-兵庫県 甲南大学-
立地 | 兵庫県神戸市 |
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建物形態 | RC造 |
利用形態 | 大学 |
リフォーム工期 | 2010年~2014年 |
窓リフォームに使用したガラス | エコガラス(真空ガラス) |
利用した補助金等 | 文部科学省 エコキャンパス推進事業 |
改修計画 | 日建設計コンストラクション・マネジメント株式会社 |
街の北部に連なり、神戸市のシンボルのひとつでもある六甲山。その麓に、じきに創立百周年を迎える甲南学園が広がります。甲南大学岡本キャンパスでは、2010年から2014年にかけ、エコガラスを採用した建物改修事業を行いました。
改修の中心は建物外壁の調査・修繕です。外壁にタイルを張った建物は、劣化による剥落などの事故を防止するためおおむね10~15年程度で張替や修繕が必要とされるからです。
ここに加えるかたちで、窓のエコリフォームが実施されました。
一連の事業で中心的役割を担ったのは、同学園の管財部です。コストダウンをめざして公的な助成の活用を念頭においていました。
そこで、改修計画を担当する日建設計コンストラクション・マネジメント株式会社に、外壁と同時並行で工事ができ、かつ補助金獲得に有効性のある改修メニューを相談。「せっかく足場をかけるので、付加価値をつけたいと考えました」課長補佐を務める小幡真史さんは話します。
現地調査とヒアリングを行った日建設計コンストラクション・マネジメント株式会社の植山良和さんは「室内環境に関しては、とくに“窓際の寒さ”と“冷房の効きが悪い”という声がありました」と振り返ります。
名高い“六甲おろし”にさらされる甲南大学の冬は厳しく、窓まわりは結露と寒さが問題でした。その一方で、キャンパス周囲は低層の住宅が多く大きな遮蔽物がないため、夏は日差しをまともに受けます。シングルガラスの窓から熱が入り込み、室内はエアコンがあまり効かない状態で、長い間の習慣からか一年を通して終日ブラインドが下げられたまま、という講義室もありました。
調査で明らかになった問題の解決と管財部の意向を考え合わせ、植山さんは“開口部の断熱性能を上げるエコ改修”を提案。外壁工事と同時に窓ガラスの高断熱化をはかり、文部科学省が実施する『エコキャンパス推進事業』に補助金を申請することになりました。
これ以後“足場設置を前提とする外壁+窓ガラス交換”は甲南大学の改修事業のデフォルトとなったのです。
岡本キャンパスには、校舎のほかに図書館や講堂兼体育館など多くの建物があります。
そのうち改修が実施されたのは、現時点で計6棟。窓の断熱化は講義室やゼミナール室、教員の研究室といった“居室”を対象とし、廊下やトイレなど長時間の滞在がない箇所はコスト等も勘案し見送られてきました。
5年にわたる工事の工期は毎年、夏休みにあたる8~9月。オフィスビルや病院とは違う、教育施設ならではのスケジュールでしょう。建物ユーザーに対する影響が少ない反面、遅れが許されない工期ともいえます。
工程表の作成や日程調整、情報伝達は管財部の大きな仕事です。総合マネジメントを担当する小幡さんは、夏期休暇に関係なく研究を続ける大学教員の方々に向け、とくに心を砕きました。
「最初に大きなイベントを外した工程表をこちらで作り、それを先生方にお見せします。研究室の窓工事には荷物の移動が必要で、一日程度は時間をとっていただくことになるので。ご都合を確認し、その都度調整しました」各学部の事務室に文書を渡して周知してもらったそうです。
さらに大学という場所柄セキュリティエリアも多いため、その際は学園関係者が立ち会っての工事としました。
工事の現場監理も同管財部の役割で、浦田賢次郎さんが主担当を引き受けています。
浦田さんは建物設備のプロとして多くの仕事に携わってきたベテラン。その経験を活かすことで、通常は設計担当やコンサルタントに依頼することが多い工事監理も管財部の直接業務にできました。学校の改修では珍しいケースといえるでしょう。
この“最強の管財部”から改修計画を託された植山さんは、週に一度の打合せで要望を聞きながら図面化し、同時に窓ガラスについても検討しました。
