事例紹介/リフォーム ビル

安全・ローコストに省エネ改修
老人ホームの〈居ながらエコリフォーム〉(後編)

-岡山県 ケアハウスあかね-

Profile Data
立地 岡山県岡山市
建物形態 RC造6階建(1998年竣工)
利用形態 軽費老人ホーム・ホームヘルパーステーション
リフォーム工期 2013年11月~2014年1月
窓リフォームに使用したガラス アタッチメント付エコガラス
利用した補助金等 平成25年度 住宅・ビルの革新的省エネ技術導入促進事業(ネット・ゼロ・エネルギ−・ビル実証事業)
施工 須賀工業(株)岡山営業所

共用部は省エネ優先。事務所でエアコンを一括管理

一斉に開け放たれる廊下の窓。「エアコンを入れるときは全館放送します。すると、みなさんご自分の部屋に近い窓を閉めて、遮光カーテンをひいてくださるんですよ」
事務室内にあるモニターで、共用部にあるエアコンのオンオフや温度設定等の遠隔操作ができる
職員詰所と隣り合っていて目がゆきとどき、安心感もある共用ビリング。午前中は血圧測定や体操、午後はお茶を飲みながら話に花が咲く。大きな窓に囲まれ、明るさは抜群
ヘルパーステーションのエアコンは外に出かけてはまた戻るという動きが多いスタッフに合わせ、他の共用部より少し低く温度を設定している。西向きの窓は、日が回ればすぐブラインドが下ろされる
エントランス脇にある褐色の布は、事務室の窓部分につけた外部遮蔽。「以前は緑のカーテンなども試しましたが、西日が強くて枯れてしまいました」

エコガラスの窓をつけた高断熱高気密の空間では、空調機器の使い方次第で暑さや寒さの感じ方が変わります。

ケアハウスあかねの温熱環境は、共用部と入居者専有部の2系統があります。
共用部とは廊下やリビング、食堂などのほか、事務室や会議室などスタッフが主に利用する場所も入ります。
これらのスペースのエアコンはオンオフから温度設定まで事務室で一括管理が可能。運営者によるコントロール下にあることから、省エネルギーの取組の主舞台となっています。

開口部の多い廊下は、館内の環境を大きく左右する場所です。「工事前は暑くて、エアコンをつけても効果がないと感じていました」と施設長の狩野さん。
西を向いて並ぶ窓は、毎朝すべて開け放って風を通します。気候のいい春と秋はエアコンなしで終日そのまま。
夏場は午前11時頃から食堂のある2階の窓を閉めてエアコンのスイッチを入れ、午後1時には他の階も運転を始めます。西日の熱をエコガラス窓で和らげつつ午後9時頃まで動かしつづけます。
日の射し方は工事前と同じですが、エアコンの風が届かない東側の階段室よりかなり涼しく感じました。エコガラスの断熱力と高性能エアコンによる効果は、確かに出ているようです。

共用ビリングは入居者がくつろいで過ごせる場です。しかし狩野さんは「人が集まりやすい分、冬場はインフルエンザなどがとくに心配。廊下も含めて頻繁に換気をします」
大きな窓を開けるため、換気のたびに室温は下がります。短時間で部屋が暖まるエコガラス窓の気密・断熱力は、こんな場面でも役に立っているのでしょう。

ヘルパーステーションでは、居宅介護に従事するスタッフが頻繁に出入りします。エコガラスに交換した今も窓にはきっちりブラインドが。「夏は日差しが入ってきたらすぐ下げますね。暑くなるし、反射してパソコンが見えなくなるので」とスタッフ。営業職向けのオフィススペースといった趣です。

そして、全館の司令塔である事務室は、廊下と並んで暑さが厳しい場です。窓は西を向き、パソコンなど熱を発するIT機器もいっぱい。加えて受付窓口を兼ねるため閉め切ることができず、エントランスの自動ドアが開くたびに外部の熱気が流れ込んできます。
それでもやはり省エネ優先。この部屋のエアコンが動き始めるのはお昼を回ってからといいます。


個室のプライバシーと入居者の安全・快適環境を両立する

個室の引戸にはカギがつき、足下の床にはさりげなく領域を表現するデザイン。ケアハウスの専有部は一般的な中廊下型マンションと同じで、内と外の境界は明確だ。『芥子庵』は共用の図書スペース
一歩入ると、個室は手前にミニキッチンとトイレが配置され、奥が寝室となっている。浴室はなく、入居者は6階の大浴場を利用
岸本邸内部。ベランダのある開口部は遮るものがなく緑の田園風景が楽しめるが、夏の朝日もまっすぐ射し込んでくる。家主の岸本哲治さんは御歳94、現役時代は大工の棟梁だった。中空層があるエコガラスの仕組みを説明すると「ガラスがひっついていたら効果はないだろうと思っていたんですよ」と大きくうなずいた

