺めにはこだわって、なんとK様は甲斐駒ケ岳と敷地の位置関係がわかる地図を建築家に見せ、絶妙な角度を計算してもらったのだとか。
「小さな美術館のような家」というコンセプトは、まさにこの数々の窓が額縁になって自然の風景を家の中に取り込むことで表現されています。ダイニングの南側の窓からも、階段をあがったところに切り取られた小窓からも赤松の林が水墨画のようなシルエットをみせていました。
玄関の右側奥にあるベッドルームは、庭にむかって縦長に大きな窓が切られ、その反対側の壁には小さな小窓がふたつ。その窓を覆うように飾り棚が設けられ、下向きにはダウンライト、天井にむけて間接照明が施されています。
照明プランナーに依頼したという灯りによって、太陽が沈んでからも心地よい光に包まれる、昼も夜も優しい光にやすらげる家が完成しました。
朝、寝室からリビングへ向かうとき必ず玄関のピクチャーウインドウの前で立ち止まり、ご夫婦どちらからともなく「今朝は甲斐駒ケ岳、雲に隠れているね」「今日はくっきり見えるわね」「桜がピンク色に染まってきれい!」、そんな会話で1日が始まるそうです。珈琲をいれる東側のキッチンの窓からも優しい光が入り、朝の気持ちのいい時間が流れます。
「1日中、家で過ごすのがとても楽しくて」と奥様。
太陽が高くなるにつれて光が変化していくのを、家に居ながらにして感じられるそうです。
「建築家の方々のHPを見ながら、最終的に伊藤さんに決めたのは、光の取り込み方、自然素材へのこだわりなどに惹かれたからです」とK様がおっしゃるとおり、窓からの外光が織りなす陰影の美しさもこの家の特徴です。
例えば、リビングの吹き抜けの最上部の3連の小窓。夕日がさしこむと天井に光の帯が走り、反対側の壁に「光で描かれた」3枚の絵画が浮かびます。
「小さな美術館」のような家、この移り変わる光のシルエットも心憎い演出です。
甲斐駒ケ岳を望む家でご夫婦が営んでいるのは、モノより、自然に囲まれて生きる豊かさを感じる生活。「そぎおとした生活が好きなんです」と話してくださったご夫婦のむやみに多くを欲しない生活は、エコに通じるものがあります。
飾り机の花瓶には、凛とした美しさを持つ枝物がいけられていました。
「裏の敷地にある洋種やまごぼうです。季節の実やつるを散策しながらとってきてリースや小さな額に飾るのが好きなんです。埼玉に暮らしていた時は少し遠出をしないと手にはいらなかったのですが、ここではいつでも」と奥様。
「花や樹や鳥を語る会」を主催しているというご夫婦のために、伊藤さんは「この家と庭から自然を愛する大勢の人の輪が広がっていく、そんなことをイメージして設計」したそうです。
長い小道を配した庭には、2つのベンチ。夏涼しく冬暖かい、気密性の高いガラス窓の明るい部屋で自然を満喫してもらうと同時に、戸外で風を感じ、その匂いと小さな虫や落ち葉とのふれあいも楽しんでもらえるようにとの、伊藤さんの思いが感じられました。