当初、管財部が想定していたのは複層ガラスへの交換でした。しかし現地調査の結果、断熱性能が余り高くないことに加え、通常の複層ガラスの厚みでは既存サッシにおさまらないことが判明。
そこで植山さんが探し当てたのが、エコガラスのひとつである真空ガラスでした。複層ガラスと同じく2枚のガラスを使いながら、中間層の厚みを0.2mmに抑え、全体を薄くしたエコガラスです。
「既存サッシの溝にも入るし、断熱力は複層ガラスよりもずっと高い。色も透明に近くて既存の窓と違和感がなく、デザイン的にもいい」と管財部に提案し、採用が決まったといいます。
その後はエコガラスを使った開口部リフォーム計画に基づくPAL*1を計算して補助金申請を行い、実際の改修工事が始まりました。
計画ー現地調査ー図面化ー施工業者決定ーPAL計算・補助金申請ー工事。初年度にできたこの流れは、大きな問題が発生することなく2014年までの5年間、踏襲されています。
窓のエコ改修の対象となったスペースは、階段教室や大人数用講義室などの広い空間から学部図書室や中規模の講義室、さらにゼミナール室や研究室といった小さな部屋までさまざま。
西日が射し込む窓あり、六甲おろしを受ける北窓ありと東西南北全方位の窓を網羅しています。
形も大きさもまちまちの窓は、ふたつの引違い窓の間にFIX窓を挟んでいたり、大きな一枚ガラスを中央に配したりと、デザイン性の高いものが多く見られます。これらの既存サッシをそのまま活かしてエコガラスがはめ込まれました。
コスト面はもちろん、竣工時からの意匠を大切にしようとする大学側の思いがうかがえるようです。
改修後のエネルギー消費量、そして室内環境にはどのような変化が見られたでしょうか。
窓のエコガラス化構想が持ち上がった当初から省エネルギー効果を期待していたという管財部の浦田さんは「間違いなく効果はありましたね」とにっこり。
ただし、とひと呼吸置いて「外部からの熱負荷は、エコガラスだけでは対応しきれないとも思っています」
窓をエコガラスに換えた建物はどれも、工事翌年の電力・ガス使用量が一部を除いて下がりました。
しかし小幡さんは言います。「エアコンの設定温度を夏は28℃、冬は20℃にしました。しかしそれでは辛いという声が多く、今は場所によっては夏場の設定温度を少し下げるなど、臨機応変にやっているのが実情です」
その一方で、体感の違いを評価する声もありました。
「毎年冬は足に貼っていたカイロを使わなくなったよ、とおっしゃる先生や、エアコンの効きがよくなった、窓の結露がなくなったとの話も聞きますね」と小幡さん。
図書室でパソコンに向かっていた大学職員の女性は「工事後の夏は、朝出勤してくると部屋の中にひんやりした空気が残っている感じ。ドアを開けたとき、モワッとこないんですよ」と笑顔で話してくれました。
前日にエアコンを切っても、冷やされた室内の空気が外に流れ出ず保たれているのでしょう。エコガラスによる開口部エコリフォームで、もっともよく見られる効果のひとつです。
環境省が提言するクールビズが、オフィスや家庭でのエアコン設定温度として28℃を推奨しているのはご存知の通りです。実はこの数値は1970年と72年に定められた法律*2に基づくもの。
そこでは建物の空調について「室温を17℃以上28℃以下に保つこと」とされています。つまり“維持するべき最低限の室内温度”で、必ずしも“仕事や勉強する環境にふさわしい室温”ということではないのです。
省エネルギーの観点では歓迎されるかもしれませんが、基礎代謝が盛んな若い人々が集まる部屋で「勉強するには辛い」という声が出るのも、無理はないのかもしれません。
対象となる空間の用途と使われ方、さらには利用者の属性まで考慮した温熱環境づくりと省エネルギーをいかに両立するか。今後の建物エコ改修のひとつのテーマとなるのでは…豊かな緑に彩られるキャンパスを歩きながら、ふとそんなことを思いました。
*1 PAL(Perimeter Annual Load):年間熱負荷係数。建築計画や、外壁・窓ガラス等建物外皮の設計を行う際の断熱性能に関わる基準。屋内周囲空間の年間熱負荷(MJ/年)を屋内周囲空間の床面積(㎡)で除することで求められる。現在はより新しい基準であるPAL*(パルスター)に更新されている
*2 定められた法律:『建築物における衛生的環境の確保に関する法律施行令』の第二条と『労働安全衛生法の事務所衛生基準規則』の第二章第五条