専有部であるケアハウスの個室は、一般の集合住宅と同じく住まい手がカギを持つ完全なプライベート空間。エアコンの運転や設定温度の管理も、一部の入居者を除いて各自で行うのが基本です。

室内は東側にベランダと掃き出し窓があります。工事前には入居者から「朝日が暑い」との声があったとのこと。
「スタッフが訪ねたら朝からムンムンしている部屋があったという話も聞きました。エアコンを切って寝る場合、朝になって日差しが入ればすぐ室温が高くなることもあったと思います(狩野さん)」

改修後、個室のエアコンには〈人感センサー〉と〈エコモード運転〉が取り入れられました。
最初の温度設定(あかねでは最低23℃最高28℃)以降、オンオフも含めて自動運転となるエコモードの導入について、狩野さんは「自分でオンオフできない方も増えています。とくに夏場は心配。していただかないほうが体のためにはいいのでは、と思うときもありますから」

入居者のひとり、岸本哲治さんに部屋を見せていただきました。
改修前と後の違いを問うと「前よりも冷暖房が柔らかく感じますね。それから、部屋全体が暖かくなったり涼しくなるのが早いかな」
エアコンの調整は「スイッチを入れて、切るだけ。あとはさわりません」夏は室内を冷やしてから就寝し、夜中に起きて涼しすぎたら切るとのこと。
エコモードではありませんが、改修後の新しいリモコンを当初の設定のまま使い続けておられ「住み心地はしごく上等ですよ」とにっこりしました。

昨今のリモコンは複雑になる一方。単純な操作で快適に過ごせる仕組みも、高齢者への生活支援となるのではないでしょうか。


BEMSでは自動制御を積極的に活用

創エネの取り組みとして改修と同時に導入した太陽光発電パネルは、以前給湯用の太陽熱温水器が設置されていた屋上部分に設置した。合計容量約16kW。「東日本大震災後でもあり、自然エネルギーは活用したいと考えていました。最初は自分たちで使えたらいいと思っていたのですが、設備を増設するだけの投資ができませんでした」今は売電しているが、社会福祉法人としていずれは地域貢献もしていきたいと狩野さんは考えている
西日を防ぐためにきっちりブラインドが下ろされた事務室。壁にかかった白い箱がBEMSの本体で、上に載ったランプが点滅してデマンド値の上昇を知らせる
エントランスロビーは広々としており、西に面した自動ドアから来訪者が来るたびに熱気が流れ込むので空調を効かせるのは難しい環境だ。受付を兼ねた事務室はこの空間の影響を受けるため、暑さが厳しくなる
1階平面図。エコガラスへの交換は建物の中心から南側に集中している。北側はロビーのほか地域交流スペースや会議室などがあるが、人の滞留時間が比較的短い場所であることから、コスト面を考慮し今回の窓改修は見送られた

今回のエコ改修は当然、省エネの推進が目的ですが、実は〈隠れたハードル〉がありました。

ケアハウスあかねは以前からとくに共用部の省エネに努力しています。スタッフ全員がこまめにスイッチをオンオフし、自分ひとりのときはエアコンを使わず、足温器ではなく膝掛けを愛用…といったことは日常茶飯事。
補助金が交付されたことで、さらに省エネを進め、具体的な数値の報告も求められるようになりました。狩野さんは「目標がより高くなって、正直厳しいです」と苦笑しました。
暑さが厳しいはずの事務室で午前中はエアコンを運転しないのも、理由はこの目標達成にあります。

「ものすごくがんばってらっしゃるので、逆にエアコンを使ってくださいと伝えています。がんばりすぎると危ないので」と話すのは、BEMSを通じて省エネをサポートし続けている備前グリーンエネルギーの山口さん。
自ら構築したあかねのBEMSは、電力使用量が目標達成ギリギリの値に近づくとランプが点滅し空調の出力が弱まる仕組みにしました。使用エネルギーが自動制御され、スタッフがあわててエアコンを切る必要がないのです。

