-愛知県 東海共同印刷-
立地 | 愛知県名古屋市 |
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建物形態 | RC造5階建+増築棟(1983年竣工) |
利用形態 | 事業所 |
リフォーム工期 | 2012年10月~12月 |
窓リフォームに使用したガラス | エコガラス(遮熱真空ガラス) |
利用した補助金等 | 平成24年度 住宅・建築物のネット・ゼロ・エネルギー化推進事業費補助金 |
施工 | 豊建 |
取材チームがお邪魔した6月初めは、初夏の暑さが次第に本格化する時期。東海共同印刷の古田光由社長に室内環境について尋ねました。
「改修前は5月からエアコンを運転していました。ちょっと暑いとすぐつけたくなって(笑)でも今は、どの部署でも本当に暑くなるまでつけなくなったようです。社長室は今日もついていません」
冷房効率が上がって空気や熱の循環がよくなった感じ、とにっこりしました。
勤続7年目の営業スタッフで、社内きっての環境派という鈴木悠美さんは「暑い寒いをあまり意識しなくなりました。以前は室温を下げすぎて『使い過ぎているかな?』 と後ろめたく感じることもありましたが、今は普通に過ごしていてもエネルギー消費量は前より下がっています。
それに太陽光パネルで自家発電もしていますから、気持ちよく電気を使えるんです。うれしいですね」
暑さが厳しかった階段にも熱がこもらなくなった、といいます。
本館西寄りに位置する階段室は窓がなく、かつては西日を浴びた壁の輻射熱がたまる一方でした。改修で施された遮熱塗料が功を奏しているのでしょう。
その一方で、差異も表れました。
窓をエコガラスに入れ替えた本館と、遮熱フィルムを張った増築棟とでは体感温度が違い、とくに冬のエアコン設定温度が増築棟で高い傾向があるといいます。
河村硝子の技術チーフ・神さんいわく「ガラスは暑さ寒さを一番感じるところ」。快適さの向上を考えるなら「まずは開口部で対応するのが大事ではと思います」
増築棟のデスクでは“足下が冷える” との声もありました。窓のフィルムで防ぎきれず室内に入り込んだ冷たい外気が床に落ちて流れる“コールドドラフト”が発生しているのかもしれません。
一年を通じたエネルギーの消費量も確実に減っています。
空調・照明・給湯・換気設備などで建物が消費するエネルギーをどれだけ減らせるかは、快適さの創出と並んでエコ改修の大きな目的です。
エネルギーの単位はJ(ジュール)*1で、建築物のスケールではMJ(メガジュール)が主に使われますが、感覚的にわかりやすいのは電力使用量kWh(キロワットアワー)*2でしょう。エアコンの稼働状況や太陽光発電パネルの創電量もそのまま反映できる単位です。
今回の改修で当初に掲げた目標は“エネルギー消費量を年間44%削減する”でした。しかし工事翌年の夏が猛暑だったことも影響して結果は28%減どまり。補助金交付決定時の数値に届かず、このままでは終われません。
そこで施主もコンサルも奮起しました。エアコンの設定温度を1℃下げ、社内に2台ある自動販売機を省エネタイプに交換するなど16項目の改善提案をまとめ、実行に移したのです。そして改修2年目、見事に目標を達成しました。
とくにエアコンの稼働率が上がる夏場と冬場の電力使用量を見ると、エネルギー消費の変化がよくわかります。
ここで見えるのは、エアコンの性能アップの成果だけではありません。外の暑さや寒さを遮りながら室内の空調を逃がさず保つエコガラスや、遮熱塗料で熱をはね返すようになった壁の断熱・遮熱力も加わっているのです。
エコ改修における断熱は、窓や壁などの建物外皮と空調設備との相乗効果を前提に考えることが大切でしょう。
ちなみに2015年度の電力使用量の削減量は、前年比92%超という実績でした。
受付を入ってすぐの打合せスペースにはBEMS(ベムス)*3のモニターが掛かり、社屋のエネルギー使用量や発電量がひと目でわかります。
表示されるのは、建物全体の
・一次エネルギー使用量
・空調の電気使用量
・照明の電気使用量
・太陽光発電パネルの発電量
・CO2排出量
・電気料金換算
・前年同月同日との比較
などなど。
メーカーに発注したシステムをさらに精査してつくりあげた、東海共同印刷オリジナルのBEMSです。
作成を担当した豊建の内野 浩さんは「ポイントをおさえ、価格はそこそこでつくりました。大切なのはエネルギーの実態が分かり、あとで分析できることですから」と話します。
