-兵庫県 兵庫医科大学 ささやま老人保健施設-
立地 | 兵庫県篠山市 |
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建物形態 | RC造4階建 |
利用形態 | 介護老人保健施設 |
リフォーム工期 | 2016年9月~12月 |
窓リフォームに使用したガラス | エコガラス(真空ガラス) |
利用した補助金等 | 経済産業省 平成28年度ネット・ ゼロ・エネルギー・ビル(ZEB) 実証事業 |
改修計画 | アズビル株式会社 |
高齢社会を反映し、ニーズが高まり続ける介護老人保健施設。丹波の黒豆で知られる篠山盆地に広がる城下町・篠山市に、その一館を訪ねました。2016年に総合的なエコ改修を行い、病院等建築としてBELS*1最高ランクを獲得している数少ない建物のひとつです。
兵庫医科大学が運営するささやま老人保健施設は、同大学が篠山市に展開する医療福祉施設群の一角をなしています。1999年の開設から20年余、地域の高齢者ケアに尽力してきました。
きっかけは、空調をはじめとする建物設備の老朽化です。
「機器の劣化や故障が続き、効率も悪くて光熱費がかさんでいました」中心となって改修事業を引っぱった兵庫医科大学の加藤雅己さんは話します。
設備更新が急がれるとともに、他方ではエネルギー削減に向けた大学全体での取組も始まっていました。
確実な省エネを前提に学内の省エネルギー推進委員会が計画を練り続けるも、やはり問題は予算面。そこで目にとまったのが経済産業省のZEB*2化支援事業です。省エネ性能にすぐれた建物の新築や改修に対して補助金が交付されるこの事業への申請をめざし、計画は“設備の更新+建物の断熱”へとシフトしました。
窓のエコリフォーム工事が、このタイミングで加えられたのです。
支援申請について加藤さんは「ゼロエネは難しいと考えてはいました。全体のイメージアップにもつながるかもという思いでしたね」
結果は予想に反して一次エネルギー消費量50%減という堂々の成績。総工事費1億9000万円の約6割にあたる1億810万円の補助金を獲得したのでした。
五つ星の老健エコ改修。その実際を見てみましょう。
改修以前、空調設備はガスを熱源とする冷温水を建物全体に循環させるシステム。竣工から17年以上が経ち、機器の劣化とともに効率は下がる一方でした。
照明は暖色系で温かな雰囲気がある一方、やはり劣化で暗くなっていたといいます。
シングルガラスだった窓は総面積約720㎡で、鉄筋コンクリート4階建の四方にぐるりと切られて内部を明るく保っています。
その反面、盛夏は35℃厳寒期はマイナス10℃と寒暖の差が激しい篠山盆地の外気にたくさんのガラスが相対するため、熱気や冷気が室内に与える影響は大きくならざるを得ません。
「冬は利用者さんから『北側エリアが寒い』とか『夜は冷え込む』という声がありましたね」話してくれたのは、スタッフとともに現場の最前線で働く同館課長補佐の小川孝博さんです。
南の壁一面が窓になっていて開放感のある通所デイルームでも「寒いときはカーテンを閉めていました」
夏の大敵は西日です。
建物の西側には食堂兼デイルームや療養室が配置されています。窓の外には畑が広がり、午後には遮るもののない西日が容赦なく射し込んでくるため、カーテンはやはり必須だったとのこと。
このような室内環境の現状調査や設備性能評価を行い、ZEB化支援事業への申請も念頭に以下の改修計画が練り上げられました。
工事は2016年の9月下旬から同年12月初旬に実施され、延床面積4,360㎡の建物の大規模なエコ改修が、実質3ヶ月ほどで完了しました。
入居者用の療養室を持つ老健は、病院同様に“24時間眠らない施設”。そして主な利用者は、弱った体の回復をめざして日々リハビリを続けている高齢の人々です。
この特性を踏まえ、多くの知恵や気遣いをも伴った担当者間の協力体制のもと、スピーディーな改修が行われたのでした。
施工期間中は、複数の部署同士でスケジュールをはじめ多くの調整や確認、情報の伝達が続けられました。
定例会議は毎週です。
各階サービスステーションの責任者・施工会社の技術担当者・全体を統轄する医療センター管理課担当者が顔を揃えて、その週の工事スケジュールを確認。療養室の工事などは入居者の一時的な移動を伴うので、とくに綿密な確認が大切です。
節目節目には、現場スタッフをまとめる小川さんも出席して利用者の居住環境を詳しく伝えました。
工事といえば避けられないのが“音”や“振動”です。「事前に通知しておかないと利用者さんがびっくりするので、気を使いました」と小川さん。しかも「普段接しているスタッフの言葉でないと、スムーズに伝わりづらいんですよ」
老健施設の特質がうかがえる話です。
また、一時的に照明が落ちるなど利用者の暮らしに直に関わる作業では「直前に再度『落とします』とアナウンスする。改修工事の鉄則です」と、こちらは加藤さん。
年中無休の病院や福祉施設の改修は“居ながら”が基本です。利用者の日常生活になんらかの影響が出る以上、こまやかな心配りは欠かせません。
さらに工事期間中は敷地内の駐車場に仮設の現場事務所が設置され、施工の技術担当者が常駐しました。