「福祉施設のスタッフでエネルギーを管理する専門の方はおられませんし、基本的にいつも忙しいんです。デスクに居ないことも多く、アラームを鳴らしても気づかないかもしれない。そういう働き方に合わせて、限りなく自動化しました」
ランプの点滅はエアコンの効きが悪くなる合図のようなもので、機械の故障では? と勘違いせずにすみます。現場の状況ををよく理解したプロの提案といえるでしょう。

制御内容もオーダーメード。
「最初に制御がかかるのは廊下のエアコンで、とお願いしました」通常は施設の事務全般を担当し、狩野さんとともに改修業務にも携わったケアハウスあかねの太田真理子さんは話します。「食堂やリビングなど人が集まるところでは、ずっと動いていた方がいいですから」
入居者にできるだけ影響がないように。思いがにじむ言葉です。


ケアハウスのエコ改修に見る〈課題〉と〈対処〉

山口さんはBEMSで確認できる電気使用量や先月比、用途別のエネルギー使用状況を分析し、定期的に報告やアドバイスをしている。
「共用部自体はすごく省エネになっているので何も提案していません」と、現場の努力を十分理解しながらも、直近では浴室などの給湯に節水シャワーヘッドを導入する提案をしたほか、待機電力を減らすためブレーカーを落とした場合の省エネ量を算出し、報告書に明記した。ケアハウスあかねはもともと省エネ度が高かったため、補助金交付に見合った数値的な成果を出すために、データに裏打ちされたプロの具体的かつ冷徹? なアドバイスが欠かせない
山口さんは「老人福祉施設は〈設備は壊れるまで動かす〉という意識がとくに強いですが、補助金は使えないし電気料金も高いままなので、実はもっとも損をする形なんです。やはり設備計画を持ってもらうのが一番ですね」とも話す。一般的な有料老人ホームと違って公的な色彩が強く、低所得者を主な対象とするケアハウスのコスト事情を踏まえつつ、運営者の奮起を促す提言だろう
ケアハウスあかねの母体である社会福祉法人は複数の施設を所有しており、うち数軒でエコ改修を行った経験がある。その際にコンサルタント業務を担当したのが備前グリーンエネルギーであり、ここで醸成された信頼と実績が今回の協力体制の基盤となった

補助金申請時、山口さんは「ケアハウスにおけるZEB化のモデルケースとなるよう計画する」と書類に明記しました。これはどういう意味なのでしょうか。

「ケアハウスでは、運営者が持っているのは窓もエアコンも共用部だけです。個室の設備は入居者のものですが、比較的所得が低い方向けの施設なのでなかなか交換されない、つまり高い電気代を払い続けることになります。
そこで、運営側が個室の設備を換えることで入居者の支出を軽減し、結果としてケアハウス側の収入も安定させる。もちろんヒートショックや熱中症などのセキュリティ対策を前提にしましょう、というのが、今回の計画なのです」

運営者である施設長の狩野さんは「個室は入居者の方のおうち。自分の家なら住みやすくしたいと誰もが考えると思います。そのあたりを施設としてお手伝いしてあげないと。
〈電気代は各自負担だから関係ない〉ではなく、上手に使っていただく、そのための機械更新という思いでした」

こんな考えのもと、あかねでは設備を交換する理由を入居者にていねいに説明し、補助金申請に必要だった年間電気料金の金額調査への委任状も書いてもらうことができたのです。

住戸に関する権利とプライバシーがある集合住宅でありながらも、入居者の健康状態や経済状況にまで運営者が配慮し、必要と思われる投資は積極的に行っていく。
今回のエコ改修は、各地のケアハウスが近い将来直面するだろう建物の修繕を、入居者に対する福祉サービス面と経営コストの両面から考える際の良き事例となるのではないでしょうか。

施設運営者へのアドバイスをうかがうと、狩野さんも山口さんも異口同音に「設備更新の計画を立てておくこと!」

「ある程度の計画があれば補助金を取ったり、省エネ計算したり、空調負荷の下げ方についてもお話できます」と山口さん。
狩野さんは「ダメになってからさあ換えなきゃ、では不安です。15年後にはエアコンのほか建物自体にも不具合が出てくると思うし、大きな建物を持っているところは本当に長期的な計画を立てていかないといけないな、と勉強させていただきました」

そして一呼吸おいた後「どうせ換えるんだったら、早いとこ換えた方がいいと思います(笑)」。それは、スタッフと共に学び、今もある程度の我慢を続けながらも納得できる成功を手にした、勇気あるリーダーの笑顔でした。


取材協力:備前グリーンエネルギー(株)
取材日:2015年8月3日
取材・文:二階幸恵
撮影:中谷正人
イラスト:中川展代

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