この“見える化” によって「自分も社員も意識が変わり、省エネを心がけるようになりました」と古田さん。全社的に省エネが深まったかはまだなんとも言えませんが、と笑いました。
営業部の鈴木さんは「暑さが厳しかったり雨が降っているときにはとくに見ます。どれくらい発電しているかな?とか気になります」
来社する人へのアピールにもなっています。話がはずみ、少額ながら省エネツールや排水処理関連の受注につながったこともあるといい「営業ツールにもなりますね、話のネタとして(笑)」
BEMS以外では、毎月の全社朝礼でエネルギーに関する情報を社内共有。前月の省エネ実績報告や効果の発表、エアコン設定温度28℃励行の呼びかけなどを継続しています。
そのかいもあって、年間の電気料金は改修前より100万円ほどは下がっている感覚だそうです。「改修直後から電気料金は上がり続けているので、それを考えれば120万円は減っている感じですね」
内野さんは言います。「従業員50名以上で築20~30年程度の社屋を持つ企業なら、建物改修で大きな省エネ効果が得られると思いますよ」
この言葉は、費用対効果の面での会社規模とエコ改修の関係を示しています。
例えば年間の電気料金10万円の小さな会社では、エネルギー使用量を3割減らしても経費削減は3万円。しかし年間1000万円規模なら削減金額は年300万円、5年後には1500万円にものぼり、十分モトが取れるというわけです。
築年数に関しては、30年超の建物は古い耐震基準で建てられており、場合によっては早晩建替えが必要になる可能性があること。一方20年未満の建物は新築と比べて設備面でさほど遜色がなく、改修しても劇的な効果が上がらない可能性がある…
このような視点から、“築20~30年くらいが改修どき”との考えが導き出されるといいます。
ところで、東海共同印刷の社屋は築33年です。しかし「あと10年は使いたい。さらに環境・省エネルギーへの指向を表現することで地球温暖化防止に貢献したい」という施主の強い意思で改修に踏み切りました。
一般的な省エネ改修を超えた、熱い思いとCSR を体現する一面を持つ事業といえるでしょう。平成25年度の名古屋市エコ事業所優秀賞の表彰も受けています。
豊建の松本 寛社長は「これからの日本には『高い省エネルギー性能を持つ建築物が“燃費のいい建物”として資産価値を持つ』という考え方が必要ですね」と力をこめました。
2015年7月に公布された『建築物省エネ法』によって、新築・既築に関わらず日本国内で建物を売ったり貸したりする際には“省エネ性能の見える化に努める義務”が課せられることになりました。これにともない『BELS』(ベルス)*4という建築物のエネルギー消費性能を表示する制度も始まっています。
さらに2017年からは、省エネ基準に適合しない床面積2,000㎡以上の建物(住宅を除く)が建設できなくなることも決まりました。
ところが、今の日本全体にある建築物(戸建て住宅を除く)のうち、1年間に建てられる新築は2%程度。仮にその全部を省エネ基準に適合させるとしても、すでに建っているビルがすべて新築に置き換わるにはまだ何十年もかかるのです。CO2を減らすには、既存建築物の省エネ改修が必要になるのは明らかでしょう。
しかし既存ビルのエコ改修は日本ではまだ始まったばかりで、ほとんどの目的はエネルギー経費の削減と利用者の快適性向上です。
それでも、地球温暖化はもう待ったなし。本気でCO2を削減していくためには、エコ改修した既存建物がその省エネ性能を正しく評価され、“価値ある資産”として不動産市場で取引される大きな流れが必要なのです…松本さんの言葉に、小さな白いビルのエコ改修にこめられた施主と施工者の高い志を思いました。
*1 仕事と熱量の単位。1ニュートンの力を加えて物体を1mだけ動かすときの仕事量。熱量の場合は、この仕事量に相当する熱量
*2 電力量の単位。1キロワットの電力で1時間にする仕事の量
*3 Building Energy Management Systems(ビルエネルギー管理システム)の略。住宅以外の建築物のエネルギー需要をITを利用して最適に管理するためのシステム。住宅向けのものはHEMS(Home Energy Management Systems:ヘムス)となる
*4 Building-Housing Energy-efficiency Labeling Systemの略。建築物省エネ法の省エネ性能表示の努力義務に対応した建築物や住宅を格付けする認証制度