「困ったことやクレームが出た時はすぐに伝え、利用者さんにも“今、対応しています”と言える。よかったです」小川さんがにっこりしました。
事業主と施工者のよい関係が、そのまま全体の安心感につながるのがわかります。
なかでも印象的だったのは「情報をいかに公平に、公式に伝えるか」という小川さんの言葉でした。
「一連の工事が“スタッフ全員に関係することだ”とわかってもらわなければなりません。あとで『聞いていない』と言われないように、あらゆる情報は現場担当の責任者から各部署の長に伝えられ、そこから“公式な情報”として各スタッフに下ろしました」
利用者への情報伝達において、日頃身近なケアスタッフからの口頭説明がもっとも有効である以上、ポジションに関係なく運営側全員が同じ情報を共有することこそがスムーズかつ安全な工事のカナメ。現場の知恵を目の当たりにするようです。
年の瀬を前に改修は無事終了! 効果はどうでしょうか。
「工事後の冬は“暖かくなった”と感じました」と加藤さん。ただし、と一呼吸おいて「老健施設は室内をとにかく暖かくするので、電気料金などの劇的な効果は冬は見えづらいんです」
一方、夏場はエコガラスの断熱力や高効率の空調設備、LED照明などの改修要素が奏効し「従来と比較して5割以上の削減ができていますよ」
現場での体感もうかがいました。
小川さんは「ガラスについては、正直よくわかりません(笑)」と前置きしつつ「LED照明で利用者さんの顔色がよく見えるようになりました。スタッフが体調変化に気づきやすくなったのが一番ですね」
新たに導入されたBEMSは、館内のエネルギー情報を24時間集中管理・制御しています。
事務室に設置されたモニター画面では、館内の室温・空調の稼働状況・エネルギー使用量などを確認できます。日常的にはビル管理者がモニターし、中央の熱源を稼働させるスイッチもここにあるそうです。
さらにこれらの情報は、総合的なエネルギー運用管理を請け負うアズビル株式会社にも伝送されています。
「数値の確認・分析を行って、今後の運用提案へとつなげていきます」と、アズビルの担当者である與ノ恵介さんは話します。1分ごとの数値データが集積されているとのこと。
現場と管理をつなぐこの明快なシステムもまた、省エネ実績向上を支援する要素のひとつです。
医療・福祉系建築物エコ改修のトップランナーとなったささやま老人保健施設ですが、工事後の省エネルギー運営は決して楽なものではなく、努力が継続されています。
改修後の総エネルギー使用量は、補助金を交付される時点で厳格に決められます。室温の設定など管理側からの運営提案もこれに基づき、事務室などはそれに従った空調制御がなされています。
ところが、療養室やデイルームといった施設のメイン空間では、話は少し違ってくるのです。
日々利用者と接してケアする現場スタッフにとって、数値に従い暖房を止めたり設定温度を下げるのは「利用者が寒さを感じてダメージを受けるからダメ。常に快適にしてあげたい、という気持ちが強いんですね」と小川さん。
体感には個人差があり、4人用療養室などはとくに判断が難しくなりますが、いずれにしても「利用者さん本位ってなんだろう、ということ。ひとりの利用者に寒いと言われたとき、その要望をどこまで聞き入れるのかが、課題です」
現場での小川さんとスタッフ、そして管理委託され運用提案する側のせめぎ合いは、そのまま“利用者にとっての快適性や安全性”と“省エネ目標の達成”とのせめぎ合いと言い換えられそうです。
「管理側からの運用提案は受けますが、最終判断は現場が行います」と小川さん。
建物全体のコスト削減をめざす一方で、生命や健康の維持という医療・福祉現場の至上命題にも直接影響が及ぶ事柄として、その答えは一朝一夕に出されるものではないはず。まさに「これから互いにやっていくこと(小川さん)」なのでしょう。
通所デイルームでの活動を終え、楽しそうにさざめきながら家路につく人々の後ろ姿を見送りながら、やってくる冬の暮らしをエコガラスが暖かく保ちますように、と願いました。
*1 Building-Housing Energy-efficiency Labeling Systemの略で、ベルスと読む。建築物省エネルギー性能表示制度。建物のエネルギー消費性能を第三者機関が評価・見える化することで、高い性能を持つ建築物が市場で適切に評価され選ばれる環境をつくることを目的に定められた。非住宅建築物では一次エネルギー消費量と外皮性能をもとに評価され、評価は☆の数による5段階で示される。評価申請時は申請書・設計内容(現況)説明書・図面等・計算書などを提出する
*2 Net Zero Energy Buildingの略で、ゼブと読む。エネルギー負荷の抑制や自然エネルギーの活用、高効率の設備導入等で、快適な室内環境を維持しながら大幅な省エネを実現しかつ年間の一次エネルギー消費量の収支ゼロをめざす建築物を指す
*3 Building Energy Management Systemsの略。ベムスと読む。住宅以外の建築物のエネルギー需要をITを利用して最適に管理するためのシステム。住宅向けのものはHEMS(Home Energy Management Systems:ヘムス)